第7話 インス村攻防戦

 それから程なくして荷馬車はインス村に到着した。

 タマムは泣き疲れたのか、ロキの腕の中でぐっすりと眠っている。

「ふえ…」

 村の入り口に到着して荷馬車の心地よい揺れがなくなると、タマムがゆっくりと目を覚ました。

 自分がロキの腕の中が眠ってしまった事を認識すると、顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 そんなタマムの頭をロキが優しく撫でていると、村から杖をついた老人と数人の村人が出て来た。 

 使いの者がその集団としばらくの間、やり取りを行う。

 時折、驚いた顔をして数人がこちらを見ていた。

 やがて、老人が荷馬車の近くに来ると、

「私がこのインス村の村長です。タマムを助けてくれたこと心より感謝致します」

 腰を折って、村人を助けた事へのお礼を述べる。

「いいってことよ。それで冒険者ギルドから派遣されたロキとニッキー、そしてライオットだ」

「このような小さな村の依頼を聞いて下さり、ありがとうございます。では早速、現状をお伝え致します」

 それから村長の家に場所を移すと、現在の村の状況とゴブリンの襲撃方法を教えてもらう。

「聞いた感じだと…群れを統率する上位種が発生した可能性…極めて高い」

 魔術師であるニッキーが冷静に状況を整理すると、現状で考えられる推察を述べた。

「ゴブリンは繁殖能力だけは高い…頭は良くないし卑劣で本来臆病者…通常、人間の集落に自分から攻撃を仕掛ける様なバカな真似はしない」

「だがこの村は実際、攻撃されているんだよな」

「うん、ロキ姉その通り…さっき言ったのはあくまで通常の場合…ここで考えられるのは上位種が発生したゴブリンの群れ…通常ではなくなる…上位種には絶対服従」

「なんだよ、ゴブリンの軍隊とやり合わなきゃならないのか?」

「そうなる、けど上位種を倒せば…通常のゴブリン狩りと一緒」

「ニッキー、簡単に言うね~。上位種って、確かゴブリンの巣穴からあんまり出て来ないんだろ?」

 凸凹姉妹の不穏な会話に、村人達は顔が青ざめていた。


 現状の把握は終わったので、具体的な行動は明日からにするという事にして、村長達との打ち合わせを終了する。

 今日は村の中と防御柵の確認を行った後、タマムの家にお邪魔することになっていた。

 タマムが、ロキ達をお母さんにどうしても会わせたいと聞かなかったからだ。

 タマムの母親は病に臥せった状態であった。

 父親はタマムが生まれてすぐに、魔物との闘いで命を落としたらしい。

 ライオットが鑑定スキルを発動させて、タマムの母親の状態を診ると重度の貧血及び栄養失調と表示された。

 これなら森で魔物を狩って食べさせればなんとかなるんではないかと思い、ライオットが家を辞そうとすると後ろから思いっきり頭をひっぱたかれる。

 なにをするんだとミューオンを睨むと、

『ちょっとライオット…この場に最適なモノ、渡してあるよね』

 あんたバカなのといった顔で睨み返された。

『なんだっけ?』

『女神からの恩寵、聖水でしょうが!』

『ああ、確かにそうだね。軽く渡されたから、ただの飲み水と勘違いしちゃってた』

『いい、こっからは真面目に聞いて!聖水を軽々しく与えないでよ…いや、与えるのはいいんだけど、女神に感謝する様に持ってって』

『それって宗教的に問題にならない?』

『なに言ってんの、これこそギブアンドテイク、ウィンウィンの精神でしょ!奇跡はタダじゃ起こらないんだよ』

『そこにロマンはないんだね?とりあえずやってみるよ』

 ライオットは、テーブルに置いてあった木製のコップを取ると水筒から聖水を注ぐ。

「タマムちゃん、このお水をお母さんに飲ませてもらえるかな?」

「いいけど、なんで?」

「タマムちゃんが今日とっても頑張ったから、女神様がご褒美をくれるかも知れないよ」

「ホントに?女神様いるの」

 タマムは満面の笑みを浮かべると、ライオットからコップを受け取って母親の枕元へ急ぐ。

「お母さん、お水ど~ぞ」

 聖水を飲んだタマムの母親は、しばらく不思議そうにしていたが、

「あら?熱っぽさが無くなって…身体の痛みも和らいだわ。タマム、お母さん病気良くなったみたい」

 身体の不調が解消したことに驚く。

「ホント、お母さん…またお外に行けるようになるの?」

「ええ、信じられないけど…ありがとうタマム」

 母親とタマムは、涙を流しながら抱き合って喜ぶ。


 それを見届けたライオットは、ロキとニッキーに対して村の食糧事情改善のためとゴブリンの動きを探りに偵察に行くことを提案する。

 凸凹姉妹は危険だと反対したが、隠密スキルがあるから見つかる事はないし1人ならばすぐ撤退出来るからと説得して、ライオットは村の入り口とは反対側にある森へと向かった。

