第14話・魔素溜まりの正体

 魔素溜まそだまりを炎で浄化している最中、夜の森を引き裂くように獣の咆哮が響き渡った。狼の遠吠えとは明らかに違う。ジョルジュとディノが僕とサイオスを守るように前後に立ち、べニートは声がした方向を睨みつけている。


「べニート」

「おう」


 ジョルジュの言葉に小さく頷き、べニートが腰の剣を抜いた。幅広の大剣の柄を両手でしっかり握って構える。


 茂みを掻き分ける音が次第に近付いてきた。ディノの肩越しに森の奥へと目をこらすが、暗くてよく見えない。だが、確かに大きな生き物が真っ直ぐこちらに向かって来ている。


「下がってろ」


 べニートが地面を蹴って跳躍したのと同時に茂みの向こうから赤黒い獣が飛び出してきた。揺らめく炎に照らされた姿は猪に似ていたが、やけに大きい上にツノまで生えている。こちらの世界の生き物はみなこんな大きさなのかと思ったが、サイオスやディノが驚きの声を上げているから違うみたいだ。


 跳躍したべニートは、ちょうど真下に来た獣目掛けて思い切り大剣を振り下ろした。剣は脳天に直撃し、猪が地面に崩れ落ちる。そのまま倒れた獣の背に降りたべニートが何度か剣を突き刺し、容赦なくトドメを刺す。しばらくもがき苦しんだ後、獣は口から泡をふいて事切れた。


「すごい」


 思わず感嘆の声を漏らすと、べニートはフンと鼻を鳴らした。剣身に付着した獣の血を布で拭って鞘へと収め、ジロリと僕を睨む。


「オマエにも出来ることだ。ゼノン」

「そ、れは……」


 ディノの話によれば、ベニートとゼノンは付き合いが長いという。剣も抜かず、ただ守られているだけの今の僕ゼノンが許せないのかもしれない。


「やめなよ、べニート。ゼノンはまだ本調子じゃないんだから仕方ないでしょ」


 ディノのフォローが胸に刺さる。もし怪我をしていなかったとしても、もし体調が万全だったとしても、中身が僕のままでは戦えない。期待に応えることは出来ないのだ。


「魔獣を炎で浄化する。出来るか、サイオス」

「うん」


 ジョルジュはサイオスに指示を出した。外套から腕の長さほどの杖を取り出し、サイオスが倒れた獣……魔獣に先端を向ける。すると、火種もないのに魔獣の体が突然燃え始めた。辺り一面を煌々と照らすほど巨大な炎が上がる。


 これが魔術か、初めて見た。炭の火種からおこした炎とは異なる青白い炎が火花を散らしながら燃え上がる。


「サイオス、少し火を弱くしてくれ」

「それは出来ない」

「なんだと?」


 どうやらサイオスは着火は得意だが、調整や加減は苦手らしい。予想より炎の勢いが大きくなり、僕たちは慌てて魔獣の周辺に生えている草を刈って延焼を防いだ。唯一役に立ったのが草刈り。情けないが、何もしないよりはマシだと自分に言い聞かせた。


 魔術で生み出された青い炎は魔獣の巨体を骨も残さず燃やし尽くした。魔素溜まりの炎も浄化が終わった途端に消え、辺りが一気に暗くなる。


「あの、魔素溜まりってなんですか」


 周辺に他の魔獣や魔素溜まりがないか見回りしつつ尋ねると、ジョルジュが教えてくれた。


「魔素が噴き出す場所をそう呼ぶ。魔素を取り込んだ生き物のほとんどがこの猪のように凶暴化するんだ」


 べニートが倒した猪は体毛や瞳の色が赤黒く変化していた。他にも普通の獣と魔獣の違いはある。ツノの有無だ。


「魔素で凶暴化した魔獣は危険な存在だ。見つけ次第すみやかに排除せねばならない」


 普段のジョルジュは取っ付きにくいが任務に関する話ならば惜しみなく説明してくれる。ちなみに、魔素溜まりだけでなく魔獣の死骸も燃やさないと意味がないらしい。ガロ班の火種が途中で尽きた理由がよく分かった。


「魔素溜まりはどういう場所に発生するんですか」

「ロトム王国との国境近辺だ」


 国境って範囲広くないか、と考えているのが顔に出ていたのだろう。ジョルジュは横目で僕をチラリと見て肩をすくめた。こんなことも忘れてしまったのかと思われているようだ。


「死者の念が集まると悪いものに変質してしまう。それが魔素溜まりの正体だ。この辺りは十年前の戦争時にロトム王国と派手にやりあった地域だから特に発生しやすい」


 当時かなりの犠牲者が出たのだろう。両国の軍人だけでなく、国境近辺に住む民間人にも。


 十年経っても新たな魔素溜まりが発生し、魔獣を生み出している。毎日巡回して対処しなければならないほどに。戦争の爪痕はまだこの地に深く刻み付けられたまま全く癒えていないのだ。


 僕は初めて国境警備隊の任務の重要性を理解した。



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