第6話・人懐こい同室隊員ディノ
意識を取り戻してから数日、僕は医務室のベッドで横になっていた。朝昼晩と、マルセル先生か金髪が食事を持ってきてくれる。はじめは身動ぎするだけで傷口が痛んだが、三日も経つ頃には上半身を起こしたり、歩いてトイレに行けるようになった。ただし単独行動は禁じられていて、必ず誰かが付き添ってくれている。
「アロンさん、もう自分で拭けるからいいってば」
「えぇ〜? でも、腰をひねったら傷が痛むでしょ? そんなんじゃ背中がキレイに拭けませんよぉ」
一日一回体を拭きに来る家政夫のアロンに異議を訴えると、彼は全く取り合わずに僕のガウンを脱がしにかかった。動けなかった時ならともかく、今は歩けるまでに回復したのだ。いつまでも体を拭いて着替えさせてもらうなんてできない。ていうか、恥ずかしい。
「この宿舎、お風呂ないの? 頭も洗いたいし、そろそろお風呂入りたいなぁ僕」
髪もアロンが濡れタオルで拭いてくれているから
僕の言葉が聞こえたのか、衝立の向こう側にいたマルセル先生がひょこっと顔を覗かせた。
「傷口も塞がったし、入浴を解禁しようか」
「ホントですか?」
「でも、まだ万全じゃないからね。誰かに付き添いを頼んで一緒に入ってもらえばいいよ」
「付き添い、ですか」
実は未だに顔を合わせた人間は少ない。第一分隊の隊員は八人いるはずなのに、金髪と青髪しか見ていない。となると、頼める相手は限られる。
「ジブンがお背中流しましょっか〜?」
「アロンさんには世話になってばかりだから」
アロンに頼むのが一番簡単ではあるけれど、せっかくだから他の隊員とも親交を深めたい。
「それでボクを指名してくれたの?」
「うん。面倒なこと頼んで申し訳ないけど」
「全っ然! ボクもゼノンの役に立ちたいもん!」
僕が指名したのは金髪碧眼のディノだ。彼は最初から好意的な態度を示してくれている。宿舎では同室らしいので、部屋に戻る前に少しでも仲良くなっておきたい。それに、青髪よりは話しやすいという理由もある。
「じゃあ、一緒にお風呂に行こうね」
「お願いします、ディノさん」
「やだな、よそよそしい呼び方やめてよー!」
よそよそしいと言われても、実際親しくないんだから仕方ない。
ディノに付き添ってもらい、医務室から浴室へと移動する。トイレ以外の場所に行くのは初めてで、廊下を歩きながら少しだけワクワクした。宿舎は木造二階建てで、医務室やトイレ、浴室、食堂、隊長室は一階、隊員の部屋は二階にある。基本一室を二人で使っているという。
「ディノさん、他の隊員のかたは?」
「今は任務に出てるよー」
「だから見かけないんですね」
第一分隊の隊員は八名で、二班に分かれて活動しているらしい。僕が起きている時間帯に宿舎にいるのはディノとジョルジュ(青髪)、あとはマルセル先生と家政夫のアロンだけ。あれ、隊員が一人足りなくないか?
「僕、まだ会っていない人がいますよね」
「任務に復帰したら嫌でも顔を合わせることになるから大丈夫だよ。それに、彼は用がないと人前に出てこないから」
「? そうなんですか」
どうやら人見知りの隊員がいるようだ。
浴室の床はタイルが敷き詰められ、奥に大きな木製の桶が置かれていた。桶には湯がなみなみと満たされている。まず洗い場のイスに座り、掛け湯をしてから備え付けの石けんで体を洗っていく。この世界に
「ゼノン、髪の毛洗ってあげる」
「あ、ありがとう」
腰に手拭いをまいたディノが早速手伝いを申し出てくれた。髪を洗われている間、自分で体を洗っていく。
「えへへ、ゼノンのお世話をする日が来るなんて思わなかったな」
「すみません。お手間を……」
「嬉しいんだよ。だから謝らないでよね」
「はあ」
わしわしと髪を洗い、ついでに背中を流してくれながら、ディノが朗らかに笑う。おっとりしていて優しくて、童顔で背もそこまで高くないし、本当に軍人なのかと疑問に思うくらいの人だ。
「キレイになったし、湯に浸かろっか」
僕を洗いながら自分も洗い終えていたらしい。手桶に汲んだ湯で泡を流してから、ディノが先に湯舟に向かう。その時、彼の背中が初めて見えた。思わず息を飲む。
「ディノさん、それ……」
ディノの背中には引き攣れたような傷痕が幾つもあった。白い肌に何匹もの蛇が横たわっているみたいな醜い痕。何故か胸の奥がモヤモヤした。
「軍に入る前に負った傷だよ。もう痛くも痒くもないから気にしないで」
あっけらかんと答えるディノ。彼は僕の体に手桶の湯を掛け、手を引いて湯舟へと
「ゼノンは久しぶりのお風呂だから、長湯したらのぼせちゃうかもね」
大きな桶だが、成人男性二人同時に入ると流石に狭い。肩が当たるくらいの近さで並んで湯に浸かる。チラリと横目でディノを見れば、痛々しい傷痕は背中だけでなく肩や二の腕辺りにもあった。以前、違う場所で似たようなものを見た気がしたが、何故か思い出せなかった。
「おーい。お風呂ヌルくないぃ〜?」
突然格子窓の向こうから声が聞こえてきた。アロンだ。外を見ると、彼は薪を燃やして湯を沸かしていた。家事全般を担当しているとは聞いていたが、まさか風呂の湯沸かしまでやっているとは。
「ありがとう、ちょうどいい湯加減です」
「アハハ、ごゆっくりぃ」
お礼を伝えると、アロンは厨房へと戻っていった。たぶん僕を心配して様子を見に来てくれたのだろう。
「アロンとずいぶん仲良くなったみたいだね」
「色々お世話してもらったので」
「ボクだって、ゼノンのお世話できるもん!」
僕の返答に、ディノはプクッと頬を膨らませた。どうやらアロンに対抗心を抱いているようだ。
「ねえ、そろそろ医務室を出て部屋に戻ってきてよ。部屋に一人じゃ寂しいよ」
「マルセル先生から許可が降りたらね」
「じゃあ、お風呂上がりに頼みに行こうっと」
有言実行、ディノは本当に浴室から出たその足で医務室に向かい、マルセル先生に直談判しに行った。結果として、僕の寝床は翌日から二階の部屋に移ることになった。
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