目覚めたら異世界で国境警備隊の隊員になっていた件。

第３話・眼鏡軍医マルセル

「意味が分からない。『サイチ』ってなんだよ」

「やっぱり頭を打っておかしくなっちゃったのかなあ」

「確かに、記憶障害にしてはおかしいな」

　僕が横たわるベッドを囲み、カラフルな髪色の青年たちがああだこうだと意見を交わしている。その様子を眺めながら、混乱する頭で状況を整理してみた。

　まず、ここは知らない場所である。僕は赤髪の青年の姿になっていて、彼らは僕を『ゼノン』と呼んでいる。そして、なぜか怪我をしていた。

　もしかして異世界転生とかいうヤツだろうか。頭を打ったショックで前世の記憶を思い出して云々、とか。しかし、僕にはこの体……『ゼノン』の記憶は一切ない。知り合いであるはずの彼らの名前や関係すら分からないのだ。

「あ、あの……」

「はい？」

　声を掛けると、白衣の男の人が返事をした。丸眼鏡の奥の穏やかな瞳が僕に向けられる。この中で一番年上のようだ。

「すみません。僕、あなたがたのことがなにも分からないんです。自分がどうして怪我をしているのかも、ここがどこなのかも」

　正直に申告すると、全員困惑した顔で黙り込んだ。しばしの沈黙のあと、最初に口を開いたのはオレンジ髪だった。

「アハハ、ゼノンさんが『僕』なんて言うのおっかしー！　それに、喋りかたが丁寧すぎるよねぇ。別人みたい！」

「確かに。敬語を使うような奴じゃないからな」

　オレンジ髪の言葉を青髪が真面目な顔で肯定する。

「ゼノン君」

「才智（さいち）です」

　名前を即座に訂正すると、白衣の男の人は肩をすくめ、小さく息をついた。

「わかった。……サイチ君。君が置かれている状況について説明してあげよう」

「お願いします」

　本当は頭を下げたかったが、仰向けに寝ている状況なので断念した。動けばまた体のあちこちが痛むからだ。

「まず、ここはアステラ王国軍の国境警備隊第一分隊の専用宿舎。その中にある医務室だよ。私は軍医のマルセル」

　白衣はやはり医師の仕事服だったらしい。マルセル先生は場所の説明と自己紹介をしてくれた。

　なんとか王国軍の専用宿舎、なんだそれ。

「君は三日前に任務中に負傷して以降、ずっと意識がない状態だった。命に別状はないが、頭部に打撲、腕に切り傷、脇腹に剣による刺し傷がある。あと数日は安静にしなくてはならない」

　軍って、軍隊？

　任務ってなんだろう。

　刺し傷って誰にやられたんだ？

　説明されているのに何ひとつ理解できない。少なくとも、僕が今まで生きてきた現代日本とは全く異なる環境に放り込まれたということだけは分かる。しかも、赤髪の青年『ゼノン』の体を間借りした状態で。

「ここまでは大丈夫？」

「あ、はい。なんとか」

　理解できないし納得もできないが、説明された内容は覚えた。戸惑う僕の様子を窺いながら、マルセル先生は説明を続ける。

「彼らは君の同僚だ。本当に覚えてないのかい？」

「申し訳ないですけど、分かりません」

　素直に答えると、他の三人はショックを受けたらしく、それぞれ悲鳴を上げている。

「同室のボクを忘れるなんてひどいよ！」

　金髪に涙目でにらまれた。

「はあ……隊長になんて報告したらいいんだ」

　深いため息をついているのは青髪だ。隊長って誰だ。まだ他に人がいるのか。

「それよりゼノンさん、腹減ったでしょ。ジブンがなんでも作りますんで遠慮なく言ってくださいねぇ」

　オレンジ髪は全く動じていない。

「仲間の顔と名前を忘れてしまったのも、自分のことが分からなくなっているのも、きっと頭を強く打った後遺症だ。ゆっくり養生して記憶を取り戻していけばいい。慌てなくていいからね」

　マルセル先生はそう言うけれど、知らないことは思い出しようがない。だって僕は『ゼノン』じゃないんだから。

　ていうか、ここはどこなんだ。

　まさか、本当に異世界転生か？