第23話 空白越しのおかえり
青空を舞った真菜子は俊敏に拳銃を構え、ドローン機に目がけてうち放った。弾丸によりプロペラとスピーカー部分が破損し、黒煙を上げた。破片の一つが強く飛び、真菜子の腕を引き裂いた。痛みに顔をしかめた彼女だったが、スピーカー越しの男の動揺した声を捉えた。その隙に彼女は短刀を抜き、ドローン機を一刀両断した。散りゆく機体は断末魔を挙げて、砕け散った。
「な……な、なぜ……あ、ああ、な……」
そこでスピーカーの音声は途切れた。空中に投げ出された真菜子に、茉莉は瞬時にカラス天狗を旋回させ、その身を確保した。無理が祟ったのか、黒羽に転がった真菜子は肩で大きく息をしていた。
「大丈夫ですか!?って東条さん、腕が!?」
茉莉は彼女の切り裂かれたスーツから覗く傷跡を見て、ぎょっとした。そこには一線の赤い血痕が次々と服の繊維にしみ出している。
「これくらい、大丈夫、私は」
「そんなわけないでしょう!」
茉莉は真菜子の言葉にぶんぶん首を振ると、ハンカチを取り出して素早く傷口に巻き付けだした。手当ての中、真菜子はナギサの方を見た。ナギサは胸に手をやって瞳をうるうるさせていた。そして感嘆の息を漏らすと、真菜子に抱き着いた。真菜子は突然の出来事に目を丸くした。ナギサはぐりぐりと真菜子に額を押し付けると、彼女の瞳を一心に見つめた。
「スッゴーイ!コレがジャパニーズブシドーってヤツですネ!?」
「べ、別にそんなんじゃ__」
真菜子はナギサの熱い視線に、そっぽを向いた。しかしナギサは再び真菜子を抱きしめた。
「トージョーさんはマイヒーローです!タスケテくれてサンキューってヤツです!」
ナギサからのお礼に、真菜子は目を泳がせて、視線で手当てを終えた茉莉に助けを求めた。しかし、彼女は「仕方ない」とでも言うような許容を要求する笑みを向けた。抱擁に耐え切れなくなった真菜子はナギサを引き剥がすと、スーツの襟を整えた。
「追っ手が来るかもしれません。先を急ぎましょう」
真菜子の改まった言葉に、ナギサと茉莉は互いに見つめ合って頷き合った。そうしてカラス天狗への道案内を続行し、無事に新田の屋敷に辿り着いた。
新田邸には広い庭があり、そこには彼によって育まれた色とりどりのの花が深緑をめかしている。カラス天狗と一行はそこに降り立ったのだ。庭では、新田がブリキのじょうろを持って、突如現れたモノノケに固まっていた。茉莉は急いで黒羽から飛び降りると、彼の前まで走った。
「新田さん!」
「君は、この前の、ええと茉莉さん?」
「お久しぶりですね、四辻茉莉です。突然申し訳ありません。実はあなたにどうしても会わせたい子がいて__」
「シンイチ?」
茉莉のまどろっこしい説明を遮り、澄んだモノノケ少女の声が響く。その鈴のような声音に、新田は目を見開いた。
「まさか、ナギサかい?」
新田の確信した言葉に、ナギサはカラス天狗から姿を覗かせた。その姿は日の光に照らされて、まるで天女が地上に顕現したかのようだった。ナギサを射止めると、新田はじょうろを投げ出して、足を引き摺って駆け出した。ナギサも同じようにしたが、足がない彼女は黒羽から滑り落ちてしまった。空を泳ぐナギサ、しかし奇跡がもたらされたのか、新田が老体の身を打って婚約者を抱き止めた。直後新田は膝をつき、顔をしかめた。だが、すぐにナギサに向き直った。
「久しぶり、相変わらず綺麗だね、ナギサ」
「シンイチも、おじいちゃんにナッタッテ、ズットカッコイイよ」
そうやって二人はクスクスと笑い合うと、互いの身を掻き抱いた。今まで会えなかった空白を埋めるように。きつく、強く、優しく。
その様子を見ていたカラス天狗は右翼でつぶらな瞳を拭った。
「なんかよく知らねぇけど、泣かせやがるぜ。カァァ!」
「ええ」
茉莉は神に感謝するように、胸で手を組んだ。偶然か、必然か。ナギサの想いは報われた。真菜子には無理をさせてしまったが、こうしてまたモノノケと人を結びつけることができた。それだけで茉莉は胸が一杯だった。
そのとき、ふと彼女は真菜子の方に向いた。真菜子の方は婚約者達の抱擁を、何とも言えない瞳で凝視していた。その目はまるで、許しを請うような、臭い物に蓋をしたいとごねるような様子だった。目線から辿って、腕を見る。そこには血に濡れたハンカチが巻き付けられている、はずだった。
血が付いてない?驚いたことにハンカチや真菜子のスーツには血の沁みが蒸発したように消えていた。まるで“最初”から怪我などしていないかのようだった。そんなはずない。モノノケでもない真菜子は、ずば抜けた治癒能力など持ち合わせていないはずだ。
茉莉は首を振った。自身の見間違えに違いない。彼女はこの目出度い雰囲気に押され、そのことは気にも留めないようにした。
※
「なるほど、ナギサちゃんにそんなことが……」
クリーピーの店内。換気扇の音が響く厨房で、鴨がしみじみと頷く。ナギサはスタッフルームの水槽に戻っており、彼の前のカウンターに座る真菜子と、茉莉はナギサの阿弥陀市観光の顛末を全て伝えた。
