第8話 昇格試験
『ライオットってば、なかなかやるじゃない。あの娘の純粋で清らかな祈りはいいよ、いい…女神の大好物だわ』
『ミュー…その悪徳商人の様な下卑た笑い方は、妖精として大丈夫なのか?』
『見えてるのライオットだけだし、下界に堕ちちゃってるから構わないでしょ』
『そういえば、ゴブリンって妖精の成れの果てって聞いたことがあるんだけど…』
『ほっほ~う、人間族にはそんな失礼な言い伝えがあるのね…んな訳があるかい!どうやったらこんなファンシーな生き物があんなに醜くなれるのよ?そもそも身体の大きさが全然違うでしょうが』
ライオットはミューオンに頭をポカスカ殴られている…痛くも痒くもないのだが。
インス村を後にして、荷馬車でオースタンに戻っている途中であり、穏やかな天気の街道筋である。
今はロキとニッキー、荷馬車を操る村人もいるので、ライオットとミューオンのやり取りは念話スキルで行っていた。
タマムに聖水を渡したのはグッジョブだったと褒められたが、ミューオンの言い方があまりに打算的だったのでやり返したらこのざまだ。
ミューオンとの念話で暇を潰していたライオットにロキが、
「ライオットは街に戻ったらどうするんだ?Dランクじゃ、ダンジョンにはまだ潜れないよな」
と今後の予定を聞く。
「人助けになりそうな依頼を探そうと思っています」
「ふ…甘いなライオット…ゴブリン100匹を倒す冒険者を遊ばせとくハズない…ギルマスのパルさんが目を掛けている」
のほほんとしたライオットの答えに、ニッキーが反応した。
「………?」
「戻ったら…すぐにCランクへの昇格試験…覚悟しとくべき」
「ニッキー、こんな短期間にCランクになった新人なんて聞いたことがないぞ」
「言いたいことはわかる…ロキ姉…規格外過ぎる新人が悪い」
ニッキーは自分の事を買いかぶり過ぎてるなと思いつつ、ライオットは近付いて来たオースタンの街をのんびり眺めていた。
オースタンに到着すると、そのまま冒険者ギルドへと報告に向かった。
いつものパレルモが座る窓口に、3人で顔を出すと開口一番で、
「早いお戻りですね。増援要請…まさか手遅れだったなんて事はないですよね?」
と、驚いた顔で言われてしまった。
確かに1週間もかからず、ゴブリンの脅威に関する調査を終えて帰ってくるとは思わないだろう。
「えっとパルさん、言いにくいんだけど依頼は達成したよ。これが村長さんからの証明書類」
ゴブリンリーダーを相手にした時よりも、緊張しながらロキが依頼達成の報告をする。
「なるほど、大した脅威ではなかったんですね。村からの使いの方がかなり焦ってらしたんで、わたくしとした事が判断を見誤ってしまったようです。申し訳ありませんでした」
「ゴブリンリーダーに率いられた、100匹程の群れが確認出来ました」
「あん、なんだって?そんなの軍隊レベルの脅威じゃね~か!」
「パルさん…パルさん…口調…素がモロ出し」
「おっと…申し訳ありません。状況が混乱を極めているようなので、2階でお話しを聞かせて下さい」
そう言うとパレルモは席を立ち、受付の脇にある扉を開けて中に入るよう促した。
通路の真ん中あたりに2階に上がる階段があり、更に廊下を進むとギルドマスター室がある。
部屋に入ってソファーに座り込むと、
「すまないな…ギルド職員には、話し方に注意しろと口を酸っぱくして言ってる立場なんでな」
「いえ、パルさんがギルド内の働き方改革をされているのは、みんな知っていますから…」
「それで、それだけの戦力が育っちまってるって事なのか?」
「それは、まあそうだったんですが…」
ロキがとても言いずらそうにモジモジしている。
