第20話・魔素適合者

 今までの僕は、やはりどこか甘えていたのだと思う。やったことがないのだから、何も分からないのだから出来なくて当然だと。周りが手を差し伸べて助けてくれることが当たり前なのだと心の奥底で考えていた。甘えていられない状況に自分を追い込んだ結果、足を引っ張らない程度に動けるようになった。もちろん、元のゼノンの活躍には及ばないけれど。


 宿舎ではずっとサイオスと行動を共にした。新入りに付き添う世話焼きな先輩を演じている。


「サイチ、寝台へ」

「分かった」


 食事と風呂を済ませて自室に戻ると、早速サイオスがベッドを指差した。素直に従い、横になる。これからサイオスの精神魔術を用いて僕またはゼノンの記憶を読み取るのだ。このために同室になったと言っても過言ではない。


 人前では『ゼノン』呼びだが、二人の時は必ず『サイチ』と呼んでくれる彼と過ごす時間はとても気持ちが楽だった。僕も自然と敬語が外れ、普通に話している。


「記憶を読むのって眠っていないとダメなの?」

「起きていると雑念が混ざったり思考が表に出てしまう。ぐっすり眠っている時でなければ難しい」


 浅い眠りであるレム睡眠より、深い眠りであるノンレム睡眠時のほうが記憶を読み取りやすいようだ。精神魔術を使うところを見てみたかったけど、僕が被験者のため不可能らしい。


「でも、いざ眠れって言われると逆に寝にくいね」

「眠くなるまで話でもする?」

「そうしよっか」


 サイオスはベッドの横に置いた椅子に腰掛けた。閉めた雨戸の隙間から午前中の眩しい陽光が僅かに射し込んでいる。室内は薄暗い。お互いの息遣いまで聞こえるほど静かだ。


「ねえ。魔術院ってどんなところ?」

「王都の中心部にある施設だ。国中から魔素に適合した者が集められ、集団生活を送っている」


 児童向けファンタジー小説に出てくる魔法学校みたいな場所だろうか、と頭の中で思い浮かべる。


「魔素の適合者ってどうやって判別するの?」

「既に適合している者が見れば魔素に適合しているかどうかはすぐ分かる。あと、瞳の色が金色へと変化する。私の瞳は元は青かったが、適合してからしばらくして金色に変わった」

「そうなんだ。綺麗な色だよね」


 僕の言葉に、サイオスが小さく笑った。


「魔素適合者は人々から忌み嫌われている」

「どうして?」

「魔素は非業の死を遂げた死者の念の成れの果てだ。そんなものに適合して不思議な力を使う者は気味悪がられる。だから魔術院という施設に閉じ込め、徹底的に教育されるんだ。暴走しないように、国に逆らわないように、と」


 魔素溜まりの成り立ちを考えれば確かにそうだ。不思議な力が使えてすごいと単純に考えていた。サイオスは魔素に適合してしまったことで今まで嫌な思いをしてきたのだろう。国境警備隊行きに志願した本当の理由は魔術院という檻から出るためだったのかもしれない。


「ごめん、興味本意で聞いちゃって」

「サイチは知らないのだから仕方ない」


 すぐ謝ると、気にするなと言ってくれた。


「それに、悪いことばかりではない。魔術院にいると食いっぱぐれることがないから」

「君、たくさん食べるもんね」

「でも、魔術院より第一分隊の宿舎の食事のほうがおいしい。来て良かったと心から思う」


 アロンが聞いたら喜びそうだ。


「魔術師はみんな食欲旺盛なの?」

「いや、実はそうでもない。私も以前はそこまで食べられなかった。最近になって妙に空腹を覚えてたくさん食べれるようになった」

「ふうん。成長期なのかな」


 魔術を使うとお腹が空くとサイオスは言っていたが、人によるのだろうか。もし全員大食いだとしたら、魔術院の食堂の料理人が過労死してしまう。


 サイオスは十代半ば。僕の世界で言えば高校生くらい。これから背が伸び、体格もがっしりしていくだろう。


「実は、私は幼い頃に魔素に汚染されたものを食べてしまったらしい。それで適合者となった」

「魔素に適合出来なかったらどうなるの?」

「大抵は数日寝込むくらいで済むが、体が弱ければ命を落とす」

「ひえ……」

「野生の動物も同じだ。適合しなければ魔獣化せずに野垂れ死ぬ」


 死骸を食べた別の獣が魔獣化する場合もあるらしい。魔素溜まりを見つけたらすぐに浄化しなければならない理由の一つだ。ちなみに、魔素に汚染された獣の肉は腐りやすいので流通はしていないという。


「僕、何も知らないまま任務に就いていたんだな」


 話をしているうちにだんだんと眠くなってきた。次第に受け答えが鈍くなる僕に気付いたのか、サイオスの口数も減っている。


 熟睡出来れば精神魔術で記憶を読んでもらえる。現状を打破するための情報が得られる唯一の方法だ。


「サイオス……お願い」

「うん」


 頷きながら、サイオスは僕の手を握った。ひんやりとした体温が心地良くて、すぐに眠りに落ちた。



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