第17話 バトルメイド

「ないわね」

「ないですね」

 魔王城の宝物庫に入室した、魔王ダンゲルの娘モイラとそのメイドであるソーニエールが発したセリフである。

「というか、宝物庫ってこんなにスッカスカなの?」

 3種の魔神器を見たことがないモイラは、宝物庫の中で悪戦苦闘して探すことになると覚悟していたのだが、実際入ってみたら見事に何もなくて探す手間など何もない。

「魔王ダンゲル様は、あまりモノに拘らない方だと聞き及んでいます」

「魔王国の歴史ってどんだけよ!あるでしょ普通、先祖代々の武具やその他諸々が…」

「ああ、なるほど。でもそういったものは現役で使用されております」

「もの持ちいいのね、魔族って」

 モイラが、ドン引きした顔でソーニエールを見た。


「かくゆう自分のメイド服も、先祖代々のものであります」

「え?初耳なんだけど」

「聞かれませんでしたので」

「あ…そう言えばそっか。でも気にはなってたのよ、ソニーのカチューシャってどうして布じゃなくて金属なの?」

「武器だからです。それと、メイド用語ではホワイトブリムと言います」

「へ、へぇ~。武器なの?それ」

「はい!ブーメランになっていますので、このように使います」

と言うと、ソーニエールは頭に載せているホワイトブリムを外すと投げてみせる。

 弧を描くような軌跡で飛ぶと手元に戻り、それを受け止めたソーニエールは自分の頭に装着し直した。

「見事なものね。でも、武器にフリルは必要なのかしら?」

「お嬢さま、刃が真っ直ぐですと傷痕がくっつきやすいのです。刃先をフリルの様な複雑な形にすることで、傷痕がグッチャグチャになり治りにくくなるのです」

「ふ、ふ~ん。そうなんだ、ソニーはメイドさんなんだよね確か?」

「はっ、バトルメイドを拝命しております」

「あれ~?聞き間違いかな、メイドさんの前に本来付かない単語がある気がしたわよ」

「お褒めいただき、恐悦至極であります」

「ん~、褒めてないけどね。まさかそのメイド服も先祖代々ってことは曰くありきなの?」

「お嬢さま、よくぞお聞き下さいました。白いエプロンは、白狼はくろうの皮革をなめして出来ており防水バッチリ。軽くパンパンするだけで返り血がスパッと落ちます」

 ソーニエールはクルっと体を回転させると、

「黒い服とニーソはブラッディスパイダーの糸で編み込まれていますので、血を吸えば吸うほど頑強となり、自己修復もできます。首元や手首のカフスは汚れやすいので交換可能にしてあります」

 自分のあるじであるモイラに、装備(メイド服)の説明ができたのがとても嬉しい様子で、フンスと鼻から息を自慢気に吹いている。

「若干恐ろしい説明もあったけど、カフスだけは普通だったわね。ともかく凄い性能のメイド服なのはわかったわ」

「メイド服は戦闘服ですから」

「なんか意味履き違えてるっぽいけど…でも戦闘服の割には露出多くない?」

「先祖代々の教えでは、スカートとニーソの間には絶対領域という侵してはならないエリアが存在しているとの事です」

「絶対領域…なんか凄そうなエリアね。じゃあそこはいいとして、胸元はどうなのよ胸元は!谷間見え過ぎじゃないの」

「お嬢さまは、自分の過保護親父ですか?これはつるぺったんのお嬢さまから、殿方の視線を逸らすためのカモフラージュに決まってるじゃないですか」

「今、ワタシのことディスったろ!絶対ディスった」

「何をおっしゃいますお嬢さま。つるぺったんは特殊な性癖をお持ちの殿方には、それはもう大人気で…その様な不埒な殿方の視線からお嬢さまを御守りしつつ、あわよくば玉の輿に乗りたいのです」