チラチラとニッキーに視線で助けを求めるが、こんなレアなロキ姉はそうそう見れんとニッキーは完全スルーを決め込む。
「なんだロキ、お前らしくもないな!シャキッと言えシャキッと」
パレルモのケモ耳がピンと立ち、アッシュグレイの瞳孔が縮む。
「ハイッ!結論から言うと、ゴブリンの脅威は完全に解消しました」
「はあ~、なに馬鹿言ってんだ!そんなの無理に決まってんじゃねーか。オレをおちょくってんのか!」
パレルモの逆立っていた毛並みとケモ耳が、ペタンと倒れた。
だから言うの嫌だったんだと、ロキが今にも泣きそうになっているのを横目で見ると、さすがに可哀想に思ったのか、
「パルさん…本当の話…100匹余りのゴブリンはここにいるライオットがえげつない罠で殲滅させて…ゴブリンリーダーはロキ姉が討伐」
と、ニッキーが助け船を出した。
だが、それを聞いたライオットが『全部丸投げしたよこの人』と驚いていることには気を回さない。
「ほう、オレの推しはそこまで優秀だったか。ならば良し!これからライオットのCランク昇格試験を行う」
どうしたらこうなると、ライオットが驚愕の表情を凍り付かせていた。
「な~に簡単なことだライオット。頭で理解できぬものは身体で理解すればいい。それだけの事だ」
2階のギルドマスター室から、1階の裏側にある試験場に場を移してパレルモが
「まったくもって意味不明です」
「それでよい。さっさと模擬剣を取れ」
ライオットは試験場に置いてある、刃を潰した模擬剣を手に取った。
刃を潰してあるとはいえ、鉄の重い剣である。
当たりどころが悪ければ、痛いだけではすまない。
パレルモは模擬剣を軽々と振り回して準備運動を終えると、自らの前に剣をかざす騎士風の礼節を取る。
ライオットも同じ礼節を取ると、剣を構えた。
「試験なのだ、別に勝たなくても良い。ダンジョンに潜れる実力があるかどうか見せてくれ」
そう言うと同時に、パレルモが間合いを詰める。
同じくライオットも前に出ると、剣を袈裟懸けに振り下ろした。
逆に、弾かれたライオットの手が痺れた。
普段、笑顔で受付に座っているパレルモと同一人物とは思えない
「スキルだけに頼った剣術では、オレには通用せんぞ!」
必死に打ち込むライオットだったが、それらは軽く居なされ気を抜けば剣をからめとられそうになる。
『ムリムリムリ…絶対ムリだって。次元が違い過ぎる』
『剣術スキルと連携させられるスキルは最適化してるけど、如何せん経験値の違いが絶望的だよ』
ミューオンとの念話においても、この闘いは無謀だとしか
あとは如何に痛い思いをせずに、昇格試験を終えるかが問題だ!とライオットが思った瞬間、
『おいおい、随分と情けないではないか!ワシを倒した時の迫力はドコに行ったのだ?』
と、勇者時代に散々追い求めたオーラを再び感じたのである。
『魔王ダンゲル!復活したのか?』
『いや、復活はしとらん』
『ではこのオーラはなんだ?』
『残影?残り香?』
『確かに!お前のオーラには加齢臭が漂っていたな』
『なにを言っておる?ナイスミドルなワシに加齢臭などあるはずがなかろう!』
『本人が気が付かないのが加齢臭なんだよ』
『なんと!』
『ところで加齢臭のオーラについて話したくて出てきたの?ちょっと今たて込んでいるんだけど…』
『ワシの扱い、軽っ!わざわざ冥府から出てきてやったのは、ワシが伝授してやった魔極意アーツをなぜ使わんのか文句を言いに来たのだ』
『………そんなの伝授されたっけ?』
魔王ダンゲルがずっこける。オーラのくせして芸が細かい。
『ダンジョンで3回、魔王城で1回闘ったじゃんか!あん時、教えたろ~』
『ごめん…勇者の時は、魔王討伐しか興味なかったみたいで色々ごめんなさい』
