第19話 野営

 王都での自分の用事をあらかた済ませたライオットは、今後の行動についてモイラとソーニエールに相談をする。

「僕の王都での用事は済みましたし、モイラ様の言われていた魔王の討伐結果についてはオーラは感じられなくなったけど勇者からの報告はなし、魔王国との現況は5勇者が城塞都市に向かう予定ということでいいでしょうか?」

「うむ、魔王と勇者の相討ちというのも噂の域を出ないようだし、情報としては充分だな」

「ありがとうございます。冒険者ギルドには10日間と言いましたが1日で依頼完了となってしまいましたね」

「その依頼の件ですけど、ライオットはこの後どちらへ向かうつもりなの?」

 モイラが尋ねると、

「ダンジョンがあるカフラーという街に向かいます」

と、ライオットが応える。

「その街は、魔王国や城塞都市とは別方向なのですか?」

「王都から見ると…魔王国や城塞都市は北方向で、カフラーは西方向ですから別方向になりますね」

「なるほど…ライオットの向かう方向にワタシ達の護衛を引き続き依頼しても問題ないかしら?」

「モイラ様のご都合に支障がないのでしたら問題ありませんし、護衛依頼は10日間になっているので僕は構いませんよ」

 モイラがソーニエールを見ると、同意したと頷いたので、

「では、それでよろしくお願い致します」

と、3人でのカフラーダンジョンへの旅が決定した。


 王都を出発した馬車の中で、

「ソニー、王都での情報をどう分析しますか?」

 モイラは向かい側に座ったソーニエールに問い掛ける。

 御者台にはライオットが座り、馬車の手綱を握っているが防音仕様のため、馬車内の会話は聞くことが出来ない。

「魔王様と勇者の相討ちについては、勇者の姿を自分とお嬢さまが直に確認しているので無しですね。ですが、その後に聖剣を心臓に刺した勇者が死んだかどうかは検証できていません」

