第2話 乙女とクラブオーナーが出会う前に

 私、四辻茉莉はモノノケが見える側として生まれた。それをモノノケと言うのか分からなかったが、赤子の私の周りでは常に気味の悪い妖怪達が見えていた。目が付いた巨大な毛玉ややけに頭の長いお爺さん。大半はそこにいるだけである。ただそこにいて、私をじっと見てまたぼうっとするかどこかに行くか。他の人には見えないと分からなかった私は両親に何もない場所を指さしては「あれは誰?」と聞いていた。


 両親は理解のある人達であった。見えない何かを追いかける私を、個性的な子と一蹴して愛してくれた。性質の悪いモノノケに追いかけられたり、悪夢を見させられたりしたら寺に頼んでお祓いもしてくれた。モノノケに怯える私の傍に、落ち着くまで寄り添ってくれた。しかし世の中は両親のように優しくない。


 幼稚園に入園したときから、私の悪評は立ち始めた。幻覚が見える頭のおかしな子。変な子。先生も同級生も皆、裏では私のことをボロクソに噂にした。

 

 友達は少しはいたかもしれない、小学校のときに。皆、私と仲良くなりたがっていたが、真横にいる“トイレの花子さん”を指さして「この子も仲間に入れてあげよう。」と言えば蜘蛛の子を散らすように去っていった。それからというものの、私は中学までは狂人と格付けされ、完全孤立した。母は好きな子どころか友人さえいない私を心配したが、同級生にモノノケによる被害が出ない方がマシだった。

 

誰とも喋らず、話しかけてもらえず、モノノケから目を背け続ける日々。父はそんな私のために、“茶々丸”と名付けた柴犬を誕生日プレゼントにくれた。私は可愛くて、「狂人」などとは言わない茶々丸が大好きになった。それから私はずっと茶々丸と一緒にいた。この子と両親と一緒なら化け物だらけの世界でもやっていける、そう思っていた。高校生までは。


 中学三年の秋、両親が交通事故で亡くなった。潰れた車体を見ると即死だったらしい。私を塾まで迎えに来る夜道の途中であった。理由は不明だが、崖沿いでハンドルを切ってガードレールを突き破り、車ごと転落してしまったと。そう警察から聞かされたときは、目の前が真っ白になった。私のせいで親類縁者とも不仲だった四辻家は、娘だけの家族葬となった。


 葬式のあと、私は親戚からの僅かな送金で茶々丸と生きていくことになった。せめてこの子がいてくれただけでも、そう思えたのは束の間だ。


 悲劇から何とか高校入学を果たした一か月後に、茶々丸は散歩中に突っ込んできた軽トラックに轢き殺された。運転手は何かが飛び出してきてハンドルを切ったと供述した。事故当時、茶々丸は心なしか私を押し飛ばして、庇っていたように見えた。喧しい野次馬の中心で、私は千切れたリードをただ見つめるしかなかった。


 茶々丸がいなくなった、お父さんもお母さんもいない。私は独りぼっちになった。学校にも理解者はいない。私の周りにいるのは醜いモノノケ達だけ。下校中に電信柱の上で蠢くそれを見て、こいつらがいなければ独りにならずに済んだのかなとふと思った。そうしたら、モノノケがいるこの世界から逃げたくなったのだ。そこで目についたのが町にそびえ立つ廃墟ビルだ。


 今夜、この命を終えよう。覚悟した私はビルの階段を上り、その屋上の縁まで歩む。そして踏み出したのだ。心のどこかで、私を見捨てず拾ってくれる神様がいることを祈って。

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