第11話・隊長至上主義ジョルジュ

 僕にとって初めてとなる巡回任務を明日の夜に控え、生活リズムを変えることになった。要するに、今まで朝起きて夜寝ていたところを逆転させるのだ。


「各部屋の窓に雨戸が設置されているのは昼間に寝やすくするためだったんですね」

「そうだよ。明るいと流石に眠れないもん」


 同室のディノと話しながら、窓枠の外にある木製雨戸を確認する。宿舎に遮光カーテンはない。太陽光を遮るほどの布がないのだ。だから、明るい時間帯に寝る時は雨戸を閉めて室内を暗くする必要がある。ちなみに目覚まし時計も存在しない。時間になっても階下に降りていかなかった場合、アロンが起こしに来てくれるらしい。万能家政夫、世話焼き過ぎる。


「今夜はできるだけ起きておいて、明日の朝ごはんを食べてから寝ようか」

「僕、既に眠いんですけど」

「たくさん体を動かしたもん、疲れてるよね」

「腕と腰が痛いです」


 ゼノンの鍛え上げられた体といえど、十日間の安静期間を経てからの訓練はこたえる。木剣の素振りで二の腕が、乗馬の練習で足腰に筋肉痛が起きていた。


「ゼノンが体痛いとか言うの、初めて聞いたかも」


 無邪気なディノの言葉に、チクリと胸が痛む。彼らからすれば今の僕は『記憶喪失状態のゼノン』だ。決して『他人の意識を宿したゼノン』ではない。何度説明しても理解してもらえなかったから、最近は自分が『才智さいち 正哉まさちか』であると主張することをやめてしまった。


 朝までどう過ごそうかと考えていると、扉がノックされた。ディノが内鍵を開け、部屋の前に立つジョルジュに用件を確認する。


「ゼノン、来てくれ。隊長がお呼びだ」


 ジョルジュの先導で階段を降り、一階の一番奥にある隊長室へと向かう。廊下には数メートル間隔でランプが灯されているけれど、いつもより静かで暗い宿舎内はなんだか怖い。床板が軋む音がやけに響く。これからは夜型生活になるのだから慣れなくては。


「隊長、連れてきました」

「入ってくれ」


 隊長室の扉の前でジョルジュが声を掛けると、中から返事があった。一枚板の扉を開き、中へと入る。室内は複数のランプで昼間のように照らされていた。薄暗い廊下から明るい場所に出て、なんとなくホッとしてしまう。


「やあ、ゼノン。久しぶりだな」


 室内の奥に置かれた立派な執務机に掛けているのは、第一分隊隊長ウィリアム。彼は詰襟の白い軍服からやや楽な服に着替えてはいたが、他の隊員の私服のような砕けた格好はしていない。襟付きシャツに上着を羽織り、いかにも仕事が出来そうな大人の雰囲気をまとっている。見た目からして年齢は三十代半ばだろうか。隊員は十代後半から二十代前半くらい。マルセル先生は三十前後。第一分隊は若者だけで構成されているようだ。


「君の状態についてマルセルから報告を受けている。頭を打った後遺症で記憶を失ったと聞いたが、今もそうなのか?」

「は、はい」

「私や皆のことも覚えていない、と?」

「……すみません。分かりません」


 正直に答えると、隊長は悲しげに眉を下げた。見るからに肩を落として涙目になっている。すかさずジョルジュが隊長のそばに駆け寄って背中を撫で、懐からハンカチを取り出して涙を拭いてやった。そして、僕をキッと睨みつける。


「ウィリアム隊長は繊細なんだ。嘘でも『覚えている』と言え、ゼノン!」

「ええ……?」


 なにそれ。ていうか、薄々気付いてはいたけれど、ジョルジュは隊長に対して態度が違い過ぎないか?


「いや、嘘は困る」


 ジョルジュからヨシヨシされて気を取り直した隊長は、何事もなかったかのように背筋を伸ばした。いや、今更キリッとした顔をされても手遅れです。


「私は今の君を受け入れるよ、ゼノン」

「あ、ありがとうございます」


 さっきの涙目しょんぼり姿さえなければカッコいい上官だったんだけどなぁ。でも、彼は純粋に心配してくれている。隊員に対する愛情が深い人なのだ。もし厳格な上官だったら、記憶を失った上に満足に戦えなくなった時点で解雇されていたかもしれない。


「明晩から任務復帰となるが、決して無理はしないように。ジョルジュの指示に従い、管轄区域と仕事のやりかたを覚えてくれればいい」

「は、はいっ。頑張ります!」


 返事をすると、再び隊長が涙目になった。


「ゼノンがこんなに素直な良い子になるなんて、まるで別人みたいだ。嬉しいような、寂しいような……」

「こら、ゼノン! もっと乱暴かつ敬意を払った受け応えを心掛けろ!」

「ええ……?」


 どうやら今までのゼノンと態度が違い過ぎて複雑な気持ちになってしまったらしい。元のゼノンがどんな喋りかたなのか僕は知らないんだから真似しようがない。ジョルジュも普段は常識人なんだけど、隊長が絡むとおかしくなる気がする。


「すみません。以後気を付けます……」


 なぜ僕が謝らなければならないのだろう。


 隊長との面談を終え、ジョルジュと共に隊長室から辞した。二階へ戻る道すがら、前を歩くジョルジュが口を開く。


「僕たち第一分隊の隊員はみな隊長に拾われたんだ。オマエが怪我で意識不明になった時、隊長はひどく取り乱しておられた。ひとしきり泣いた後、代わりの部隊を借りにわざわざ王都まで出向いてくださったんだ」

「そうだったんですか」

「隊長は隊員を大事に思っている。決して悲しませるような真似はするなよ」

「……分かりました、ジョルジュさん」


 部屋の前でジョルジュと解散した。彼はベニートと同室で、部屋は隣である。


 こんなにジョルジュと話をしたのは初めてだ。もっと色んなことを聞けば良かったと思いながら、僕はディノが待つ自分の部屋へと戻った。



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