第19話・すれ違い

 夕食を食べる時もサイオスと並んで座った。ディノは何か言いたげにこちらに視線を向けてくるが、気付かないふりをする。もりもり食べるサイオスを見ているだけで沈んだ気持ちが浮上し、笑う余裕が持てた。


「ゼノン、勝手に部屋割りを変えるな」


 ディノに泣きつかれたのか、ジョルジュから苦言を呈された。だが、僕は動じない。


「不慣れな場所でサイオスが不安そうだったから同室にしようって話になったんですよ。彼も同じ班の仲間です。仲間同士で親睦を深めることに問題はありませんよね? ジョルジュさん」

「あ、ああ……」


 ジョルジュは正当な理由があればNOとは言わない。任務に支障が出なければ構わないといったスタンスだ。ディノと同室に戻す理由こそないのだから、それ以上は何も言ってこなかった。


 べニートは離れた席で黙々と食事をとっている。関心がないように装っているが、時々こちらを見ていた。僕の態度が変わったことに気付いているのだ。


 微妙な空気のまま、二度目の夜間巡回が始まった。昨日教えてもらった通りに馬に馬具を装着し、自分も装備を整える。


「第二分隊との管轄区域の境目周辺で魔獣の目撃情報がある。今夜はそこを中心に活動する予定だ」


 ジョルジュから今夜の活動方針を聞き、馬での移動を開始した。サイオスは昨夜と同様ジョルジュと相乗りしている。星明かりに照らされた街道を駆けながら前方を見ると、ディノの後ろ姿が見えた。さっきまで落ち込んでいたが、今は気持ちを切り替えたようだ。周囲を警戒しながら巧みに馬を操っている。


 目が覚めてからずっと世話になっておきながら恩を仇で返すような真似をしてしまった。でも、何も知らないふりをして平気な顔で隣に立ち続けるなんて器用な真似は僕には出来ない。しばらく時間が必要だ。自分から突き放した以上、私生活でも任務でも彼には頼れない。一人で頑張らなくては。これは僕の意地だ。


 管轄区域の境目には川があった。馬で飛び越せる程度の川幅だ。こちら側は僕たち第一分隊、向こう側が第二分隊の管轄となる。川辺は砂利と背の低い草があるだけの開けた場所で、見渡してみても特に異常はなかった。少し離れたところに小さな森がある。動物が潜むとすればあそこしかないだろうと判断し、全員で森に移動した。


「魔獣がいるということは魔素溜まりもあるはずだ。しらみ潰しに探すぞ」

「了解!」


 数メートル間隔で馬首を並べ、森の端から中心に向かってゆっくりと進んでいく。魔素はほのかに発光しているため、暗い森の中でも近くにいけば見つけやすい。ガサガサと落ち葉を掻き分け、木の枝を手で払い除けながら探索した。


 しばらく進んだところで、べニートが「いたぞ」と声を上げた。慌ててそちらに向かうと魔獣と思しき獣が二体、べニートの馬に威嚇しているところだった。昨夜の猪より体は小さいが、代わりに素早そうに見えた。おそらく狐か狸が魔獣化したものだろう。


 ディノが馬から飛び降り、腰の細剣を抜く。ためらうことなく斬りかかり、あっという間に一体を倒した。僕も馬から降りて大剣を抜くが、ずしりと重い。振りかぶっている間に逃げられそうだと分かっているけれど、黙って見ているなんて出来ずに構える。


 二体目は警戒心が強く、なかなかディノの間合いに入ってこない。僕とべニート、ジョルジュは魔獣を逃がさないように周りを囲み、討伐はディノに任せる。少し離れた場所にいたサイオスは、先に倒した魔獣を魔術の炎で燃やすために杖を取り出していた。


「サイオス、まだ下草を刈ってない!」

「あ」


 ここは森の中。草も生えているし、枯れ枝や落ち葉がたくさんある。下手に火を付ければ火事になる。僕がサイオスのいるほうに振り向くと、彼の背後に黒い影が見えた。一瞬サイオス自身の影かと思ったが、違う。あれは別の魔獣だ。


「サイオス、後ろッ!」


 考えるより先に体が動いた。持ち上げるだけでやっとの重い大剣の切先を地面に擦るように走らせる。近くにいたジョルジュがサイオスの腕を引っ張って避難させたのを確認してから、僕は下から上へと逆袈裟に剣を振り抜いた。硬い壁を殴った時のようなビリビリとした感触が柄から手のひら、腕に伝わる。力が足りず、魔獣の毛皮に刃が跳ね返されたのだ。まずいと思った時、僕の隣を黒く素早い影が駆け抜けた。べニートだ。彼は僕と同じ幅広の大剣を軽々と振りかぶり、勢い良く魔獣の心臓目掛けて突き立てた。剣は胸から背中に貫通し、魔獣は力無くその場に崩れた。


 その頃にはディノも最初に遭遇した魔獣を倒していた。


「熊の魔獣か。だいぶ大きくなっている。目撃情報はこっちだったのだろう」


 魔獣の死骸を検分し終えてから、ジョルジュの指示で周辺にある燃えそうなものを排除した。下草を刈り、落ち葉を退ける。やっと出番がきたサイオスは魔獣の死骸を骨も残さず燃やし尽くして浄化した。


 森の中を探索したが、隅々まで調べても魔素溜まりは見つからなかった。


「もしかしたら川を越えてきたのかもしれない。後で第二分隊に連絡を入れておこう」


 管轄区域の境目は幅の狭い川だ。野生動物なら泳いで渡る可能性もある。


「ゼノン、良い動きだった。勘が戻ってきたか」

「いえ。結局倒せませんでしたし」


 ジョルジュから先ほどの件を褒められたが、僕の攻撃は魔獣に通用しなかった。地味に凹んでいると、べニートから肩を強く叩かれる。


「オマエが不意打ち喰らわせたからラクに倒せた。アレがなきゃ、最悪サイオスは死んでた。よくやった」


 まさかべニートまでねぎらってくれるとは思わず、ポカンとしてしまう。数秒遅れてじわじわと嬉しさが湧き出てきた。でも、心の奥は冷えていて、以前のようには笑えない。


「ありがとうございます、今後も精進します」


 他人行儀を崩さず応えると、ジョルジュとべニートは微妙な表情を浮かべた。昨日までなら「すごいよゼノン!」と飛び付いてきたであろうディノも、今は少し離れた位置に立っている。


 仲間として認めてもらいつつあるのに、僕自身が壁を作ってしまった。





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