ナギサの来日の目的が婚約者に会うためであったこと、その彼に会う道中に八百の会の襲撃に遭ったこと、ナギサと婚約者は無事に再会できたこと。その一つ一つに、鴨は一喜一憂した。そして最後には全ての出来事を集約して、驚くようで、冷静な表情を保った。
「兎に角、三人とも無事で嬉しいよ」
「全く、大変な日でした。誰かさんの行動力には手を焼かされましたよ」
そう言うと真菜子はジッと茉莉を横目で見た。彼女はぎくっと肩を震わせたが、すぐに苦笑いした。
「で、でもナギサちゃんは新田さんと会えたんだし目出度し目出度しでしょう?」
「確かにそれは良かった。でも、八百の会にナギサちゃんとうちのことがリークしたのはまずいね。彼女を別の場所に移すか、故郷に帰すことも考えないといけないかも」
「えぇぇ!?それじゃナギサちゃんが新田さんと離れ離れになるんですか!?」
茉莉の問いに鴨が頷いた。その瞬間、彼女は表情を曇らせた。数時間前のことを思い出したからだ。
恋人達の再会後、茉莉達は新田の家に招かれた。スコーンやビスケットなどの茶菓子と紅茶が振る舞われ、彼女達は小さな祝賀会を楽しんだ。和やかな雰囲気のなかで、ナギサと新田が終始寄り添っていたのを茉莉はよく覚えている。種族、年齢、外見の全てが違う二人であったが、その様子は夫婦そのものであった。
そんな二人を引き裂くなど、茉莉には到底できなかった。遥々危険を冒してまで来日してきた健気なモノノケのことを思うと、現実を見ることができなかった。しかし、鴨の提案はナギサを守るためである。それならば、せめて。
「じゃあ、最後にここで二人の“結婚式”を挙げるのはどうですか?」
茉莉の一言に、鴨は目を見開いた。隣にいた真菜子は「本気か?」と問うような瞳をしている。しかし、茉莉は至って真剣な表情である。
「折角再会できたんです。二人をちゃんとした夫婦にしてあげたいなって思って。ほら、モノノケダンスフロアなら私達もいて、少しは安心して結婚式を挙げられると思いませんか?マスター」
その時、鴨は顎に手を当てて考え込んだ。真菜子はやれやれと首を振っている。数分の沈黙後に、鴨は頷いて顔を上げた。
「いいね、僕は賛成だよ。モノノケのためのブライダルプランナー、なんて斬新なんだ!」
「本当ですか!?」
茉莉は思ったより乗り気な鴨に、胸が舞い上がって立ち上がった。
「うん、すぐにでも準備に取り掛かろうか。ドレスも、タキシードもお糸さんに仕立ててもらおう。ケーキと御馳走は骸田さん、設営はアッカちゃんに任せよう。ああ、胸が躍るよ!おっと、まだナギサちゃんと新田さんの返事を聞いてないね。喜んでくれるといいけど……」
「大丈夫です!一生忘れられない最高の結婚式を皆で挙げてやりましょう!」
茉莉は高らかに宣言すると拳を上に突き出した。鴨も苦笑して、軽くそれを真似した。一方で、真菜子は「暢気だな」と溜息をついた。その時だった。
「おうおう、達者にやっとるか?」
「和泉刑事!?」
クリーピーのドアが開かれ、ぬっと和泉が入ってきた。真菜子は急いで立ち上がって、敬礼した。茉莉と鴨も軽く会釈した。
「お疲れ様です、和泉刑事」
「おう、真菜子。例の人魚の嬢ちゃんの様子はどうや?」
「はい、今のところは無事です。しかしどういうことか、八百の会に彼女とここのことが割れてしまっています。実際、今日は襲撃に遭いました」
「マジか!?そりゃかなりヤバイ」
和泉は細目を開眼すると、腕を組んで険しい顔をした。それに対し、真菜子も尋ねた。
「八百の会の捜査は、どうなっていますか?」
「ん?あぁ、そのことについて特大ニュースがあって来たんや!」
特大ニュース?茉莉と鴨は眉を動かした。和泉は指パッチを一つすると、口を開いた。
「情報屋とか色んなところ当たっとったら、長年闇に包まれてきた八百の会・教祖の情報について掴んだんや!」
「八百の会の教祖?」
茉莉は首を傾げた。和泉は彼女に頷いた。
「いまから数百年前、人魚の肉を食って不老不死になったっちゅう八百比丘尼伝説に感化された一人の人間がおった。そいつが不老不死を目指して八百の会を創立したんや。それから何代も重ねて現在まで組織を統率しとるらしい。んで、今回手に入れた情報は、数年前に二十四代目の教祖は死亡して年若い実子にその座を譲ったらしいこと、そして二十四代目の名は”
「道明寺、聞いたことない名前ですね」
鴨は首を捻った。それに対し、真菜子が答えた。
「八百の会が阿弥陀市に拠点を置いたのは最近のことですからね。和泉刑事、その情報が正しいのなら、道明寺という姓を頼りにして教祖を捜索するのがいいでしょう」
「おん、何とかやってみるわ。そんじゃ、真菜子、お前は引き続き人魚の護衛を頼む」
真菜子は「了解」と返事すると、再び上司に向かって敬礼をした。和泉は帽子を掲げると、鴨達に別れを言ってクリーピーを後にしていった。ふと茉莉が真菜子を見てみれば、彼女は和泉の背を僅かに頬を染めて眺めていた。その目は普段はクールぶっている真菜子には、似ても似つかずだった。
茉莉はその時、真菜子が和泉に抱く思いを理解してどこか微笑ましくなったのだった。
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