第15話・意味深な言葉

 結局その夜は他に魔素溜まりは見つからず、付近にいた魔獣を二体ほど退治して任務を終えた。夜明け前、徐々に白む空を見ながら宿舎へと戻る。ジョルジュとべニートは先に浴室で汗を流し、僕とディノとサイオスは食堂で朝食をとった。


 今朝のメニューは丸パンとオムレツ、根菜とベーコンのスープ。任務後の疲れた体に温かい食べ物がしみる。いや、僕は草刈りしかしてないけど。


「ホントたくさん食べるね、サイオス」

「魔術つかうとおなかがすく」


 サイオスは大きなパンに様々な具材を挟んだものを大口開けて食べている。アロン特製、サイオス専用メニューのバゲットサンドだ。ディノの問いに答えながら、サイオスの目はテーブルに置かれたハムの塊を狙っている。


「ねえ、サイオス聞いてもいい?」

「ん」


 ディノが話しかけると、サイオスはもぐもぐしながら頷いた。今の彼は両面をこんがり焼いた厚切りハムを食べている。


「魔術師って何が出来るの?」

「ひょっとまっへ(ちょっと待って)」


 片手を挙げて待ての意を示すサイオス。口いっぱいに食べ物が詰まっており、話せる状態ではないらしい。一度に詰め込み過ぎである。以前癒やし系動画で観た頬袋ぱんぱんのハムスターを思い出す。お茶を飲んでひと息ついてから、サイオスは口を開いた。


「火や水を出したり、風を起こしたりとか」

「火種無しで火をつけてたもんね。手ぶらで色々出来るの便利でいいな。あ、杖を使ってたから手ぶらってワケでもないか」

「体内の魔素を起点に事象を起こしてるんだ。対象を指定するために使ってるだけで、杖自体に特別な効果はない」


 答えてから、サイオスはアロンが運んできたおかわりの巨大バゲットサンドを頬張った。


 隣で聞きながら、魔素って取り込んだら魔獣化する危険な物質じゃなかったかと気付く。あまりにも平然と話すものだから、あやうく聞き流すところだった。


「魔素が体内にあるんですか」


 思わず問うと、サイオスは再びハムの塊にかじりつきながら頷いた。咀嚼し、飲み込んでから更に詳しく説明してくれる。


「私の体は魔素に適合している。王都の魔術院にはそうした魔素適合者が国中から集められて教育を受けさせられている」


 魔術師には適した体質が必要なのか。ちょっと魔術に興味があったけど、この体ゼノンが魔素適合者だったらとっくに魔術院に送られているはずだ。


「ありがとうサイオスさん。食事中にごめん」

「構わない」


 何度も食事の邪魔をしたことを詫びれば、サイオスはスープの器を両手で持ち上げ、小さく首を横に振った。そのままグイッと酒杯をあおるように飲み干していく。


 喜怒哀楽の表情が薄いから何を考えているか分からないけど、話し掛ければ律儀に答えてくれる。サイオスは良い人に違いない。


 スープを飲み干したサイオスが、今度はカゴに積まれた丸パンを次々に口に放り込んでいる。何故かこちらを凝視しながら。


 思えば、初対面の時も任務中も彼から視線を感じていた。空腹時は料理に釘付けになっているが、それ以外……今のようにある程度満たされた状態の時は何故か僕を見ている。理由が分からないので気付かぬ振りをしてやり過ごしている状態だ。


「食べ終わったし、僕お風呂に入ってくる」

「あ、ボクも行く」


 まだまだ食べる気満々のサイオスを食堂に残し、ディノと共に浴室へ移動すると、ジョルジュとべニートが脱衣所で体を拭いているところだった。二人とも細身ながらもしっかり筋肉がついている。


「早く行かないと朝ごはん無くなるよ」

「それは困る」


 ディノの忠告に、ジョルジュとべニートが慌てて服を着始める。アロンが多めに用意してくれているとは思うけど、サイオスの食欲は底が知れない。昨晩の食事風景を思えば危機感を覚えて当然だ。二人は髪から滴をこぼしつつ食堂へと駆けていった。


「初めての巡回任務はどうだった?」


 体を洗ってから木桶製の湯船に並んで浸かっていると、隣のディノが僕の顔を覗き込んできた。狭いから肩同士が当たっている。


「みんなについていくだけで精一杯でした」


 思ったままを答えると、ディノは「そんなことない」と否定した。


「まだ遠駆けの練習してなかったのに遅れなかったし、剣の重さにも慣れたみたいだし、ゼノンは頑張ってるよ」


 馬に乗ったばかりの時は緊張したけれど、いつの間にか体がベストな体勢を取っていた。腰にさげた大剣も、自然と重みを感じなくなっていた。僕の努力というより、この体ゼノンに染み付いた習慣が表に出ただけ。


「僕、ここにいてもいいんでしょうか」


 ぽつりと呟くと、ディノが一瞬言葉を詰まらせた。驚きの表情が次第に歪み、悲しげに眉を寄せている。


「なんでそんなこと言うの。記憶が戻らないから不安なの? ゼノンは第一分隊ここが嫌になっちゃった? まさか、誰かに何か言われたの?」


 狭い湯船の中で矢継ぎ早に詰め寄られた。弱音をこぼしたのは僕なのに、何故ディノが泣きそうな顔をしているんだろう。「みんな親切にしてくれてますよ」と答えると、明らかにホッとして胸を撫で下ろした。


「ゆっくりでいいよ。記憶が戻らないからって焦らなくていい。ゼノンが元気に動けるようになっただけで嬉しいんだからさ」

「ありがとう、ディノさん」


 優しい言葉に涙腺がゆるむ。もし元のゼノンに戻れなくても受け入れてくれる人がいるなら頑張れる気がした。


 僕たちが上がる頃、ようやくサイオスが浴室にやってきた。今までずっと食べていたのか。濡れた体を拭きながら、チラリとサイオスを見る。たくさん食べたにも関わらず、彼のお腹はぺたんこだった。アロンの料理はどこに消えたんだろう。


 すると、視線に気付いたのか、サイオスが振り向いて僕を見た。淡い金の瞳に真っ直ぐ見据えられ、思わず一歩退がる。


「……やっぱり、キミは普通の人とは違う」

「えっ」


 意味深な言葉を残し、サイオスは浴室へと行ってしまった。脱衣所に取り残された僕は、ディノから声を掛けられるまで呆然とその場に立ち尽くしていた。


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