「結婚する気あるんだ…バトルメイドなのに!」

「当たり前ではありませんか、何のためのメイド鍛練ですか?」

「花嫁修業を鍛練って言う人、初めて見たわよ」

「お褒めに…」

「褒めてないわよ!それじゃあソニーの好きなタイプはどんな感じなのかしら?」

「そうですね…しいて挙げるなら、自分が気付かぬうちにプロポーズできる様な殿方でしょうか」

「どんなシチュエーションなのよ!それ」

「眠っている自分が気付いたら、枕にナイフが突き刺さっていて【お前の命は俺が預かった】的なシチュエーションですね」

「なにそれ?ほぼ誘拐案件だと思うけど、ちょっとキュンとしちゃうじゃない」

「ええ、壁ドンならぬ枕ドスであります」

「バトルメイドの妄想力ハンパないわね」

「恐悦至極」

「褒めてね~わ!」


 がらんとした宝物庫の広大な空間を見渡したモイラは、魔族の象徴でもある赤い瞳を細めると、

「魔王国内では、お父様の情報は掴めそうにないわね」

「お嬢さま、まさか…とは思いますが」

「そのまさかよ、人間族側で情報を集めるわ」

「お嬢さま、それは…」

「止めてもムダよ、ソニー」

「しかし大陸の人間族側では、魔素濃度が薄すぎて純然たる我ら魔族は活動できません」

「そこが問題なのよね…ソニー、何か良い対策はないかしら?」

「………」

「ソニー、ソニーさん?」

「自分にそれ言っちゃいますか、お嬢さま」

「うん、言っちゃったみたいね…なんか不味そうなこと」

「自分、メイド服のメンテナンスをやってるうちに、魔道具造りにまっちゃいまして…いつか人間族の国に侵攻する時に使えないかと、極秘に開発していたのです」

「それって、人間族との戦闘を禁じたお父様の施策に引っ掛からない?」

「完全にアウトです」

「アウトなんだ…」

「ですが破天荒なお嬢さまなら、いつかこんなことを言い出すのではないかと密かに期待していたのです」

「期待されちゃってたんだワタシ」

「はい!ですがお嬢さまが考えを改められるのであれば、今の話はなかった事に出来ますよ」

「やめないわよ絶対」

「わかりました、人間族側の情報を集めるのならばやはり王都でしょう。そのための準備を開始致します」

 意を決した2人は、宝物庫を後にしてソーニエールの魔道具開発研究所へと向かうのであった。


「ソニーってワタシ専属のメイドさんだよね?」

「そうですよ、お嬢さま」

「魔王城の敷地内に、こんな立派な研究所があったのね」

「先祖代々バトルメイド道に邁進した結果、魔道具開発も必然となり予算も下りています」

 ソーニエールが研究所の扉へと手のひらを当て、魔力を流すと重厚な扉が機械音と共に左右に開いて行く。

 天井を支える柱を極力減らした体育館の様なスペースに、様々な種類の魔道具が並べられている。

 大きなものでは、馬車や飛行船らしきものまであった。

「お嬢さま…人間族の住む地域は、魔素濃度がとても薄いのは先程申し上げたとおりです」

「そうね、ワタシ達がそのまま行ったら魔素欠乏症でぶっ倒れて終わりね」

「そこで自分は、魔素スーツなるものを開発しました」

 ソーニエールの指差した先には、耐圧潜水服の様な透明なヘルメットにモコモコした外装のスーツがあった。

「ゴツいわね…」

「ゴツい上に重くて暑いです。さらに魔素をスーツに送り込むホースを延々と引っ張らなければなりません」

「魔族ってバレるわよね、目立ち過ぎだし」

「バレます…なのでこの失敗作は却下です」

 ならばなぜ紹介したと、ツッコミたい気持ちをモイラはかろうじて抑え込んだ。

「次に、自分は障壁で魔素濃度の低さを解消出来ないかと考えました」

「確かに、障壁魔法なら様々な外的要因に対応出来るわね」

「ですが、実際に魔素濃度を低下させられる実験室を作って試したところ…」

「試したところ…どうなったの?」

「魔素は濃いほうから薄いほうへ移動するので、アホみたいに魔力を消費しました」

「ダメじゃない!」

「実験室の構築にも、アホほど費用を消費しました」

「あれ?もしかして、研究所の予算無駄遣いの言い訳してるだけなのかしら」

「何をおっしゃいますやら、お嬢さま」

 そう言うソーニエールの目が泳いでいて、冷や汗をかきまくっている。

「まあ、開発に失敗は付き物よね」

「そうなんです。さすがお嬢さま、わかってらっしゃる」

「ワタシをここに連れて来たって事は、成功してるんでしょ」

「イエッサー!なんですよ」

「それは楽しみね」

「ヒントは、お嬢さまを襲った勇者にありました」

「アイツか!確かに勇者は魔素の濃い魔王城に来た時に、仮面すら着けていなかったわね」

「はい、自分は玉座の後ろからしっかり観察しておりましたので!」

「ワタシを助けるという選択肢はなかったのかしら?」

「ムリです。あんなバケモノの前に出たら、自分など紙装甲以下です。瞬殺されちゃいます」

「ふ~ん、まあいいわ。それでヒントとは何なの?」

「スキルです」

「スキル?また、ずいぶんシンプルになったものね」

「本物の勇者ジョブには全耐性スキルがあると昔、聞いたことがありまして…ですが、そんなスキルを魔族とはいえオール付与したら一瞬で精神崩壊してしまいます」

「そうなの?怖いわね」

「スキルは便利ですが、適性を間違えるととんでもない事になる危険性をはらんでいます」

「それで、どうなの?」

「全耐性スキルから魔素欠乏耐性スキル…略して魔欠スキルの抜き出しに成功しました」

「ソニー、でかしたわ!」

「恐悦至極、すでに魔道具への付与も成功しています」

 ソーニエールは、赤いリボンを2本取り出した。

「ん、これは何かしら?」

「魔欠スキルで1本、擬装スキルで1本。お嬢さま用の魔道具…ツインテールです」

「魔道具ツインテールって…髪型の事じゃない。それに両側に角があってくどいから、いつもイヤって言ってるでしょ」

「お嬢さま、人間族の国では角は隠さなければなりません。そのための擬装スキル…そして角がなければ、高めの位置に結ぶツインテールのラビットスタイルもいけるのです」

「それって、ソニーの趣味じゃないの?」

「開発者の役得といいます」

「もう…バランスが取れるんならいいわ」

「あざーす」

「おい!口調」


「お嬢さま、赤い髪と瞳は魔族の象徴ですので、擬装スキルで色彩変化させる必要があります。体型はいかがいたしましょうか?」

「ボンキュッボンで…」

「お嬢さま、さすがにつるぺったんをボンキュッボンは魔道具の指示回路への負荷がかかり過ぎでムリです」

 ならなんで聞いたコラと、怒鳴り付けたいモイラが鬼の形相でソーニエールを睨む。

「お嬢さま…お約束というやつですよ」



 

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