第18話 王都

 ライオットと村人達は、ストラ王国の城壁が見える場所で約束通り別れる。

 村人達の馬車は魔封隊の連中を繋いだまま、王都の正門ではなく城壁の右側へと回り込んでいった。

 罪人を一般人が並ぶ正門から入れるのは防犯上問題があるだろうし、城壁の横には憲兵隊専用の出入口があるのだろう。

 ライオットはそんなことを考えながら、馬車が城壁の角を曲がっていくのを見送っていた。

 探索スキルでロックオンしておいた観察者の光点もすでに、王都の中に入っていたのでそのまま自動追尾しつつ放置しておくことにする。

 せっかく王都に来たので、調味料や調理道具、野営グッズを買い揃えるために正門から入る人達の列に並ぶことにした。

 勇者の時には王都から出発したし、ストラ王国の王にも謁見した様な気もするのだが、魔王以外に興味のなかったライオットは王都について何も憶えていない。

 そんなことを考えていたらミューオンが、

『そりゃそうだよ、パニエステ王の奴ライオットに向かって従属スキルを発動しやがったからね。完全耐性を備えた勇者ジョブにそんなもん効くかっつうの!』

と、おかんむりで教えてくれた。

『しかもその後、《余の従属スキルをはね除けただと!不遜極まりないヤツじゃ》なんて言ってたから、のんびりしてたら王国との全面衝突になってたかもだよ』

『そりゃ勇者どころじゃないね。魔王以上の害悪認定されちゃうとこだったんだ!』

『ま、奴にはどれだけ勇者ジョブに適合してるかなんてわからないから、そこら辺に転がってるなんちゃって勇者の1人だと勘違いしてたんだろうね』

『ところでさミュー、王都に入っても僕大丈夫かな元勇者とかバレない?』

『勇者ジョブのオーラが失くなればただの人だし、今は愚者ジョブでマイナス補正が掛かっているから気付く奴なんて絶対いないよ』

『じゃあ安心だね』

 

 そんな勇者時代と現状の話をミューオンとしていると、馬車が並んでいる列をお構いなしに追い越す1台の黒い馬車が現れた。

 存在感の違い過ぎる馬車である。

 威風堂々に走る様は、移動手段のための道具という範疇を遥かに超え、芸術作品といっても過言ではないだろう。

 光沢のある黒でコーティングされた頑強そうな車体に紅いラインが1本入っているだけの装飾で、属する貴族の紋章などは入っていない。

 2頭立てになっていて、馬の背には豪奢な鞍が装備されているが誰も乗ってはいない。

 護衛の騎士を伴っていないのは、身分の高い貴族が乗る馬車ではあり得ない話だ。

 しかも御者台に座り、手綱を握っているのは露出度の高いメイド服を纏ったうら若い女性である。

 ライオットが、なかなかインパクトのある貴族もいるもんなんだなと感心していると、しばらくして馬車が並んでいる先の方から門衛らしき男の怒鳴り声が聞こえてきた。

 先ほどの個性的な黒馬車が、現れた時とはうってかわってしょぼくれた様子で戻って来る。

 おいおい…王族関係者並みのオラオラ感で順番ブッ飛ばしておいて、まさかの門前払いかよとライオットは心の中でツッコんでみたが、落胆してる御者台のメイドのお姉さんの姿にお助け愚者の血が騒いでしまった。