 探索スキルを発動させると、森の奥に大量の光点が固まっていて、ゴブリンの巣があると思われる場所を確認する。

 その他に光点が2個ずつ並びながら、円を描くように何組も動いている。

 昼間タマムを襲おうとしていたのも、この2匹毎に動くゴブリンの斥候兵だった可能性が高い。

 ゴブリンの斥候兵に注意しながら、巣に向かって歩みを進める。

 途中大きめの光点に接近すると、ビッグボアが闊歩していたので即座に仕留めてそのまま収納した。

 巣に到着するまでに合計3匹のビッグボアを仕留めて進むと、「ギャギャギャグギャグギャ」とゴブリンの叫ぶ声が大きくなって来た。

 気取られぬ様に注意して近付くと、巣であろう洞窟の前に100匹余りのゴブリン達が集結している。

 洞窟を背にして、群れの中でも一際体格の大きいゴブリンが仁王立ちで大きな声を発すると、今まで騒いでいたゴブリン達が突然静かになった。

 あれがニッキーの言っていたゴブリンの上位種であり、この群れのリーダーで間違いないようだ。

 ゴブリンリーダーが、自らの足下を指差して怒声を放っている。

 だが距離があるためライオットには、そこに何があるのか確認が取れない。

 視力スキルを発動させると、リーダーの足下に2匹のゴブリンが横たわっているのが見えた。

 傷口を確認すると、昼間にタマムを襲おうとして、ロキとライオットに討ち取られたゴブリン達だとわかった。


「これは…報復で村を襲うつもりか?とにかく戻って報告しないと」

 ライオットは跳躍スキルを発動して木の先端へ跳ぶと、木から木の天辺を蹴りながら村へと最短距離で戻る。

 ロキとニッキーに偵察で得た情報を伝えると、

「まずいな、防御も何も準備が出来ていない。と言って村を捨てて退避するにも、村人の足ではすぐに追いつかれてしまう」

 ロキが苦々しげな表情を浮かべて言う。

「私の自慢の極大魔法…ぶっ放してもいいけど、火炎魔法だから…森は綺麗サッパリ焼け野原」

 ニッキーの不穏な発言を聞いて、村長さんや村人達が涙目で勘弁して欲しさそうに訴えている。

 村が助かっても糧となる森の恵みが消失しては、村の存続自体が危ぶまれてしまう。

「たぶんあのリーダーの様子だと、全勢力を引き連れて襲撃に来ると思うんだよね。だったら、リーダーを誘い出す手間も省けるから罠で一網打尽にしない?」

 ライオットが、何でもないかの様に提案する。

「今から罠を作るんでは、村人総掛かりでも間に合わないのでは…」

 森を焼け野原にされるよりはずっとマシだが、時間的に厳しいと村長が反論すると、

「あ!罠スキルで作るから大丈夫。土魔法スキルも組み込んで、なるべくえげつない罠にするよ」

 言い方はとても爽やかだが、醜悪な内容をライオットがさらっと返す。

「なんにせよ時間がない。ライオットの罠に頼るしかないだろう。村長、戦える者は防御柵へ、それ以外の者は集会所へ避難させてくれ」

 村人達が慌ただしく動き出すと、ライオットは森側の門から出て、

「さてと、どれくらいの規模で穴を掘ろうかな。たぶん戦力を集中させて来るだろうけど、分散してきた場合と後々の使い勝手を考えて村の周りぐるっと囲んじゃおう」

 そう言うと、地面に手を着いて土魔法スキルを発動させる。

 ボコッボコボコボコッと地面が沈み出すと、深さ3メートル、幅5メートルの堀がリング状に村を取り囲んだ。

