第34話・友人
体中がじんわりと痛い。重いまぶたを気合いでこじ開けると薄暗い部屋の天井が目に入った。規則正しい電子音と壁を隔てた遠くのざわめきが耳に届く。腕を上げようとしたが力が入らず、かすかに指の先を曲げただけで終わった。
僕の体はベッドに寝かされている状態だ。腕には点滴の針が刺され、固定されている。何度か瞬きをして室内の暗さに目を慣らすと、そばに誰かがいることに気が付いた。閉じたブラインドの隙間から射し込む陽光を背に受けているからか、その誰かの顔はよく見えない。
「目が覚めたか」
低く穏やかな声に問われ、首をわずかに動かして頷く。彼はベッド傍に置かれた丸椅子に腰掛け、僕を見下ろしていた。
「痛くて眠れないから睡眠薬もらったんだってな。あれから半月しか経ってないし、すぐには治らないよな」
いつでもバトンタッチ出来るよう、検査や来客に邪魔されないようにと、ゼノンを通じて看護師さんに睡眠薬の投与をお願いしていたのだ。まだ薬が抜け切っていないせいか、頭が回らない。なんと答えていいかも分からない。もし普通に喋れたのなら言いたいことがたくさんあるというのに。
なにも返さない僕に、彼は言葉を詰まらせた。逆光のせいで表情は見えないけれど、きっと辛そうな顔をしているはずだ。片手で口元を覆い隠し、なにかを必死に堪えている。
「……ごめん。看護師さん呼んでくる」
震える声を誤魔化すように、そのまま彼は立ち上がった。僕に背を向け、病室から出て行く。
どうやら僕の意識は無事自分の体に戻れたらしい。頑丈で回復が早いゼノンとは違い、ヒョロくて弱い僕の体はまだロクに立つことすら出来ない。怪我をして半月。体の怪我はともかく頭を強く打っているため、ありとあらゆる検査と治療を施されている真っ最中なのだと担当の看護師さんが教えてくれた。
「十日前くらいに意識が戻ってからはおかしなことばかり口走っていたので、脳に異常が起きたのかもって大騒ぎになったんですよ」
「そうなんですか」
「一時的に記憶が混乱しちゃったんでしょうね。ごく稀にあるんですよ、頭を強く打ってしまうと」
お医者さんや看護師さんも驚いただろうけど、ゼノンもびっくりしたよな。目を覚ましたら見知らぬ場所で、知らない人から意味不明なことばかり言われて。僕もあっちの世界で同じ経験をしたからよく分かる。
「あの、さっきの彼は」
尋ねると、看護師さんは肩をすくめた。
「私を呼びにきた後すぐ帰っちゃったわ。毎日お見舞いに来てるし、明日も来るんじゃないかしら」
毎日見舞いに来てくれていたのか。彼はどんな気持ちで眠る僕を見ていたのだろう。記憶が混乱した、中身がゼノンの僕にも会ったのだろうか。
「
テキパキと処置をしながら話す看護師さんに、僕は口元をゆるめて答えた。
「……はい。僕の、いちばんの友だちなんです」
「才智ィ〜! やっと正気に戻ったんだな!」
「と、
翌日、見舞いに来るなり鳥居が涙目で抱きついてきた。僕はベッドの上で上半身を起こしているが、頭や腹部には包帯が巻かれ、腕には点滴の針が刺さっている。まだ衝撃に耐えられない状態だ。抗議すると、鳥居は「悪い悪い」と体を離した。
「意識が戻ってから何度か話したけど、オレのこと知らんとか言うしさぁ。オレもう悲しくてさぁ」
「ご、ごめん。頭を打ったショックで混乱してたみたいで。もちろん鳥居のことは忘れてないから」
「ほんと良かったぁ」
どうやら、ゼノンから素っ気なく扱われて精神的なダメージを受けたらしい。フォローすると、鳥居はホッと安堵の息を吐いた。
「オレが余計なこと教えちまったせいだよな。オマエが怪我して病院に担ぎ込まれたって聞いた時はもう生きた心地がしなかったよ」
あの日、たまたまバッタリ会った鳥居から話を聞き、その足で
「鳥居のせいじゃない。僕が考えなしに行動したからだ。僕の自業自得だよ」
「さ、才智ィイ〜ッ!」
再び抱きつこうとした鳥居は、騒ぎを聞きつけてやってきた看護師さんによって病室から摘み出されていった。さっきまで騒がしかった病室内が一気に静まり返る。異世界ではディノと同室だったし、宿舎には必ず誰かが居た。急に一人にされ、心細くなってしまう。
「みんな、うまくやってるかな」
ヴァーロとドレイクを森に誘き出し、そこでゼノンと意識を入れ替えた。あの場にはサイオスがいるし、森の外には武装した第一分隊と第二分隊、王国軍からの応援部隊が控えている。迷いを乗り越えたゼノンならば、きっと自分が納得できる結果を得られるはずだ。
「僕も向き合わなくちゃ」
コンコン、と病室の扉がノックされた。訪ねてきた人物が誰なのか、今の僕にはすぐ分かる。
「どうぞ」
入室の許可を出すと、しばらくしてから扉がゆっくり開かれた。
「来てくれてうれしいよ、慎之介」
「……
今日は窓のブラインドは上がっている。昼間の光に照らされた慎之介の顔は昨日みたいに泣きそうに歪んでいた。
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