 並んでいた列を抜けると、トボトボと走り去ろうとしている馬車の横に立ち話しかける。

「あの…すいません。とても立派な馬車ですね」

 御者台に落ち込んだ様子で座っていたメイドが、突然目を輝かせると、

「わかるか、少年!これは自分の最高傑作ともいえる馬車なのだよ。名付けて重装甲・艶あり黒馬車メタモルフォーゼVer.なのだ」

 自慢気にどや顔を決めて言う。

「へえ~名前長いですね。それにしても魔道具とは思えない完成度ですし、馬のスペックも半端ないですね」

「貴様、この馬車を一瞬で魔道具と見抜くとは何者だ?」

「ライオットといいます。Bランクの冒険者をやってます」

「ライオット氏か…そうか…この馬車と馬の良さがわかる…冒険者か…そうか…同志だな!」

「はい、魔道具は見るのも造るのも大好きです。造ったことはまだないですけど」

「ライオット氏、意見が合いそうだな」

などとライオットとメイドが魔道具談義を交わしていると、馬車の扉がバンっと開いてツインテールを赤いリボンで留めた少女が顔を出した。

「ソニー、今はそれどころではないでしょう。王都に入れなかったじゃない、どうするつもりなの?」

「お嬢さま、すいません。ちょっとした計算違いです」

「は?どこがちょっとした計算違いだったのよ。門衛にけんもほろろに追い返されてたじゃない」

「露出度高めのメイド服は、最強のハズだったのですが…なぜかあの門衛には通じませんでした」

「え?ソニー、それマジで言ってるのかしら」

「マジですけど…何か?」

「身分証明書とか用意してないの?」

「それならここにありますけど…」

「だったらそれ、さっきの門衛に見せろや~」


 ライオットは、2人のやり取りを面白い主従関係だなと思いながら眺めていると、

「ちょっとそこのあなた、先ほどBランクの冒険者と聞こえたのだけど間違いないかしら?」

 馬車から顔を出している少女が聞いてきた。

「はい、間違いありません。ライオットと申します」

「ふん、このポンコツメイドよりマシそうね。ちょっとワタシの護衛として雇われてくれないかしら?」

「ポ…ポンコツ…残念至極」

 メイド服のお姉さんが、ガックシと肩を落としている。

「別に構いませんが、王都にはどのようなご用件で来られたのですか?王宮関係ですと、僕には荷が重いのですが…」

「そんなに大した用件じゃないのよ。おと…音沙汰なしの魔王の討伐結果と魔王国との現況調査よ」

「なるほど、それくらいでしたらお役に立てるかもしれません」

「それじゃあ契約成立ね。報酬はどれくらいが妥当なのかしら?」

「それなんですけど、冒険者ギルドを通してもらってもいいでしょうか?僕としては報酬額よりも依頼実績になる方がありがたいですし、情報集めるならギルドが手っ取り早いですよ」

「そう、それならライオットの望む方向で構わないわ」

「ありがとうございます。ところで、お2人の事はなんとお呼びすればいいでしょうか?」

「ワタシはモイラ…でいいけど、人のいるところではお嬢さまを付けてね。で、こっちのポンコツメイドがソーニエールよ」

「モイラお嬢さまとソーニエール様ですね」

 ここで肩を落としていたソーニエールが頭を上げると、

「ソーニエール様は、ちょっと他人行儀で嫌です。ソニーと愛称で呼んでいいのはお嬢さまだけなのですが、ライオットにも特別にそう呼ぶことを許しましょう」

「僕、特別なんですね。ありがとうございますソニー…さん」

 ソニーさんと呼ばれたソーニエールが、満面の笑みを浮かべている。

 アレ、なんだこれ?ソニーの奴ショタコンだったのかといぶかしむモイラであった。

「それじゃあ、まずは王都に入らなければなりませんね。御者台には僕が座ります。モイラお嬢さまとソニーさんは中へ…身分証明書をお預かりしときますね」

 ライオットは交渉スキルと馬術スキルを発動させると馬車をUターンさせて、今度は馬車の順番待ちの列へと並び直した。

「スゴいなこの馬車、曲がるときに前輪と後輪が逆方向に向いて回転半径を小さく出来るんですね」

 ライオットが呟くと御者台の後ろの小窓が開いて、

「わかるかねライオット氏、低速走行時には逆方向に曲がり、高速走行時には同方向に曲がるのだよ」

「こんなの貴族の馬車にもないですよ。しかも車輪の振動が車体に伝わって来ないですね」

「特別な懸架装置を使用しているからな!懸架装置とはサスペンションの事だぞ。しかも車内のソファーはもちろん、御者台の椅子も長時間座っていてもお尻が痛くならないよう設計してあるのだよ」

と、先程の落ち込みっぷりは何処へやらで、ソーニエールがフンスと自慢気に説明して来る。

「いや~素晴らしい技術力ですね…あ、順番が来たので大人しくしてて下さいね」

 ピシャリとライオットが小窓を閉めると、鼻高々だったソーニエールは鼻を挟まれたらしく車内で悶絶していた。

「辺境の小国から継承権のない姫様の外遊旅行か、護衛の数も1人だけとは冒険者も大変だな」

「そうなんですよ。しかも、護衛と御者も兼務だなんて酷いと思いませんか?」

「同情はするが、追加で雇おうとしても王都に冒険者はほとんどいないぞ」

「え、そうなんですか?」

「王都周辺にはダンジョンもなければ、魔物も滅多に出ないからな。冒険者ギルドの場所もわかりづらいから地図買っとくか?」

「買います、助かりましたありがとうございます」

「いいって事よ、気にすんな」

 門衛は礼儀正しいライオットに気を許したのか、ギルドカードと身分証明書を確認すると、モイラとソーニエールの分の入都税と馬車税そして王都の地図代を受け取ると、門の通過を許可してくれた。