「これだけじゃあ、落っこちて終わりだから」

 今度は罠スキルを発動して、円錐状の角を土で無数に作り出して堀の中を棘棘とげとげだらけにしてしまった。

「最後に蓋をして完成…っと」

 堀の上を薄い土の層で覆うと、そこに堀がないかの様に平らな地面になる。

 防御柵の中で、各々鎌や鍬、弓矢を持った村人達が唖然とした顔でライオットを出迎えた。

「それじゃあ、門を閉じて迎撃準備に入って下さい」

 凄まじい規模の対ゴブリンの罠を見て、絶望的だった村人の顔に生気が戻り、勇ましい声を掛けて互いを鼓舞し合う。


 ライオットはロキとニッキーの元へ向かい、

「罠の準備は出来ました。大部分のゴブリンは退治出来ると思いますが、上位種のリーダーはおそらく後方から様子を見て来ると思うので、別枠で倒すことになると思います」

と報告した。

「ライオット~わかってるじゃないの!このまま出番なしなんて有り得んと思っていたんだよ」

 ロキは動きやすそうな軽装備ながら、頑丈そうな革鎧が胸と腰、肩、肘、膝の要所要所をカバーしている肢体をグルグルと回して戦闘準備に入る。

 凸凹姉妹の象徴でもある銀髪を、腰までの長さの三つ編みにし、赤色のリボンで先端を留めている。

「リーダーはあたしに任せな。キッチリと引導渡してやるぜ」

 両手の指をボキボキと鳴らしながらロキが凄む。

「意気込んでいるトコすいませんが、罠にリーダーが勝手に落ちちゃった時は不可抗力って事でお願い出来ますか?」

「マジか~、それは勘弁してもらいたいわ!」

 いかにもイヤそうな態度のロキを見て、妹のニッキーが笑いながら、

「それは…ライオットの罠を起動させるタイミングで幾らでも調整…出来るはず」

と、ロキの楽しみを奪わないように忠告する。

「ミッションのハードル上げるの、止めてもらえませんか」

 ライオットがニッキーに抗議するが、ロキの野獣の様な輝きを放つ瞳で睨まれて『失敗したら只じゃすまないヤツだ、これ』と思い知らされた。


 探索スキルで森を確認すると、たくさんの光点が真っ直ぐ村に向かって来ている。

 村の手前まで来ると1度停止して、部隊の並びを整え始めた。

 普段のゴブリンなら「グギャグギャ」叫びながら、勝手気ままにそのまま突っ込んで来るだけだ。

 上位種のリーダーがいるだけで、まるで軍隊の様な動きが出来るのは脅威でしかない。

 おそらく村人だけであったら蹂躙され、全滅させられたであろう整えられた戦力である。

 だが、事前に調べ上げられて対策を取られてしまったら、整えた戦力が逆に仇となってしまう。

 今まさに村からの弓矢を警戒し、密集隊形で押し込もうとするゴブリン達は相手の手の内に乗る悪手を取ってしまったのである。

「土天井崩落」

 ライオットの掛け声を合図に、堀の上を覆っていた土壁の天井が一気に崩れ落ちて行った。

「グッギャーグギャー」

 醜い悲鳴と共に、罠に落ちていくゴブリン達。

 当然そこには容赦ない棘棘が無数に待ち構えていて、ゴブリン達の悲鳴もすぐに止んでしまった。

 ギリギリのタイミングで穴に落ちなかったゴブリンリーダーは、目の前で串刺しになった自分の部隊を見て怒りの雄叫びを上げる。

 まるで、その雄叫びに呼応するかの如く村の門が開け放たれると、ロキが助走をつけて滑走し5メートル幅の堀を飛び越えると、ゴブリンリーダーの前でブレーキをかけて立ち止まった。