「消えちゃったしね」

「お嬢さまはお漏らししましたしね」

「ソニー…死ね」

「魔王様のオーラを、人間族側でも感知出来ていないのは不思議ですね」

「華麗にスルーしたね。なぜ不思議なの?」

「お嬢さま…あくまでも仮定の話ですが、魔王様が勇者に倒されたとすると、膨大な魔力が何の兆候もなく消失する事はあり得ません」

「それはお父様が死んだら、膨大な魔力が放出されるということかしら?」

「そうです。仮に、勇者にその魔力を吸収するスキルがあったとしても、放出なくして吸収はあり得ません」

「そうか!瞬間的にせよ、お父様の持つ膨大な魔力が外に出ればワタシ達魔族が気付かない訳ないものね」

「その通りです…さすがはお嬢さま」

 モイラとソーニエールが盛り上がっていると、外からコンッココンと馬車の扉をノックする音がした。

 ソーニエールが扉を開けるとライオットが側に立っていて、

「王都を出る時刻が遅かったので、今日はこの辺で野営をしようと思います」

と伝えると、すでに馬車は街道を少し外れた空き地に停まっている。

「了解した。お嬢さまと自分は基本、馬車の中にいるのでライオット氏のやり易い方法で護衛してくれれば構わない」

「わかりました、お食事はどうしますか?」

 ライオットが聞くと、ソーニエールの脇をするりと抜けてモイラが降り立つ。

「あの商店で買い込んでいた調味料を使うの?」

「はい、そのつもりです」

「それじゃあ、ワタシ達の分もお願いしていいかしら?」

「もちろんです。お任せ下さい」

 そう言うと、ライオットは愉しそうに野営の準備に取り掛かった。

 組立式の焚き火台に鍋をセットすると、市場で購入した野菜や肉を煮込んだスープを作る。

 様々な香辛料を使用することによって、芳醇で味わい深いスープに仕上がった。

 ジャムチ商店で購入した木皿にスープをよそうと、モイラとソーニエールに差し出す。

「出来立てでまだ熱いですから、気をつけて食べて下さいね」

 2人共猫舌なのかフーフーと冷ましながら、木のスプーンでスープを啜るとカッと眼を見開いた。

「おかわり下さい」

 モイラとソーニエールが同時に木皿を差し出す。

「ソニー、あなたはワタシのメイドでしょう?ここは譲るのが当たり前じゃなくて」

「お嬢さま…弱肉強食というルールをご存知ですか?」

「たくさんありますから大丈夫ですよ。モイラ様…はいどうぞ、気に入っていただけた様で嬉しいです」

 ライオットはモイラの木皿にスープをよそうと、ソーニエールにもおかわりをよそい、自分の分のスープを持って折り畳みの椅子に座る。

「でも、勇者が5人もいるのはちょっとビックリしましたね」

「そうなんですか?商人は王国が秘蔵していたと言っていましたが、自分達の国にも噂は聞こえていましたよ」

 ソーニエールが、スープを愛おしそうに食べながら言う。

「えっ、そうなんですか?」

「結構前からいるらしくて、魔王討伐に出た勇者が現れる以前から王国にいたらしいですよ」

「それってどういうことなんでしょう?」

「5人いても1人の勇者にすら敵わないって事じゃないのかな…ご馳走さまでした」

「お粗末さまでした。なぜ、今更もったいつけた様に魔王国への最前線基地に出すんでしょう」

「魔王がいない魔王国なら格下勇者でもなんとかなると思っているのかしら…とても美味しかったわ、ライオットは料理も上手なのね」

 木皿とスプーンを戻しながらモイラが言った。

「調理スキルのおかげですよ。夜の見張りですが周囲に結界を張り、半径1キロの範囲で探知スキルを常時発動させておくので、お2人は馬車の中でゆっくりお休み下さい」

「ありがとう、ではそうさせてもらうわね」

 モイラとソーニエールが馬車に戻るのを見届けると、ライオットは使用した木皿とスプーンを水魔法スキルで洗う。


 馬車を中心に結界と探知スキルを発動させると、新しい木皿にスープをよそって切り株の上に置く。

「いや~、気配を悟られない様にするの大変だったわ!」

 妖精のミューが切り株の上に座ると、木のスプーンを振って自分の努力を強調した。

「お疲れさまです」

「あの2人、かなり高度な技術でカモフラージュしてるけど魔族に間違いないね」

 ミューオンがどや顔で言う。

「え、でも魔族は魔素の薄い環境だと死んじゃうんじゃなかったっけ?」

「そうだね、体内の魔素が放出されても濃度が薄いエリアだと補充が間に合わなくて、魔素欠乏症になって死に至るはずなんだよね」

「じゃあ、魔族じゃないんじゃないの?」

「そこは間違いない。あの2人は魔族」

「う~ん…そもそも魔族って何なの?」

 焚き火の火を起こしながらライオットが聞く。


「角が生えてて、瞳が赤いのが魔族…と言ってもこの特徴を持つのは、血統の高い魔族のみだね」

「血統の低い魔族もいるんだ?」

「女神様からチラッと聞いたことがあるんだけど、そもそも魔族と人間族は元を辿れば同じ種族だったらしいんだよね」

「え、初耳なんだけど…」

「魔人という種族が本来この大陸の原種だったんだけど、ある時を境に魔素濃度の濃いところに住める様に進化した魔人を魔族、魔素が薄い環境に適応した魔人が人間族と呼ばれるようになったんだってさ」

