第4話 フォレストウルフ
ライオットは、久し振りの睡眠を結界スキルのおかげで存分に堪能出来た。
いまだに起きない妖精のミューオンに関しては、納得出来ない様子ではあるが…。
昨晩、焼いた状態のまま収納空間に容れておいたビッグボアの肉を取り出すと朝食として頬張る。
「熱いままだ…美味いな~」
朝の気持ちよい日差しを浴びながら朝食を楽しんでいると、匂いに釣られたのかミューオンが起きてきて寝ぼけながら肉を要求して来た。
朝食を食べ終えると昨日決めた通り、地図スキルでルートを確認して、冒険者ギルドのある最寄りの街へと森の中を歩き始める。
勇者の時は、魔王のオーラ目指して前しか見ていなかったが今は景色を楽しむ余裕もあった。
探索スキルのおかげで、付近の生物の居場所を確認出来ている。
そのため、突然の遭遇に注意する必要がないのも大きい。
森を抜けて短い草の生い茂る平原に出ると、少し先に整備された街道が見えた。
そこまでは、地図通りだったので問題はないのだが…
「馬車だね…」
ライオットが、街道をゴトゴトと進む1台の馬車を見つけた。
「どっからどう見ても馬車だね」
ミューオンが、フワフワ浮きながら全く興味なさそうに応える。
「もし魔物に襲われたら、助けなきゃ駄目だよね?」
「襲われる事がないように祈るのも、人助けになると思うよ」
ライオットがワクワクしながら馬車の方を見ているのを眺めて、ミューオンは『こいつの人助けはちょっとありがた迷惑な感じがする』と思っていた。
「馬車には3人…風下から5個の光点が近付いてるよ。鑑定…フォレストウルフの群れだね」
しっかりと、探索と鑑定のスキル連係を使いこなしたライオットが呟く。
「いきなり突っ込んじゃダメさ!ああいう感じの馬車には大抵、護衛の冒険者が付いてる事が多いから下手に手を出すと
ミューオンが、冒険者としての心得をライオットに教える…妖精なのになぜ詳しい?
「ピンチになるまで手を出しちゃいけないのか…人助けも結構奥が深いんだね」
ライオットが、瞳をキラキラさせながら応える。
フォレストウルフは馬車に近付くと、円を描くように取り囲む。
前に回った2匹が威嚇の覇気を放つと、馬が怯えて立ち止まってしまった。
馬車の幌から2人の冒険者が飛び降りると、左右に分かれて御者台を挟み込む様に護衛配置に付く。
「ロキ姉、フォレストウルフが5匹。ファミリーっぽい…狩りに慣れてる」
背の低い大きな三角帽子をかぶった冒険者が、馬車の向かい側にいるもう1人に声を放つ。
「数が面倒だな…1匹ずつ来てくれれば楽なんだが、狩りに慣れてるならこっちが最も嫌がる方法で来るんだろうな。おっさん、御者台から離れるなよ!走って逃げたりしたら守れんぞ」
「ロキ姉…依頼主をおっさん呼ばわりはダメ。常識のない冒険者パーティーと思われる」
手に持った杖をフォレストウルフに向けながら、背の低い冒険者が
それに対して、ロキ姉と呼ばれれた背が高く盾と片手剣を構えた冒険者が、
「お行儀が良くても、実力がなければ役に立たんだろうが!なぁニッキー」
と、吠えて応える。
「両方備わってれば、依頼ビシバシ…報酬ガッポリ」
ニッキーと呼ばれた、魔術師然とした冒険者がやり返す。
そんなやり取りの間にも、フォレストウルフは2人の攻撃が届くか届かないかの距離を見計らって、機動力を活かした牽制を繰り返して来る。
地味に体力と集中力を削っていく作戦のようだ。
「嫌らしい攻撃だな!こっちが馬車から離れられないのをよくわかってやがる」
「時間をかけて弱らせる作戦なら…助けが来る可能性もあるけど、おっちゃんの忍耐力がどこまで持つのかが…不安材料」
「ニッキーもそこそこ失礼だろ!」
「そんなことはない…と思う」
御者台にいる壮年の男性が、ひきつった表情を浮かべる。
聴覚スキルを発動させて、馬車付近のやり取りを聞いていたライオットが何かを期待した顔でミューオンに振り返る。
「ハイハイ…助けが必要な様子ですね。ファースト人助けミッションを開始しますか?」
ブンブンと頭を縦に振るライオット。
「するする、じゃあ行くね!」
隠密と瞬発スキルを同時発動させると、馬車目掛けて飛び出して行く。
走りながらライオットは、状況を確認して馬車の前方に陣取る2匹のフォレストウルフの元へと向かう。
直前で隠密スキルを解除すると、モスグリーンの毛皮を纏ったフォレストウルフの胴体目掛けて蹴りを放つ。
蹴り飛ばされた1体がその先にいたもう1体に激突すると、ギャンという鳴き声と共に事切れた。
いきなり前方に少年が現れたのに面食らったロキとニッキーであったが、
「アイスブレード!」
ニッキーが詠唱を放つと、杖の先から氷の刃が飛び出してフォレストウルフの首と胴体を分断した。
ロキが回転しながら片手剣を振ると、2匹が頸動脈を切断されて倒れ込む。
長引くかと思われた、フォレストウルフとの攻防戦が一瞬のうちに決着してしまった。
「あなたは誰?」
ニッキーが小首を
