第40話・運命を曲げた想い【完結】
一ヶ月半にも及ぶ入院生活を終えて自宅に戻った途端、厳しい現実が突きつけられた。
「た、
小学生の頃に母さんと引っ越してきて以来ずっと住んでいるアパートは築年数が古い代わりに家賃が安い。母さんが亡くなってからは一人暮らしになってしまったけれど、思い出がたくさんある大事な場所だ。しかし、老朽化を理由に建物自体を取り壊すとなれば住み続けられない。引っ越し費用は出してもらえるが、正直気乗りはしなかった。しかし。
「親父は傷害罪でムショ暮らしだけど何年かしたら出所しちまう。今住んでるとこから離れておいたほうが正哉の安全のためにも良いと思う」
慎之介の父親は僕に暴力を振るったせいで逮捕されている。被害者を逆恨みして出所後に仕返しに来る事例もあると聞き、僕はようやく引っ越しに対して前向きに検討し始めた。
「会社に通える範囲で手頃な物件かあ〜」
近隣の賃貸物件情報をスマホで検索しながら溜め息をもらす。自分で部屋探しをした経験がないため、なにをどう見ればいいのかがわからない。
ちなみに、長期入院していたにも関わらず会社は僕を解雇していなかった。見舞いに来た上司に慎之介が事情を話し、休職扱いにするよう頼んでくれていたのだ。異世界から戻ったら無職だったなんて笑い話にもならない。退院後に会社に顔を出し、復帰の時期を相談してある。
うんうん唸りながら物件を探す僕に、わざとらしい咳払いを何度かしてから慎之介は口を開いた。
「あのさ、オレとルームシェアする気ない?」
「えっ」
驚いてスマホから顔を上げると、慎之介は真面目な顔でこちらを見つめていた。僕が座る椅子の前の床にキチンと正座し、膝に拳を置いている。
「母さんは今の勤め先の系列会社に転職して県外に移る予定なんだ。オレの新しい職場は隣の市だし、正哉の会社からもそんなに遠くない。中間くらいの場所にすれば問題ないと思う」
現在、慎之介は実家を出て母親と隣の市にあるマンスリーマンションで暮らしている。父親が出所した後のことを見据え、母子ともども簡単に見つからないよう更に転居するつもりらしい。
「僕に気を使わなくてもいいんだよ? せっかくお父さんから解放されたんだし、自由気ままに暮らしても……」
「オレは自分の意志でオマエと暮らしたいって言ってんだけど」
父親が僕に怪我をさせたことを負い目に感じているのなら否定しておかなくては、という気持ちで放った僕の言葉はアッサリと拒否された。
「だいたい、怪我する前から不眠症気味でロクに飯も食ってなかったらしいじゃねえか。看護師さんから聞いて驚いたんだぞ。そんな奴を放ったらかしになんか出来るかよ」
「そ、それは、その」
慎之介の指摘通り、僕はあの事件が起きる前から慢性的な睡眠不足だった。一人分の食事を用意するのも面倒で、シリアルや菓子パンなどで済ませる日もあった。判断力の低下や怪我の治りが遅い理由は基礎体力の無さのせいかもしれない。
「二人で住めば家賃は折半だ」
「うっ」
「飯は朝晩オレが作る。弁当も」
「うう……」
「一緒に宅飲み出来るぞ」
「クッ……!」
次から次へと魅力的な条件を提示され、僕はルームシェアに同意した。どちらにせよ、慎之介さえ良いのなら断る理由なんかない。むしろ嬉しい。
「慎之介、料理出来るんだ」
「オレ食うのも作るのも好きなんだよ。元は賄い目当てで飲食店で働き始めたけど、意外と向いてたっぽい」
「僕たち十年以上の付き合いだけど、まだ知らないことあったんだね」
「これから知っていけばいいよ。ずっと一緒にいるんだからさ」
「そっか。そうだね」
屈託なく笑う慎之介につられて僕も笑う。
あちら側の彼も食いしん坊だったな、と思い出す。サイオスは『僕を亡くした世界線の慎之介』の生まれ変わり。僕が生きている今、あの世界とこの世界は完全に繋がりを失ったのだ。
「なあ、正哉。この辺とかどう?」
慎之介から話し掛けられ、ハッと顔を上げる。彼が持つスマホの画面には物件情報が表示されていた。慌てて内容を確認する。二人で住むのにちょうど良さそうな間取り。やや広めなキッチンは慎之介の好みだろうか。
「いいんじゃないかな」
「んじゃ、明日にでも不動産屋行こうぜ」
「うん」
異世界に意識だけ飛ばされて他人の体に入り込み、知らない人たちに囲まれて、最初はなんでこんな目に遭わなきゃいけないんだって思ってた。でも、必要なことだったのだと今ならわかる。共に戦ってくれた仲間たちに恥じぬ生きかたをしよう、と心に深く刻み込む。
僕を救うために必死に足掻き、時空と次元を超えて運命を捻じ曲げてくれた親友に
『目覚めたら異世界で国境警備隊の隊員になっていた件。』完
目覚めたら異世界で国境警備隊の隊員になっていた件。 みやこのじょう @miyakonojyo
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