『そんな事は充分承知の上だ!だから身体に刻み込んでやったのだよ、勇者の縛りから解き放たれても忘れんよう…念入りにな』
ライオットは、魔王ダンゲルのどや顔にイラッとした。
『そもそも僕と魔王は敵同士だっただろ、自分を倒しに来た奴に極意なんて教えたら駄目なんじゃないの?』
『闘ってこそわかる、真の強敵という感じかの…ライオットとは、勇者ジョブの縛りがなくなった時に解り合えると思っていたのだ』
その頃を思い出して感慨にふける魔王ダンゲル…姿はないので雰囲気的にだが。
『それはまた、気を使っていただいたようで恐縮です』
『まあな、ワシこう見えて面倒見良い方だからな!それより早よ、ワシの教えた魔極意アーツ使ってみせい』
『具体的にはどうやれば良いの?』
『簡単に言えば道具を持っていたとして、その道具を何に使うか知らなければ宝の持ち腐れだろ。そんな感じだ、わかったか?』
『全然わかんないけど、今感じてるこの違和感をアーツと認識すればいいって事なのかな?』
パレルモは突然、全身の毛が逆立つのを感じた。
今まで、剣術スキルだけの戦い方だったライオットが見たこともないオーラを身に纏うと、腰を落とした半身の構えで静止したのだ。
ここから繰り出される攻撃がヤバイのは、幾多もの死線を掻い潜ってきたパレルモには直感としてわかった。
だが動けない…蛇に睨まれたカエルのように、身動き1つ取れない己れの弱さを笑える程だ。
首筋に模擬剣の存在が感じられた。
剣筋を追うどころではない、ライオットが動いたことすらわからなかった。
パレルモには野性の眼という特殊スキルがあり、あらゆる攻撃の軌道を瞬時に読み取る能力なのだが、何も読み取る事が出来なかった。
しかも、ライオットが意図して止めたであろう剣先からボンッという音と共に、
剣先の幅に集約された、凄まじい衝撃波が青空の彼方まで一筋に伸びる。
それを見たパレルモは、今のが首筋スレスレに放たれた突きだったのだと悟った。
「なんなんだ今のオーラは?」
「加齢臭です」
「ふざけた奴だな…まあいい、合格だ。オレに勝ったんだからAランクにしてやりたいとこだか、そうもいかん…Cランクに昇格決定だ」
パレルモは降参だとばかりに、両手の肉球を掲げてみせた。
『なかなか見事な魔極意アーツであったぞ。さしずめ極意【ショックウェーブ】と言ったところか!』
『まさかイチイチ技名、付けるんじゃないよね?』
『その方がカッコいいだろう』
『やだよ、恥ずかしい』
『なにっ、魔極意アーツに関する美学がわかっておらんな…あ!顕現タイム切れだ、アーツ講座は次の機会にタップリしてやるからクビを洗って待っとれ』
そう言うと、魔王ダンゲルのオーラは靄が晴れるように立ち消えた。
その後、冒険者ギルドの素材引き取り所に移動すると、真っ二つになったゴブリンリーダーの死骸とゴブリンの耳100匹分を納品して、討伐報酬と依頼報酬を受け取った。
ライオットは、パレルモからCランクに昇格したギルドカードを受け取ると、
「パルさん例のモノなんですけど、インス村で栄養失調の病人がいたので、その対処で3匹ほど狩りました」
「な、3匹もか!で、頭部は?」
「こちらに…」
引き取り所のカウンターに、ビッグボアの頭部が3個並ぶ。
「見込み以上の働きっぷりだな。Cランク冒険者になったんだ、ダンジョンでも活躍してオースタンの街を助けてくれよ」
「ハイッ、頑張ります」
パレルモは昇格試験で初めて負けたショックから立ち直ると、3匹のビッグボアの頭をパシパシ叩いて今晩の酒のあてはどう調理してやろうかと、愉しげに笑うのであった。
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