第6話 凸凹姉妹

 熟睡から目覚めると、ライオットの布団の上にはミューオンがちょこんと載って寝息を立てていた。

 朝食が部屋に運ばれて来ると、目を覚まして円を描きながらふわふわと浮かび始める。

 大きなあくびと共に身体を伸ばすと、

「あ~よく寝れた。天上界だと女神にしょっちゅう呼びつけられるから、のんびり昼寝も出来ないんだよ」

 聞いてもいない天上界あるあるを披露した。

「天上界って、意外とシビアなんだね」

「だから~ライオットのおかげで、地上界に出張…降臨出来てラッキーなんだよ」

 なんで言い換えた…見栄を張っているのかとライオットが思っていると、

「それで今日はどうすんの?冒険者登録済んだし、本格的に人助け始めるの」

 わりと普通に、日常業務の確認をミューオンがして来た。

「そうだね、そうするつもり。そのためにも冒険者ギルドに行って、人助けの依頼がないか探しに行こうと思う」

「りょうか~い、んじゃ朝食済まさないとね」

 ミューオンはパンを抱えると、夕食と同じようにビッグボアの肉を挟むように指を差しておねだりする。

 『本当に肉好きだなぁ』と思いつつ、収納空間からライオットは肉を取り出して挟み込んであげた。


 朝食を済ませて階下に降りると、宿屋のロビーに凸凹姉妹がいた。

「お、ちゃんと言い付けを守ってここに泊まっていたな」

「私たちはこの宿の常連さん…ここで待っていればまた会えると思っていた」

 ロキとニッキーは、ライオットの事を待っていた様だ。

「昨日はありがとうございました。冒険者登録も済ませられましたし、フォレストウルフの討伐部位のおかげでDランクからスタート出来ます」

 ライオットが頭を下げると、

「おいおい、いきなりDランクなのか?あり得なくないか」

「やりそうな人に1人だけ心当たりがある…冒険者ギルドの受付…誰が担当?」

「パレルモさんという獣人のお姉さんです。とても優しかったですよ、ビッグボアの頭部もそっくり買い取ってくれました。酒のあて?になるとかで…」

「やっぱり…その人はオースタンの冒険者ギルドのギルマス」

 ニッキーが持っていた杖を、コツンと床に打ち付けながら言う。

「ギルマス…えっ?ギルドマスター!でも受付に座っていたし、ギルド職員の制服も着てましたよ」

「それはパルさんの趣味だ。推しの冒険者を発掘して、いちから育て上げるのが夢だとか言ってた」

 ロキが太い腰の皮ベルトに両手を当てながら、えらいのに気に入られた様だなと肩をすくめている。

「ライオットの事だから…なにかやらかすとは思っていた。と言う訳で…どうせギルドに行くんでしょ?一緒に行ってあげる」

「何が、と言う訳ですか?僕、何も悪くないですよね」

「そういう星の元に生まれた…諦めるべき」

「えーーー!」


 3人が冒険者ギルドに到着すると、昨日と同じ向かって左側に座っているパレルモが手招きをする。

「パルさん、おはようございます。昨日は色々とありがとうございました」

 ライオットが朝の挨拶とお礼を言うと、

「おはようございます…ビッグボアの頭、新鮮で美味しかったですよ。昨晩はいい宴になりました」

 パレルモが受付用の声で返した。

「ところでパルさん、あたし達に朝っぱらから呼び出しって何です?緊急の依頼でも入りましたか」

 ロキがそう言うと、ライオットは『ギルドに呼び出される冒険者もいるんだカッコいい』と心の中で思った。

「そうなんですよ。実は昨日の夜に、インス村から使いの荷馬車が来まして、『ゴブリンの姿が村の近くで確認されたんで、討伐を頼みたい』と緊急の依頼が入りました」

「村の守備自体は村人達で対応可能?村を守りながらとなると…Bランクとはいえ2人のパーティーじゃ厳しい…」

 冷静にニッキーが、依頼の難易度を見極める。

「村の守備は村の自警団で行えるそうですが、外に打って出るとなると厳しいそうです。なのでライオットさんも含めて、3人で受けてはいかがかなと思いまして…どうでしょう?」

