第8話・無愛想な隊員ベニート
ディノに押し切られ、同じ班所属のベニートが渋々僕に剣の扱いかたを教えることになった。
「腹の傷は?」
「もう痛くはないです」
「そうか」
まず素振りをするようにと指示され、木剣の柄を両手で握って振りかぶる。慣れない重さにグラつく僕の肩を、ベニートに軽く叩かれた。地味に痛い。
「重心がブレてる。しばらく寝てる間にずいぶんと筋肉が落ちたようだな」
そうは言うけれど、元の僕の体だったら木剣を振り回すことすら出来ない。療養後にも関わらず普通に木剣を持ち上げられているのだから、基本的に身体能力は高いと思う。まあ、普段のゼノンを見慣れている同僚からすれば歯痒い状態かもしれないが。
「ちょっと、あんまり無理させないでよ!」
そばで見ていたディノがベニートに詰め寄る。
「文句があるならオマエが指導しろ」
「ゼノンの戦いかたはベニートに似てるんだから、ベニートが教えたほうが早く復帰できるでしょ」
戦いかたに違いがあるのか。そういえば、ディノは細剣を使うと言っていた。幅広の剣と違って斬るより突くほうが向いている武器だ。違って当たり前か。
「だが、今のコイツはまだ体力が回復していない。まず軽い武器で慣らすべきだ」
「そうかなあ」
「オマエが適任だ。ディノ」
「う、うんっ」
それらしいことを言ってはいるが、要はずっと相手をするつもりはなかったのだろう。ベニートはさっさと宿舎に入っていった。最初から全部無視していれば済むのに一旦手を貸すことでディノを言いくるめている。無愛想で態度も悪いけど、一周回って親切なのではないか。僕にも以前こんな友人がいたな、と懐かしく思う。
そして、言いくるめられたことに全く気付いていないディノは上機嫌で軽めの木剣を僕に手渡してきた。
「じゃあ始めよっか!」
「お願いします」
結局、僕の指導役はディノに逆戻りした。
剣の持ちかたから構えまで基本を全部教えてもらい、なんとか形だけはそれらしくなった。ただ、これまでのゼノンと同じようにはいかない。
「ベニートって素直じゃないよね」
並んで素振りをしながら、ディノが笑った。
「実はね、ゼノンが意識を取り戻すまでは毎日医務室に様子を見に来てたんだよ。安心したのか、目覚めてからは来なくなったけど」
ということは、さっき僕に斬りかかってきたのは僕の回復具合を確認するためだったのか。
「ベニートはゼノンが心配なんだよ」
本当にそうだろうか。僕がどれくらい動けるのか見に来たことは確かだが、心配だけではなく別の理由があるように感じた。だって、彼の目はずっと僕を睨みつけていたから。
「僕、失望されたんでしょうか」
弱音をこぼすと、ディノはすぐさま「そんなことないよ!」と否定した。素振りをやめ、僕の肩を掴んで正面から真っ直ぐ見つめてくる。
「ベニートはゼノンを認めていた。君たちはボクより付き合いが長いし、任務でも肩を並べて活躍していたよ」
熱く語るディノに、僕は目を丸くした。
「たぶん、いつもの君と違うから、どう話せばいいか分からなくて戸惑っているだけだと思う」
そうだ。僕はゼノンじゃない。記憶を失っただけならともかく、別人である『
「でもね」
うつむく僕に、ディノは照れ臭そうに笑いかけた。
「今のゼノンは話しやすいし、素直に頼ってくれるから、ボクはすっごく嬉しいんだよ!」
「……ありがとう、ディノさん」
ディノの優しいフォローがありがたい。
申し訳なさと焦燥感を誤魔化すように、僕は素振りを再開した。とりあえず、この
「あれ? そういえば」
ジョルジュ班は夜間の巡回任務に備え、昼間は体を休める時間のはずだ。ディノは毎日当たり前のように僕に付き合ってくれているけど、任務に支障は出ないんだろうか。
「ディノさん、寝なくていいんですか」
「大丈夫。しばらく任務はないからね」
「休みだったんですか」
てっきり僕が寝ている間に任務に出掛けていると思っていたが、どうやら違ったらしい。
「ゼノンが怪我をして動けないから、ジョルジュ班は休暇を貰ってるんだよ。今は王都から来た人たちが任務を代わってくれているんだ」
「知りませんでした。僕のせいでご迷惑を」
一班四名しかいないのだ。一人欠ければ任務が遂行できなくなってしまうのだろう。
「こういう時でもなければ、まとまった休みなんてないからね。ボクたちは全然構わないよ」
ディノはそう言うけど、僕はまた申し訳なさを感じて肩を落とした。剣も扱えないし馬にも乗れない僕は何の役に立たないどころか足を引っ張ってばかりだ。
「代わりに任務に就いてくれている人たちにもお礼を言わなきゃいけませんよね」
「お礼なら隊長が伝えてるよ。向こうも仕事なんだから気にしなくていいんじゃない?」
そうだ、僕はまだ隊長に一度も会っていない。
「ディノさん。隊長って今はどこに?」
「さあ。王都とか第二分隊の宿舎とかに出向いててしばらく留守にしてるけど、そのうち帰ってくるんじゃないかな」
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