「大陸の魔素濃度が、何かの現象で大きく分かれたってこと?」

「古代竜の一翼である大地竜が、派手な寝返りをうっちゃったからなんだってさ。信じられる?」

「古代竜については聞いたことがあるけど…」

「竜って言っても、大地竜は地中が生活圏だから羽根なんかないんだよ。姿もドラゴンと言うよりはワニみたいなクジラかな」

「でかいんだ」

「そりゃでかいよ~なにしろ寝返りで、大陸中央にでっかい峡谷が出来ちゃうくらいだからね」

「ある時を境にって、その峡谷ができたせいで魔素濃度が分かれちゃったってこと?」

「ライオット、正解」

「大地竜…ヤバイね」

「女神様に言わせると、怠け者のジジイ竜らしいけどね」

「女神様、割と辛辣なんだね。まさか峡谷って魔王国との国境線になっているアゴラカート大峡谷のことなの?」

「凄いよね、アゴラカート大陸のど真ん中に横たわる峡谷が大地竜の寝返りで出来たなんて」

「アゴラカート大峡谷で、魔素の流れが分断されてるんだ」

「魔素そのものは、大陸全土のあらゆるところに存在しているからね。でも最大の発生元は、大陸の北西に拡がる大樹林と古代樹からなんだよね」

「その魔素が大峡谷に墜ちてるんだ…底は大変な事になってそうだね」

「天上界でも死の谷って呼ばれてるね。でも地殻の隙間を通って循環してるらしいよ」

「アレ?地殻の隙間って、人間族の大地側にも当然あるよね」

「いいとこに気付いたねライオット君。こちら側で魔素が濃いところと言えば…」

「ダンジョンですね」

「ピンポンピンポン」

 ミューオンが虹色に光りながら飛び回る。


 ライオットが、ミューオンと焚き火を囲んで大地竜と大峡谷の話で盛り上がっている隣では、ソーニエールが馬車の座面をフラットにしてモイラの就寝スペースを整えている。

「人間族の方でも、お父様の消息は掴めていないようだったわね」

「そうですね」

「だったら、なぜあの勇者は魔王城の玉座に現れたのかしら?」

「お嬢さまを、新しい魔王と勘違いしたのではないですか」

「それも考えられるわね…ワタシが、魔王じゃないってわかった時の勇者の表情が忘れられないのよ」

「それはどういう事ですか?」

「無感情だった瞳に、感情が戻った様に見えたの…とても残念そうだったわ」

「それは勇者が魔王様を討ったことを、はっきりと確認出来ていないのかも知れませんね」

「お父様、昔から逃げ隠れするの得意だからね」

 今は角も隠し、髪や瞳の色も変わっているモイラが腕を組み感慨深げに頷く。

「お嬢さま、魔王様に関しては保留でよろしいと思いますが、5勇者の件はどうしますか?城塞都市に差し向けられるとの事ですが…」

「あの勇者の前から存在しているのに、今まで魔王討伐に出て来なかったんだから大したことないんでしょ、雑魚よ雑魚」

「わかりました、お嬢さまによる雑魚認定と…」

「なんでメモってるの?」

「いや、別に…後で、責任問題に発展した際の身の安全など考えていませんよ。自分はしがないメイドですから」

「急に、自分の事をちっさく見せようとしてるわね」

「話は変わりますが、護衛として雇い入れたライオット氏ですが、かなり有能ですよね。人間族の冒険者が、こんなに使えるとは思ってもいませんでした」

「都合が悪くなると話を変えるのね…確かに情報収集能力にも長けているし、ソニーの自慢の馬車も簡単に操作しているわね」

「お嬢さま何言ってるんですか、食事のことですよ食事」

「ああ、確かにさっきのスープはシンプルな割に複雑な味わいがあったわね」

「誰が、お嬢さまの食レポを聞きたいなんて言いましたか?」

「…1回、不敬罪で処断してやりたくなって来たわ!」

「メイド道に殿方の胃袋をがっちり鷲掴みという奥義があるのですが、あのスープの出来栄えは半端ないです!胃袋をがっちり掴まれてしまいました」

「アレ?ソニーって料理出来るの」

「おいしくな~れという呪文は会得していますが、料理を侮っていました」

「出来ないんじゃん」

「魔王城の食事はイマイチでしたしね」

「作れもしないヤツが文句言うなや!」

 完全防音の施された馬車内で、モイラとソーニエールのボケとツッコミのガールズトークが寝るまで繰り広げられたのであった。



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