 

 無事に王都に入った馬車の御者台でライオットは、買ったばかりの地図を確認しつつ石畳の街路に沿って馬車を進めて行く。

 門衛の言っていた通り、冒険者ギルドの場所は中心から離れた場所にあってわかりづらかった上に、建物の大きさがオースタンの冒険者ギルドの4分のの1程度しかない。

 王都では、冒険者の需要がほとんどないという話を裏付ける規模の小ささである。

 冒険者ギルドの前に馬車を停めると、ライオットは御者台から降りて声をかけた。

「お嬢さま、冒険者ギルドに到着しました」

「ポンコツと比べてスムーズに事が進んだわね。礼を言うわライオット」

「ありがとうございます」

 モイラの手を取り、馬車から降りるのをサポートする。

 続いて、ソーニエールが馬車から降りて来るのを待ち、王都の冒険者ギルドの扉を開けて2人を招き入れた。

 狭い!の一言で済んでしまうギルド内の印象である。

 受付が1つだけで、依頼を張る掲示板には何もなく、冒険者の姿もまったく見当たらない。

 受付で編み物をしていた恰幅のいいおばちゃんが、扉から入ってきた3人を見て珍しそうに言った。

「おや珍しい、3人もお客さんだよ。何の用だい?と言っても預け金の引き出しくらいしか用事なんてないんだけどね、ガッハッハ」

「どうも、護衛依頼の申請と合わせて受託をお願いします」

「おっと、こりゃ失礼。冒険者ギルドらしい用事じゃないか…嬉しいね。預け金の引き出しばっかりだと、ここは銀行の窓口かよとツッコミたくなるからね」

 豪快なギルドのおばちゃんが、申請書類を準備し始めるのを見つつ、

「本当に王都では、冒険者のニーズがないんですね?」

と、ライオットが尋ねる。

「門衛に聞いたのかい?魔物討伐や王都内の警備は騎士団がいるし、貴族や商会の護衛には専属の者が雇われているから、フリーの冒険者の仕事はないんだよ」

「そうなんですね。護衛の依頼はこちらのお2人からで、受託するのが僕です」

「あいよ、期間はどれくらいだい?」

「日当、白銀貨1枚で10日程です」

「それじゃあ、依頼手数料が1割で白銀貨1枚だね」

 ライオットは白銀貨1枚をおばちゃんに渡しながら、

「ところで、少し前に勇者様が魔王討伐の旅に出たと聞いたんですが、その後どうなったかはご存知ですか?その結果によってはお嬢さまの外遊先を変更しなければならないので…」

と、さりげなく聞いてみた。

「それがさ~…自分勝手な勇者だったらしくて、随行部隊は置き去りにするわ、報告も寄越さずトンズラするわで王宮じゃおかんむりらしいよ」

「そ…それは困った勇者様ですね」

「でしょ~!でも、魔王のオーラが消失したから相討ちじゃないかって噂が出て来てね…痺れを切らした国王が、魔王国侵攻の先遣部隊を城塞都市に送るって話になってるらしいよ」

