第23話・スタートライン

 これ以上隠すべきではない。僕は改めて自分の正体をみんなに明かすと決めた。僕一人では説得力がなかったけれど、今はサイオスがいる。


 任務で留守にしているガロ班以外の人を食堂に集め、事の経緯を一から説明した。全員信じられないといった様子で聞いていたが、サイオスの証言もあり、最後には理解してくれた。


「君はゼノンではない、と?」

「はい。ゼノンの体を借りた別人です。本当の名前は才智さいち 正哉まさちかと申します」


 隊長の問いに答えながら、ジョルジュ班のみんなの顔を見る。戸惑ってはいるが、これまでの僕の言動を振り返って納得したらしい。


「記憶がないくらいでアイツが敬語なんか使えるわけがねえ。ゼノンは孤児だ。マトモな口の聞きかたすら知らねえんだからな」


 腕組みをしてふんぞり返るベニート。自分だけは気付いていたと言いたげな態度だ。


「君は最初から名乗り、訴えていたのに頭を打って混乱しているだけだと決め付けて取り合わなかった。私は軍医失格だ」


 マルセル先生は肩を落とし、反省している。まともな感性をしていれば信じられなくて当然だ。


「だが、他人と意識が入れ替わるなんて有り得るのか? しかも、まったく別の世界の人間だなんて」


 ジョルジュが疑問を口にする。これに関しては、僕も未だに理解が追いついていない。


「サイチもゼノンもボクの大事な仲間だ。ボクは信じる。そして、サイチの望みを叶えてあげたい」


 まだ体調が万全ではないディノも同席している。彼は僕に笑顔を向け、僕も笑顔を返した。


「どうりで最近少食だと思ったぁ。サイチさん、どうせ元の世界でもあんまり食べてないんでしょ。たくさん食べないとダメですよぉ?」


 みんなにお茶を出しながら笑うアロン。彼は全く動じていない。もしかしたらこの中で一番メンタルが安定している人なのかもしれない。


「ゼノンの魂は別世界にいるサイチの体に入り込んでいて戻るつもりはないらしい。サイチの魂を元に戻し、ゼノンを呼び戻すためには記憶を読み、彼の後悔を探る必要がある。協力してほしい」


 特別に用意された菓子をもりもり食べながら、サイオスがみんなに告げた。大事な話をしている最中だが、空腹だと何も出来なくなるというので黙認されている。


「ゼノンが自分の体に戻りたがらない理由が何なのか調べるため、サイオスに精神魔術で記憶を読んでもらうつもりです」


 ディノがハッと顔を上げた。


「もしかして、急に部屋を移った理由って」

「その通りです。ディノの睡眠を妨げないよう気を使ったつもりが逆効果になっちゃいましたけど」


 それと、と僕は言葉を続ける。


「……実は、数日前に隊長室でみんなが話しているのを聞いてしまって。不信感を持たれていると知って、みんなから距離を取りました」


 もう隠しごとはしない。全てを話すと決めた。僕の話を聞いた隊長がテーブルに突っ伏し、号泣し始めた。


「君を傷付けたのは私だ。すまない、サイチ!」

「ウィリアム隊長のせいではありません。班を率いる僕の責任です。サイチ、責めるなら僕だけにしろ!」


 またしても、隊長の涙を自分のハンカチで拭ってやりながら庇うジョルジュ。彼の隊長至上主義はいついかなる時も揺るがない。ベニートはやや引いた目を隊長とジョルジュに向けている。


「誰も悪くありません。僕やゼノンの置かれた状況を思えば怪しまれて当然だと今は理解してます」


 慌ててフォローすると、隊長がゴホンと咳払いをして場を仕切り直した。いや、さっき号泣したから目の周りが赤くなってます。全然取り繕えてない。


「こちらが知り得る情報を教えよう。だから、君が知っているゼノンの情報を教えてくれ、サイチ」

「はいっ」


 ようやくスタートラインに立てた気がした。







 怪我を負ったゼノンが発見された場所は第二分隊の管轄区域内。巡回任務の最中に第二分隊の隊員が見つけたという。現場には他にもう一人若い青年の遺体があったが、ゼノンが殺したのではないと調べはついている。


 時間帯は昼間。その日、ゼノンは外出許可を得ずに馬に乗って遠出をしていた。移動にかかる時間から計算すると、現場に着いてすぐ何者かと交戦して倒されたようだ。


「ゼノンがおくれを取るなんて、相手はよほどの手練れか複数人だったに違いない。そのような輩がいるのなら巡回任務に穴を開けるわけにはいかない。だから私は王都へ赴き、代わりの部隊を借りたのだ」


 ゼノンが意識を失ってすぐ、隊長が第二分隊の宿舎と王都に向かった理由が判明した。僕は聞かされていなかったが、きっとジョルジュたちは不審な人物がいないか巡回時に確認していたのだろう。


「そして不測の事態に備えて魔術院に頼み、サイオスを派遣してもらった。彼の攻撃魔術ならば大勢が相手でも倒せるからな。まさか精神魔術も使えるとは思わなかったが」


 コイツそんなにすごいのか、という視線がサイオスに集中する。当の本人はアロンが焼いたクッキーをもりもり食べていた。


「私はゼノンを疑っているわけではない。だが、実際に彼は黙って勝手な行動をして怪我をしている。他の隊員にも危険が及ぶ可能性がある以上、見過ごすわけにはいかん」


 隊長の気持ちが痛いほど伝わってくる。隊員を家族のように大切に思っているのだ。そして、その愛情はゼノンにも伝わっているはず。


「何故ゼノンが怪我を負ったのか、その時の記憶が読めれば全てが明らかになります。ゼノンが単独行動をした理由が分かれば、きっと」


 頼むぞサイオス、と視線を向けると、サイオスはサンドイッチを頬張っていた。焼き菓子だけでは足りず、ついに軽食を食べ始めている。アロンが厨房と食堂を行き来して次から次へと用意しているのだ。


「サイオス、食べたぶんは働いてもらうからね」

「ん」


 ハムスターみたいに頬袋をぱんぱんにしたサイオスは力強く頷いた。



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