『ロキとニッキーさんてBランク冒険者だったんだ』と呑気に考えていたライオットだが、自分も含めてのくだりで驚いた。

「すでに1度共闘してるからあたいは問題ないけど、ニッキーの意見はどうだい?」

「村が困っているならすぐに助けに行くべき…ライオットは人助けがしたいんだよね。それならこれは理想的な依頼…やる気ある?」

 ニッキーがライオットを見ると、期待に瞳をキラキラさせて首を縦に上下させている。

「問題なさそう…この依頼、受ける」

「助かります。それでは使いの荷馬車が昨晩から待機していますので、それに乗ってインス村に向かって下さい」

 依頼書を取るためにパレルモが後ろを振り向いた時、ライオットは見てしまった。昨日は拝むことの出来なかった、黄金色の美しい毛並みの尻尾を。


 インス村から来た使いの者は、ほとんど寝ていなかったのか青ざめた顔と隈が酷かったので、荷台で寝かせている。

 荷馬車はニッキーが手綱を握って、インス村への街道を東南方向へと走らせる。

 ニッキーはチャコールグレイで統一された、魔術師の証しでもある三角帽と足首まで隠れるローブを身に纏う。

 御者台に座ると、ローブの裾が割れてショートパンツから出ている形の良い色白の脚があらわになった。

 姉であるロキは背が高く、日焼けした褐色の肌がそのグラマラスなボディを更に野性的に魅せている。

 そのため隣にいることの多い妹のニッキーは、色白なこともあって貧弱そうに見られるが、細身のスタイルはバランスが整っていた。

 残念なことにそれらはすべて、チャコールグレイのローブに覆われてしまって普段は拝むことが出来ない。

 胸については、成長期ということでこれからに期待せよが本人談である。


「キャーーー!」

 インス村まであと少しのところで、左手に見える森から悲鳴が聞こえて来た。

「ニッキー、荷馬車と村の使いの人を頼む。ライオット、一緒に着いて来い」

 ロキが素早く指示を出して、荷台から飛び降りると森の中を目指して草原を疾走する。

 ライオットも瞬発スキルを発動させると、ロキの後ろを追走した。

 森に入ると、そこには薄汚れた緑色の肌を持つゴブリンが2匹、その濁った赤い瞳には籠を抱えて震えている1人の女の子がロックオンされていた。

 ロキとライオットは左右に分かれると、何が起きたのかゴブリン達に認識するヒマを与えずに各個撃破に入る。

 ロキは片手剣で、ライオットは両手に短剣を握るとゴブリンの首を一閃し命を刈り取った。

 ロキはそのまま女の子に駆け寄ると、

「1人か?誰か一緒に来ているのか」

 端的に質問を浴びせる。

 女の子がフルフルと首を横に振るのを確認すると、その小さな身体を抱え上げた。

「ライオット、引き揚げるぞ!」

「ゴブリンの討伐部位と魔石はどうします?」

 ライオットの冒険者らしい問い掛けに対して、

「今はこの子の安全を優先する。他に仲間がいると面倒だ、放置して行く」

と言うと、馬車に向かって女の子を抱えながら走り出す。

「わかりました」

 ライオットは、森からの追撃を警戒しつつ殿しんがりを務める。

 荷馬車へ戻ると、ロキは荷台に素早く女の子を乗せて、

「ニッキー、出してくれ」

と、救出ミッションの終了を妹に告げた。


 走り出した荷馬車の中で村からの使いの男が、

「君はフリーデさんのとこのタマムちゃんじゃないか。なぜ森になんかいたんだ?村からの外出は禁止されているだろう」

と言うと、タマムと呼ばれた少女は籠を握りしめたまま無言でブルブルと怯え始めた。

 ロキは籠を持つタマムの手に自分の手を重ねると、

「今森に入るのは、とても危険だということは充分わかっていたんだろ。それでも行かなくちゃならなかったのはなぜなんだい?」

 幼い妹をなだめる様な、優しい口調で聞く。

「ふぐっ…村の周辺でゴブリンが目撃されてから森に行けなくなって、お母さんのための薬草を取りに行けなくなっちゃって…でももう薬草がなくなっちゃって…お母さん、お母さんを助けなくちゃって…思ったら…ぐすっ」

 ロキは優しくタマムを抱きしめると、

「いいんだ、タマムは強くて優しいんだな。でもムチャはしないでくれ…タマムに何かあったら、タマムのお母さんは自分を許せなくなるぞ、わかったか?」

 責めることなく諭す。

「ふぐっ…わかった」

「よし、いい子だ」

 背中をよしよしと撫でると、ロキは腰に下げた革ポーチから手拭いを取り出し、タマムの涙でぐしゃぐしゃになった顔をキレイに拭き取った。



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