「僕の名前はライオット。困っていたようだったから手助けしたけど、迷惑じゃなかった?」
「迷惑ではない…むしろ感謝。だけど的確な判断過ぎてドン引き」
「ドン引き…なんだ」
「2匹以上倒す気なかったでしょ?それは私達が残りを倒せると確信してたから…だからドン引き」
ニッキーが、ライオットに対して鋭い眼差しを向けて来る。
「もう1度聞く、あなた何者?」
「僕のジョブは愚者。名前はライオット…とりあえずの目標は、冒険者になることだな!」
ライオットが屈託のない笑顔で応える。
「愚者のジョブを自信満々に言う奴初めて見た。ロキ姉、私こいつ少し素直過ぎて苦手かも…でも興味はある」
「ほう、魔法術式しか興味のないニッキーにしては珍しい反応だな。フォレストウルフ2匹を一瞬で
「ロキ姉、脳筋…単純過ぎ」
「ニッキー、お姉ちゃんへの評価酷すぎないか?いい加減にしてくんないと泣くぞ、喚くぞ、筋トレすんぞ」
「泣け、喚け、筋トレはすんな!」
筋トレを禁止されたロキが愕然としている。
「仲がいいんだね、本当の姉妹なのかな?」
ライオットが疑問を口にすると、ニッキーの瞳が凍てつく様な凄みを増し、
「よく聞かれるが、私達は本当の姉妹…どこに疑問を持った…身長か、ボディラインか?返答によっては地獄行き」
と究極の選択をライオットに課す。
これはまずい地雷を踏んだと自覚したライオットは、魔王に対峙した時よりも緊張しながら、
「し…身長です」
と冷や汗ダラダラで答えた。
「ホントに?」
ニッキーの圧が凄まじい。
「ホ…ホントだよ」
「…なら許す」
ライオットが『僕やったよ、やってやったよ』と心で叫んで、ガッツポーズを取る。
ニッキーは、目の前で喜んでいる少年を首を左右に傾けながら観察した。
群青色の髪と空色の瞳は、都市部ではなく農村部において大陸ではよく見かける特徴である。
身長もそこそこ、体つきに関しては細いとしか形容のしようがない。
どこにフォレストウルフ2匹を蹴り飛ばす
「おっちゃん、ちょっと待っててな。フォレストウルフの処理しちゃうから」
ニッキーの疑問など我関せずで、ロキが現実的な提案をする。
「5匹分だと
と言うや否や、ライオットが腰に下げたポーチ辺りにさっさと5匹分の素材を放り込んだ。
3人がポカンと見つめていると、ライオットはやっちまったかと言わんばかりに、
「いや、盗ったりしませんよ!街道をこっちの方向って事は、冒険者ギルドのある街に行くんですよね?」
「ああ、オースタンの街が目的地だ」
御者台に座っているおっちゃんが答えてくれた。
「僕もオースタンに行きたいので、同行させて下さい。フォレストウルフの素材は、到着したらお返しします。腐ったりしませんから安心して下さい」
「ライオットだったか?お返しするってのは頂けんぞ」
割りと友好的だったロキが、剣と盾を仕舞いながら威嚇のオーラを飛ばして来る。
「何かまずかったですか?見知らぬ僕が、同行させて欲しいってのが図々しかったですね。すいませんすぐに素材は戻します」
ライオットが慌ててポーチ辺りに手を伸ばすと、
「違う、違う、そこじゃねぇ。冒険者は公平なんだ、フォレストウルフの素材は返すんじゃねえ。分けるんだ」
半ば呆れた様にロキが
「あ!なるほど。理解しました」
ロキが怒っているんじゃないとわかって、ライオットがスッキリした顔で応えた。
「ちょっと待ってくれ…と言うことはフォレストウルフの素材が、そのままの鮮度で手に入るのか?」
御者台に座っていた男が、慌てて降りて来るとライオットに詰め寄った。
「そう…ですね」
「頼む、この通りだ。フォレストウルフの素材5匹分、俺に売ってくれないか?もちろんギルドの引き取り値段より多く払う」
男は勢いよく頭を下げたかと思うと、ライオットの両肩を掴んで頼み込む。
「えっと、僕は全然構いませんけど…」
「ああ、あたしらもそれで構わない。むしろ大歓迎だ」
「ギルドに持ってくと何だかんだで買い叩かれるから…オッケー。ところで…おっちゃん具体的にどれくらいまで出す」
「これくらいでどうだ?」
「おととい来やがれ…ですね」
「じゃあ、これくらい…」
「……」
商魂たくましそうなニッキーに任せておけば大丈夫そうなので、ロキとライオットは馬車の荷台に乗り込んだ。
御者台のおっちゃんの隣に座ったニッキーは、そのままオースタンの街に着くまでずっと値段交渉を続ける。
オースタンに着いた時には、御者台のおっちゃんは気の毒なくらい憔悴し切っていた。
最終的には、フォレストウルフの素材5匹分で白銀貨10枚となったらしい。
倒した頭数でライオットが白銀貨4枚、ロキとニッキーで白銀貨6枚の取り分となった。
ヘタに遠慮すると姉御肌のロキの機嫌をまた損ねるので、ライオットは素直に白銀貨4枚と討伐証明部位となる耳2対を受け取る。
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