「それだと、魔王国方面は外した方がいいかも知れませんね。王都の市場も物価は上がってるんですか?」

「あたしらの生活には影響出てないけど、質の高い武器や防具、ポーション類の値段は上がってるらしいね。どうせ買えないから関係ないんだけどねガッハッハ」

「良かった~、この後色々買い物しなければいけないので、物価が上がってたら予算オーバーしちゃうとこでしたよ」

「若いのにさすがはBランク冒険者だね。経済にも気を配るのかい」

「そんな大それた事じゃないですよ。香辛料や野営具を扱ってるお薦めのお店があったら、教えてもらえますか?」

「それなら、ちょっと先にあるジャムチ商店で全部揃うよ。値段も品質も品揃えもお薦めだね」

「それはとても助かります」

「歩いて直ぐだから、表の馬車はそのまま置いといていいよ。どうせ誰も来ないしなガッハッハ」

 豪快に笑いながら、便宜を図ってくれるおばちゃんにお礼がしたくなったライオットは、

「ビッグボアの新鮮な頭と肉があるんですけど、食べます?」

「なんだって、ビッグボアの新鮮な頭だって!」

「ある人から聞きました。いい酒のあてになるんだとか…」

「こいつは御見逸れしちまったよ。いい経験積んでる立派な冒険者じゃないの」

「ありがとうございます。最高の褒め言葉ですね…嬉しいです」

 そう言って、ビッグボアの頭と肉をギルドのおばちゃんに贈呈した。

 豪快なお礼を言われながら、冒険者ギルドを後にした3人はそのまま紹介されたジャムチ商店に向かう。


 広っ!としか形容できないジャムチ商店の印象である。

 こんなに広い売り場面積は見たことがなく、様々な商品が種類別に分かりやすく並べられている。

 ライオットは、1日中いても飽きが来ないのではと思っていた。

 香辛料の種類も豊富で、花や葉、種子や樹皮等を乾燥させたままのものや、砕いたもの、すりつぶして粉末にしたものが瓶に詰められて並んでいる。

 調味料も砂糖、塩はもちろん酢、醤油、味噌などに加えてドレッシング類やたれ、ソース類も取り揃えられていて食の多様性が感じられた。

 但し、保存に関しては注意書きが店の各所に掲示されていて、品質保持が付与されたバッグや箱も一緒に売られている。

 ライオットは、鑑定スキルと料理スキルをフル発動させると片っ端から商品を買い物カゴに入れていく。

 冒険者ギルドにおいて、冷静で交渉上手だったライオットとは別人のようにはしゃぎまくるのを見て、モイラとソーニエールはドン引きしていた。

 野営のためのターフやテント、調理道具一式を買い揃えるとやっと落ち着いたのか、

「買い物って、とっても楽しいんですね」

と、満面の笑みを浮かべる。

 それを見たソーニエールが、ズッキューンと胸を押さえるのをモイラが冷めきったジト目で眺めていた。

 ライオットが会計を済ませていると、

「これは大量のお買い上げ、大変ありがとうございます。誠に失礼ながら、当店で扱っている商品の中には保存に注意をしていただくものが多数ございます。お客様は保存用の入れ物をお持ちではない様なので、お声がけさせて頂きました」

 一般の店員とは、明らかに格の違う男性店員が声を掛けてきた。

「それはお気遣いありがとうございます。さすがは冒険者ギルドご推薦のお店ですね。品揃えも素晴らしかったですが、心配りも行き届いているのですね」

「これは!冒険者の方でしたか…王都ではあまりお見かけしないもので、大変失礼致しました。私はこの商店の店主のジャムチと申します」

「Bランク冒険者のライオットです」

 ライオットはあえて、モイラとソーニエールについては口にしないつもりだ。

「ライオット様ですね。かなりの種類の調味料をお買い上げ頂いたようですが、お店でも開かれるのですか?」

「いいえ、旅で美味しい料理を食べるためです」

「これは驚きました。冒険者の方々は、旅の間は保存食を召し上がると思っておりました」

「それでは旅の楽しみが減ってしまいます」

 そう言うと、ライオットは会計の済んだ商品を片っ端から収納空間へしまい始める。

「収納スキルをお持ちとは…大変失礼致しました」

「いえ、気にしないで下さい。そう言えば冒険者ギルドで聞いたのですが、魔王国討伐の先遣部隊が城塞都市に向けて出発するらしいですね」

 収納の片手間に話を振ってみると、

「そうなんですよ、なんでも先立っての勇者様の傍若無人な振る舞いを憂慮した国王陛下の命で、王国が秘蔵していた5勇者全員を差し向けるらしいですよ」

 冒険者ギルドからの紹介というのも手伝ってか、口が固いはずの商人が王国の軍事動向をスラスラと教えてくれる。

「5勇者?勇者様って5人もいるんですか」

「そうらしいんですよ。赤の勇者、青の勇者、緑の勇者、黄の勇者、白の勇者と呼ばれているそうです」

「それはまた、強力なスキルをお持ちの勇者様方のようですね」

「まあ私達にとっては、魔王国から攻めて来た事もないのになぜわざわざ戦を仕掛けるのか、理解出来ないところなんですけどね」

「魔王国に対して、あまり嫌悪されてないようですね」

「私達商人は利を優先しますので、売られもしないケンカを買いに行く意味が見出だせないのですよ」

「なるほど、そういう見方もあるのですね」

「はは、1商人の戯れ事でございます。お連れの方々がいらっしゃるのに長々とお引き留めしてしまい、申し訳ありません」

「いえ、とても参考になりました。是非また寄らせて頂きます」

「ありがとうございます。またのご来店をお待ちしております」

 いい買い物と予想外の情報を仕入れられた事に喜びつつ、ライオット達はジャムチ商店を後にした。

 中心部の市場へと馬車で移動すると、新鮮な野菜や肉などの食材を買い漁りながら、屋台の店主達にもさりげなく話題を降ってみる。

 だが、冒険者ギルドのおばちゃんやジャムチ商店で聞いた話を裏付ける程度のもので、真新しい情報は得られなかった。







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