第29話・第一分隊会議

 意識が覚醒してすぐ上半身を起こした。慌てて腹を押さえる。先ほどまでゼノンの視点で見ていた記憶は彼が怪我をして気を失うまでのものだったから、痛みや衝撃の感覚がまだ生々しく残っている気がした。


 少し遅れて、隣のベッドで寝ていたディノも目を覚ました。何故か困惑の表情を僕に向けている。


「ああ、良かった。もう治ってるんだった!」


 しばらくして、胸を撫で下ろすディノ。あれ、と思っていると、僕たちのベッドの間に置かれた椅子に座っていたサイオスも閉じていた目を開けた。


「ねえ、サイオス。もしかして」

「私たちだけではなく、ディノにもゼノンの記憶が見えていたようだ」

「やっぱり!」


 同時に深い眠りについたことと、精神魔術の効果範囲内にいたことで、ディノも僕と同じようにゼノンの記憶が見えたらしい。心の中でゼノンに呼び掛けていたから繋がりやすくなっていたのかもしれない。


「おや、三人とも目が覚めたのかい」


 僕たちの話し声に気付いたマルセル先生が衝立の向こうから顔を出した。


「その様子だと、うまくいったみたいだね。なかなか起きないからどうしようかと考えていたところだよ」

「えっ。そんなに?」


 窓を見れば、外はもう明るくなっていた。それどころか、日が傾いて西の空が赤く染まっている。まさか、ほぼ一日眠っていたのか。


「マルセル先生、隊長は帰ってますか」

「ああ、夜明け前には帰ってきたよ。そろそろ起きてくる頃じゃないかな」


 そうこう言っているうちに、サイオスの手から杖がカランと音を立てて落ちた。丸一日精神魔術を使い続けて疲れ果てたようだ。顔色は青く、唇からも血の気が失せている。


「サイオス、しっかり!」


 慌ててベッドから降りて側に寄ると、猛獣の唸り声のような凄まじい音が医務室内に響いた。僕とディノ、マルセル先生が体を強張らせ、互いの顔を見合わせる。しかし。


「おなかすいた……」


 どうやらサイオスは魔術の使い過ぎで極限状態に陥っていたらしい。さっきの音は腹の虫か。魔獣が襲ってきたかと思って焦ったじゃないか。


 僕たちはサイオスに肩を貸し、食堂へと移動した。ちょうど良い時間らしく、アロンが夕食の支度を終えたばかりだった。


「言ってくれればジブンが食事を食べさせに行ったのにぃ。サイオスさんたら頑張り過ぎですよぉ」


 ゲッソリやつれたサイオスの前に料理が乗った大皿を幾つも並べながらアロンが笑う。確かに、サイオスなら眠っていても食べ物を差し出せば食べそうではある。言われた本人は片っ端から料理を食べつつ「これ美味しい」「おかわり欲しい」などとアロンに甘え倒していた。


 僕とディノも同じテーブルについて食事を取っていると、ガロ班が昼間の巡回任務を終えて帰ってきた。続けて、隊長やジョルジュ、ベニートが起きてくる。隊長はまだ疲れが抜けていないようだったが、ジョルジュは満足そうだ。大好きな隊長と一緒に巡回出来て嬉しかったらしい。


「サイチ。ゼノンの記憶は確認できたかい」


 隊長は真っ先に僕に声を掛けた。よほど気に掛けてくれていたのだろう。大きく頷いてみせると、隊長は安堵の表情を浮かべた。


「ちょうど第一分隊の全員が集まっている。ゼノンが何故怪我を負ったのか、その経緯を教えてくれ」


 サイオスが初めて宿舎にやってきた日のようにテーブルの位置を変えた。上座にウィリアム隊長。右側にジョルジュ班のジョルジュ、ベニート、ディノ。左側にガロ班のガロ、フラン、ボルツ、デニル。下座に僕とサイオスが座った。アロンとマルセル先生はウィリアム隊長のそばに椅子を置いて腰掛けている。


 何も知らないガロ班には隊長が経緯を説明した。怪我で昏睡後に意識を取り戻してからゼノンの様子がおかしいことには気付いていたようで、彼らも納得してくれた。


 どこから語るべきか迷ったが、全てを話せば長くなる。まずは結論から伝えることにした。


「第二分隊の中にロトム王国側の内通者がいます。ゼノンに危害を加えた相手はその内通者です」


 僕の言葉に第一分隊の全員が驚きの声を上げた。


「ゼノンの昔の友人が人為的に魔素溜まりを発生させ、ロトム王国側に戦力として魔素適合者の身柄を売っていたようです。ゼノンは彼を止めようとして失敗しました」

「ボクもサイオスの魔術を介してゼノンの記憶を見たよ。サイチの言う通り、ゼノンは悪いことなんかしてなかった。むしろ悪い奴を倒そうと頑張っていたよ」


 僕の話だけでは信憑性が低いが、ディノが補足してくれたおかげで、みんなは戸惑いながらも信じてくれた。


「アイツはどうして一人で行動したんだ。ジョルジュ班、いや、オレだけでも連れていけば良かったのに」


 不機嫌な態度を隠しもせず、ベニートがボヤく。ゼノンから頼られなかったことに不満を抱いているらしい。それは他の隊員も同じだ。


「ゼノンは事を大きくしたくなかったんじゃないかな。みんなを頼りにしていないんじゃなくて、巻き込みたくなかったのかも」


 協力を仰げば大ごとになってしまう。特に、内通者の存在が分かれば隊長も黙ってはいられない。ヴァーロを改心させてから、ひっそり逃がすつもりだったのかもしれない。


「その内通者とは一体誰だ」


 ウィリアム隊長は国境警備隊の最高責任者だ。この第一分隊だけでなく、第二、第三分隊の隊員も彼の直属の部下となる。当然、全員の顔と名前も把握している。僕とディノは顔を見合わせ、小さく頷いてから口を開いた。




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