第5話 オースタンギルド

 オースタンの街は現在、復興真っ最中との事だった。

 なんでもドラゴンの襲来を受けて手酷い被害が出ていたが、たまたま通りかかった勇者が一刀両断で退治してしまったらしい。

 更にその勇者は、引き留める街の人達に背中を向けて颯爽と立ち去ったとの事だった。

 その偉業の後には街の復興に使ってくれと言わんばかりに、貴重なドラゴンの亡骸がそっくりそのまま残されていた。

 今も足場が組まれて、貴重な素材の回収に職人や冒険者が駆り出されている。

「ニヒヒ…勇者の時もしっかり人助けしてたんじゃない」

 馬車を助けた時には他の人もいたので、話しかけて来なかった妖精のミューオンが、ここぞとばかりに煽ってくる。

「あの時は行く手を遮られて邪魔だったから斬ったんで、街を助けるとか復興なんてこれっぽっちもなかったんだよ」

「でも結果的には街を救った英雄だよ、勇者様」

「恥ずかし過ぎる。穴を掘ってダイブしたいよ」


 そんな状態だったので、身分証もないライオットだったがすんなりオースタンの街に入る事が出来た。

 ロキとニッキーから、しっかり冒険者ギルドの場所と登録に必要な費用も聞いていたので、早速向かうことにする。

 元々オースタンの街は、街道沿いの宿場町として発展していた。

 だがその近くにダンジョンの入り口が見つかると冒険者や商人、それに附随する職業の者たちも集まるようになり、飛躍的に街の規模が拡大したとの事だ。

 冒険者ギルドは魔物の素材を扱うため、独特な匂いが発生しやすいのと冒険者が多数出入りするのが不可欠なので、街の中心部からはダンジョン寄りの広い敷地に建てられている。

 その道路沿いには、冒険者用の訓練施設や宿泊施設、食堂、居酒屋、武具屋、薬屋、土産物屋が立ち並ぶダンジョンのための総合商業施設となっていた。

 冒険者達がダンジョンに潜って稼いだ金は、ここで消費させるという気合が満ちた街区である。

「冒険者としての第1歩だ」

とライオットは気合いを入れて、上中下3枚に分割されている冒険者ギルドの真ん中の扉を押した。

 なぜ扉が3枚に分割されているかというと、上と下の扉は通常内側に固定されていて、上と下からギルド内部が確認出来る様にするためである。

 上の空間からは背の高い種族の冒険者、下からは背の低い種族の冒険者が覗ける様になっている。

 この扉構造は、ギルドが混んでいるかどうかを冒険者が外から確認するためのものであり、覗いて混雑しているようなら出直して来いという意味合いが強い。

 だったら真ん中の扉も固定すればいいじゃないかと言う意見もあるのだが、扉全開は防犯上好ましくないとの考えでこうなった。

 扉3枚を連結させると、扉本来の目的である外からの侵入と中からの脱出が妨げられる様になる。

 ちなみに、この扉の操作レバーは受付カウンター内にあるので、冒険者達が勝手にいじることは出来ない。

 真ん中の扉だけだと、内側にも外側にも自由自在に開く。

 力が強く、おつむの弱い冒険者に扉を破壊されないための涙ぐましい工夫だ。

 

 ライオットが冒険者ギルドの中に入ると、右側に依頼の掲示板、正面には長いカウンターテーブルがあり、3人の受付嬢が並んで座っている。

 1番距離のない中央に行こうとしたライオットの視界に、向かって左側の受付嬢がこっちこっちと手招きしているのが入った。

 呼ばれるままに左側の受付嬢の前に行くと、ピンとたった耳と黄金色こがねいろの毛並みが特徴の獣人族のお姉さんがにこやかな笑顔で迎えてくれる。

「こんにちは、オースタン冒険者ギルドのパレルモと言います…パルと呼んで下さい。今日はどういったご用件でしょうか?」

『パルさんか~、綺麗な毛並みでモフモフだ~』などとライオットは思いながら、

「冒険者登録をしに来ました」

と元気いっぱいに応えたのであった。

「それではこちらの用紙にご記入をお願いします」

 ライオットは名前と年齢、ジョブについては持っていない人も結構いるので空欄とし、スキルについては当たり障りのないものを2つほど書いてパレルモに用紙を戻す。

「ライオットさんですね、ご記入ありがとうございます。ギルドカードを作成しますが、登録料は本日お持ちですか?」

「確か、銀貨5枚でしたね。これで払います」

 ライオットは白銀貨1枚を出して、銀貨5枚のお釣りを獣人のパレルモから、ちゃっかり肉球の感触を確認しつつ受け取った。

「それではカードを作成しますが、最初はFランクの新人になります。もしすでに魔物の討伐経験があるようでしたら、討伐を証明できる部位があれば上のランクへと登録変更が可能です」

