第39話・赤髪の青年と永遠の別れ

 辺り一面がきらきらと光っている。すっかり闇が消えた明るい空間の中心で、彼がいつものように待っていた。すぐに駆け寄り、頭ひとつぶん背の高い彼を見上げる。


「ゼノン!」


──サイチ


 ゼノンはいつになく朗らかな笑みを口元に浮かべている。葛藤を乗り越えた今、彼の心は心地良い風が吹く清々しい場所へと変化していた。


──オマエには世話になった。礼を言う


「感謝するのは僕のほうだよ。君がいなければ、たぶん僕の体はたなかったもの」


 僕が生きているのはゼノンの意識が入り込んでくれたから。そうでなければ、魂の抜けた体はきっと生命活動を止めていただろう。


──サイチがいなかったら俺はヴァーロと戦う場にすら立てなかった。誰にも真実を明かせず、なにも出来ないまま終わっていた。だから、ありがとう


 精神世界で初めて会った時、ゼノンは絶望に打ちひしがれて闇の底に沈んでしまいそうだった。でも、今は違う。光があふれる中、彼の燃えるような赤い髪が一際鮮やかに輝いていた。


「大変だろうけど頑張って。気を付けてね」


 これから仲間たちと共にロトム王国に乗り込むのだ。奇襲する側とはいえ危険がないわけではない。月並みな激励しか言えない僕の肩を、ゼノンの大きな手のひらが包み込む。


──ああ、全部取り戻してくる


「君なら、君たちなら、きっとうまくいくよ」


 言いながら、ゼノンを抱き締めた。がっしりとした体躯は僕が飛びついたくらいではびくともしない。逆の立ち位置だったら、僕は後ろにひっくり返っていたはずだ。退院したら少しは鍛えないと、と改めて決意する。


「さよなら、ゼノン」


──さよなら、サイチ


 体を離し、もう二度と見ることのない彼の顔を目に焼き付ける。笑えるくらいに今の僕とは正反対の外見だけど中身はほとんど変わらない。幾ら生まれる世界や育った環境が違っても魂の持つ性質が大きく変わることなどないのだと思い知った。


 異なる世界を繋ぐ精神世界に音もなく亀裂が走る。僕とゼノンの間を次元の壁が隔ててゆく。もう互いの声は届かない。姿が完全に見えなくなるまで、僕は手を振り続けた。


 さようなら、僕の半身。

 さようなら、もうひとりの僕。





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