「ロキ参上!ゴブリンの上位種よ、お前の相手はあたしがしてやる。かかって来いやー!」

 威嚇と同時にロキは、片手剣と盾を両手で構えた。

 ゴブリンリーダーは怒りのまま、棍棒を振りかざすとロキに向けて力の限りに振り下ろす。

 並の戦士であったら、その一撃でおそらく叩き潰される様な衝撃である。

 ロキは盾で棍棒の衝撃を受け流すと、隙だらけの脇腹へ剣を払った。

 すると、最初の一撃はまるで誘い込みだったかの様に身体を逸らすと、棍棒を横にフルスイングする。

 ゴブリンリーダーの流れる様な棍棒術に、若干驚きながらもロキが身を屈めると、頭上を棍棒がうねりを挙げながら通り過ぎた。

「さすがに上位種になると、戦闘能力が桁違いだな」

 ロキは呟くと、棍棒の間合いから逃れるために後ろへと飛び下がる。

 相手との距離を取ったロキは、盾を前面に構えると即座に飛び込む。

 また棍棒を盾でいなすと思ったゴブリンリーダーは、袈裟懸けの軌道で棍棒が盾に直撃する角度へと変化させた。

 次の1手が決め手になると考えていたゴブリンリーダーは、ロキが盾を引っ込めて自分の腕を取りに来るとは思ってもいなかった。

 そのため自分の腕が棍棒ごと切断されると、驚きと痛みで無防備な姿を晒してしまう。

 そんなチャンスをロキが逃すはずもなく、ゴブリンリーダーは頭から一刀両断にされてしまった。

 100匹近くの軍勢で村を蹂躙しようとしたゴブリン達は、呆気なく全滅の憂き目に遭ったのである。


 ゴブリンからの襲撃から一夜明けて、村では勝利の余韻に満ち溢れていた。

 罠に落ちたゴブリン100匹余り、討伐証明となる耳はライオット達に渡されるが、魔石については村の取り分にして活用してもらうことに決めた。

 そのために村人総出で、ゴブリンの解体作業が行われている。

 罠に使った棘棘は、解体の邪魔になり村人にも危険なので土に戻してしまった。

 ライオットの探索スキルで群れが全滅しているのは確認したが、森の奥にあったゴブリンの巣穴についてはニッキーが燃焼魔法で中を焼きつくした上で、念のために入口を徹底的に破壊することにした。

 ゴブリンリーダーの死骸は、ギルドに提出するためそっくりそのままライオットが収納している。

 耳と魔石を取り除いたゴブリンの死体は、ニッキーが焼きつくした上で、更に堀を陥没させて地中深く埋葬した。

 ゴブリン襲撃の後処理が完了した時点で、ライオットは確保しておいたビッグボア3体を取り出し、頭部を除いたすべてを村に提供する。

 久しぶりの肉に歓喜した村人達が、焼き肉パーティーを催してくれて夜まで一緒に盛り上がった。


 次の朝…依頼がすべて完了したので、別れの挨拶をしにタマムの家をライオットは訪問した。

 タマムは、家の中にある手作りの簡素な祭壇の前でひざまずいて、お祈りの真っ最中。

 それは朝のまばゆい日差しを浴びて、とても清らかな雰囲気を醸し出していた。

「ワタシね、お母さんを助けてくれた女神様に毎日お祈りするの!ずっとずっと忘れないの」

「それは女神様もきっと喜ばれるね。それじゃあ女神様の恩寵をタマムちゃんに預けるよ…村で病気の人や怪我した人がいたら使ってあげるといい」

 そう言うとライオットは、聖水を入れておいた大きめな陶磁器製の水差しをタマムに渡した。

「女神様の恩寵に心より感謝致します」

 タマムは祈りを捧げつつ、ライオットから聖水を受け取る。

 後にタマムが『祈りの聖女』と呼ばれて人々から敬われるのは、今はまだ誰も知らない物語。

 



 





 

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