「え、そんな事が可能なんですか?それならフォレストウルフの討伐部位が2対あります」

「やはり魔物の討伐経験がおありでしたか、身に付けている装備とまとう匂いから全くの新人さんとは思えなかったので…」

「僕、臭います?」

 そう言うとライオットは、あわてて自分の身体の匂いをクンクンと嗅ぐ。

「いえ、その臭いではありませんよ。ではランクをEランクに上げますね。フォレストウルフの討伐報酬がこちらになります。念のためなんですけど、他にも討伐部位があったりしませんか?」

「……!そう言えばあります。でも耳切ってなかったな、ここで切っても構いませんか?」

「ええ、カウンターを汚さなければ大丈夫ですよ」

「血抜きしたから多分大丈夫だと思います…よいしょ」

 ライオットは収納空間に手を突っ込むと、ビッグボアの頭部を取り出した。

 腰に差した短剣を手に取り、耳を切ろうとしたライオットの腕をパレルモがビシッと止める。

 キョトンとした表情を浮かべたライオットに対して、

「ライオットさん、このビッグボアの頭部そっくり引き取らせてくれませんか?」

 今までの業務的な表情から一転して、必死な形相になったパレルモが頼み込んで来た。

「別に構いませんが、頭部は引き取り対象外だったのでは…」

 首を傾げたライオットが疑問を口にすると、

「ギルド的にはそうなんです。まぁ普通は鮮度が悪いんで使い物にならないのが理由なんですが、この頭部は狩りたてピッチピチじゃないですか!酒のあてにすると珍味なんですよ~鼻の部分なんてコリッコリの食感が堪らんのですよ」

 すでに気分は、酒場に飛んでるパレルモが応えた。

「へ、へえ~そうなんですね」

「お姉さんのお願いを聞いてくれたら、Dランクからのスタートにしてあげちゃいます。Cランクからは、昇級試験を受ける必要があるからさすがに無理ですけど…」

「Dランクからですか?助かります。じゃあそれでお願いします」

「よっしゃ~!じゃあビッグボアの討伐報酬と牙の素材代金…あと個人的に頭部の買取代金です」

「こんなに!ありがとうございます」

「ライオット君、これからは魔物を討伐したらパル姉さんのとこに優先的に持って来なさい。いいわね!」

「はいっ!わかりました」

 Dランクのギルドカードをパレルモから受け取ると、いい人に会えたと喜びながらライオットは冒険者ギルドの扉を押しながら出て行く。

 その後ろ姿を見ていたパレルモが、不敵な笑みを浮かべると、

「久しぶりの推しを見つけたかな…いい酒のあてが手に入ったから居酒屋に行く。後は任せた」

 今までの受付嬢の声から一転して、ドスの効いた声でギルド内部に言い放つ。

「はい、お疲れ様でした。ギルドマスター」

 ギルド内の職員が、一斉に立ち上がって送り出した。

 

 冒険者になれた上にDランクスタート、パルさんという獣人のお姉さんとも知り合えたライオットは、ニコニコしながら街の中心部にある宿屋に向かっていた。

 ロキとニッキーの凸凹姉妹からお金に余裕があるのなら、ギルド近くの宿泊施設より安全で食事の美味しい宿屋に泊まった方が良いと教えてもらっていたのである。

 宿屋に着くと1泊2食付きで部屋を申し込み、食事は部屋に運んでもらうことにした。

 食堂だとミューオンが食べれないからである。

 妖精であるミューオンをライオット以外は見ることが出来ないので、食事風景を見られると色々と問題が出てしまう。

 2階の部屋に入ってドアを閉めると、

「ねえミュー、僕って臭うかな?勇者だった時は、身なりとか全然気にならなかったし意識しちゃうとほっとけないよ」

 脇の下の匂いを嗅ぎながらライオットが聞く。

「ん?浄化スキルを使えばいいんじゃない。汗や臭い、服装の汚れもきれいさっぱり落とせるよ」

 ミューオンのアドバイスを聞くと、ライオットはすぐさま全身に浄化スキルを発動させた。

 獣人のお姉さんパレルモの一言が、かなり気になっていたみたいだ。

「あ~さっぱりする。思ってた以上に汚れてたみたいだね」

 そんな感想を言ってるライオットを尻目に、ミューオンは運ばれてきた夕食を食べるのに夢中になっている。

 ライオットはパンに短剣で切れ目を入れると、焼いたまま収納してあるビッグボアの肉をスライスして挟んであげた。

 それを口いっぱいに頬張ったミューオンは、瞳をキラキラさせて『肉旨いな』アピールをしてくる。

 両頬が膨らんで、顔の横幅が2倍近くになっている様はまるでハムスターだ。

 夕食をミューオンと分けあって食べたライオットは、久し振りのベッドに潜り込むとすぐさま幸せそうな寝顔となり夢の世界へと微睡まどろんで行った。




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