第30話・信頼

「内通者は、ドレイクという人です」


 またしても全員から驚きの声が上がった。ドレイクはベテランの隊員であり、長年国境警備隊に所属している。ガロ班のフランとデニルは警備隊に配属されたばかりの頃に彼から剣を習ったことがあるらしく、見るからに動揺していた。


 ざわつく部下たちを見回し、隊長が眉間にしわを寄せた。深い溜め息を吐き出してから口を開く。


「非常に受け入れ難い話だが、サイチとディノが見たというゼノンの記憶を信じよう」

「では、ドレイクさんを捕まえますか」

「現時点では不可能だ。証拠がないのだからな」


 ジョルジュの問いに、隊長は難しい顔で首を横に振った。物的証拠は何もない。ゼノンの記憶だけを根拠に疑っては第二分隊からの理解が得られず反発されてしまう。決定的な証拠を突きつけない限りドレイク本人も認めないだろう。


「ドレイクには第二分隊の班をひとつ任せている。待遇も王国軍の本隊並みにしたつもりだが満足してはいなかったのだな。だから内通者などに……」


 部下の不満に気付かなかったばかりに道を誤らせてしまったのではないかと、隊長は自分を責めている。


「自分より若い人が上に立ったことが気に食わなかっただけみたいですよ」

「ああ、言ってたよねそんなこと」


 僕とディノが見たゼノンの記憶では、ドレイクはウィリアム隊長が赴任してきたこと自体に不満を抱いていた。隊長は三十前半、ドレイクは四十過ぎの年齢だ。いきなりやってきた年下の男が上司になったことが気に食わなかったのだ。それを聞いたジョルジュが怒りを露わにしてテーブルを叩く。


「なんと愚かな! そもそも現在の国境警備隊はバスカルク家からの出資で成り立っているというのに!」

「落ち着きなさいジョルジュ。私の人望がなかっただけの話だよ」

「いいえ、黙ってなどいられません! 隊長がどれだけ尽力なさっているか知らないからそんな馬鹿な考えを抱く輩が現れるんです!」


 戦争が終わった後、国境警備隊は撤収して王都の王国軍本隊に吸収または解散となるはずだった。しかし、魔素溜まりの発生増加により人々の暮らしがおびやかされたため、隊長の実家であるバスカルク家が私財を投じて維持している。つまり、宿舎の運営費や食費、僕たちの給料も国ではなくバスカルク家から出ているのだ。


「問題は、今後どうするかだろうが」


 熱くなるジョルジュの頭を軽く叩き、ベニートが一同を見回した。フランとデニルは明らかに沈んでいるが、それ以外のメンツはドレイクを捕まえることに前向きだ。ただ、さっき隊長が言った通り証拠がない。現代日本なら盗聴器や監視カメラを仕掛けるところだが、異世界にそんな便利な道具はない。ドレイクの班の隊員に聞き込み出来れば手っ取り早いが、下手をすれば本人に気付かれてしまう。


「私は王国軍の本隊にロトム王国側に不穏な動きがあると報告しておくよ。いざという時に動けるようにしておかなくてはね」


 王国軍とのやり取りは隊長しか出来ない。続けて、ジョルジュが口を開く。


「そのヴァーロとかいう男さえ身柄を押さえてしまえば魔素溜まりの発生率が下がるんじゃないか?」

「自然発生するものはともかく、意図的に作られた魔素溜まりは無くなるはずです」

「ならば、まずヴァーロを探して捕まえるべきだ」


 ジョルジュの意見に全員が頷く。次に挙手したのはフランだ。


「オレとデニルは一時期第二分隊に所属していて、その時ドレイクさんに世話になりました。俺たちなら警戒されずに近付けるはずです。ドレイク班やソシオ班の隊員から話が聞き出せるかも」


 フランの提案に、デニルも同意する。


「出来るのか?」

「オレたちは国境警備の仕事に誇りを持ってます。いくらドレイクさんでも平和を壊そうとする輩は許せません」


 ガロから確認され、二人は力強く頷いた。恩があるからこそ許せないこともあるのだろう。第二分隊から情報を集める役目は彼らに任された。


「そういえば、ゼノンを始末し損ねたことをドレイクは知ってんのか」

「いや、知らないはずだ。私が前回第二分隊に行った時はゼノンが重傷を負って保護された直後。まだゼノンの意識が戻っていない頃だからね」

「だが、死んだと発表されたワケじゃねえ。アッチもヤキモキしてるんじゃねえか?」


 ベニートの指摘はもっともだ。ゼノンはドレイクが内通者であると知ったからこそ殺されかけた。もし無事だと分かれば気が気ではないはずだ。


「あの」


 僕は小さく手を上げ、発言を願った。第一分隊のみんなの視線が集まり、息を飲む。彼らは国境の安全を守るために日夜危険と隣り合わせの任務に就いている。大事な友人ヴァーロと天秤にかけても、ゼノンが裏切れなかった人たちだ。ゼノンを彼らのもとに帰してあげたい、と改めて思う。


「僕がドレイクさんに会いに行くのはどうでしょう」

「はあ???」


 僕の提案を聞いた全員から驚きと呆れが混ざった声が上がった。


「テメエは今の話を聞いてなかったのか!」

「そうだよ、サイチに危ないことさせられないよ」


 ベニートとディノから抗議されるが、僕は引き下がらない。


「僕は『怪我の後遺症で記憶を失ったゼノン』としてドレイクさんに会おうと考えています。記憶がないと知ればドレイクさんは安心するでしょうし、満足に戦えないと分かれば油断もするでしょう。そして、いつ記憶が戻り、自分を糾弾するか分からない僕を放ってはおかないはずです」


 真正面から疑惑をぶつけても知らぬ存ぜぬを突き通されたら話にならない。ならば、相手を油断させて行動を起こさせるほうが確実だ。


「君は自ら危険な役を引き受けるつもりなのか」

「それくらいしか僕には出来ませんから」


 全員の顔を端から見渡し、「それと」と付け加える。


「みんなが付いてるから怖くないです」



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