第24話 憧れという名の

 茉莉はその後、早速スタッフルームに出向いてナギサに結婚式の話を打ち明けた。水面で波紋を作りながら、彼女は宝石のように碧い瞳をこれでもかと開けて大喜びをした。


「ケッコンシキ!?ケッコンシキってアレでしょ!?巻貝みたいな白いドレス着て、

ダンナさんとキスするヤツでしょ!?」


「そうだよ。モノノケダンスフロアで君と新田さんの結婚式を挙げようって!」


「ワぁーい!マリ、ダイスキィ!」


「え、っちょ、ちょっと待って、ナギサちゃん!?


 ナギサは嬉しさのあまり、茉莉に飛びついて彼女を水槽に引きずり落してしまった。焦って謝るナギサに、茉莉は許しの笑みを浮かべると、そのまま二人で水面を漂った。


「ワタシ、シンイチのためにキレーなオヨメサンになる」


「うん、いっぱいおめかしして新田さんをビックリさせようね」


 茉莉がそう言うと、二人は顔を見合わせてクスクス笑った。


 水没の後、茉莉が着替えてカウンターでくつろいでいたら鴨が携帯を片手に、新田も喜んで結婚式の話を了承したと話してくれた。そして、黄昏時になりモノノケ従業員達が出勤してくると二人は彼らに結婚式の計画を伝えた。


「おやまぁ、知らん間にそんな色恋沙汰が起こってたなんてねぇ。いいさ、ここは愛とやらのために人脱ぎしようか」


「ふぅ、ロマンティックゥ!飾り付け担当は勿論アッカに任せてね!」


「ウェディングケーキ、チキン、スープ……。まずいぞ、オレは何回自分の出汁を取ればいいんだ?」


 思いのほか、乗り気であった三人組に茉莉と鴨は自然と嬉しくなった。それからは多忙な日々が続いた。数日休業させてもらい、モノノケダンスフロアを結婚式場へと改造していたからだ。アッカは床を大掃除して、倉庫にあったレッドカーペットを敷いた。茉莉はレースの布でおどろおどろしいダンスフロアを少しは上品な見た目に変え、骸田は式のためのメニューに頭を捻った。お糸は自慢の裁縫でナギサのマーメードドレスと新田の黒タキシードを徹夜で仕立て上げた。鴨は従業員がせっせと働くのを眺めながら、クリーピーに通うになった新田と交流を深めた。


 ナギサは皆が自分のために動いてくれていることに日々胸一杯になり、その様相を真菜子に延々と聞かせた。彼女はうんざりしたような顔をして、一々相槌を打ってやっていた。式場の準備も整った頃、骸田からケーキに使う生クリームが足りないと聞いて茉莉はおつかいに繰り出されることになった。


 鈴口財布を片手にクリーピーを飛び出したところ、茉莉は店の前に煙草で一服する和泉を見つけた。先ほど鴨と立ち話をしているのを見かけていたので、その帰り道だろう。彼は昇っていく白煙を見上げながら黄昏れている。

思えば、和泉と面と向かって話したことがない。そこで茉莉は何とはなしに彼に話しかけた。


「こんにちは、和泉さん」


「お?茉莉ちゃんやないかい?」


 和泉は少女の姿に気づくと、焦って煙草を携帯灰皿で消した。そして彼女に向き直った。


「聞いたで、人魚ちゃんの結婚式するらしいやん?順調にいっとるか?」


「はい!大忙しですが、何とか決めた当日までに間に合いそうです!」


「さよか。真菜子は、うまくやっとるか?」


 和泉はふと視線を落して呟いた。茉莉は一瞬ポカンとしながらも答えた。


「はい、東条さんもナギサちゃんの面倒をよく見てくれています。あの、東条さんが何か?」


「いや、あいつが楽しくやっとるか気になっただけ。真菜子は筋金入りの堅物でなぁ。署の方でも、俺とペア組むまではずっと孤立しとったんや。あの目も、一人で突っ走ったさかい、失ってしもたんやから」


「目?あの眼帯の?」


 茉莉は、真菜子に片目に常時装着されている眼帯を思い出した。それに対し、和泉は頷いた。


「あるモノノケを追いかけとった際、仲間の制止を聞かずにアイツはモノノケに突っ込んでいったんや。俺が間に助っ人に入ったから一先ず助かったんやけど、アイツの片目はな……。って、なんも知らんお嬢ちゃんに、何を言うてんやろ俺は。今のことは忘れてくれ」


「は、はい」


 茉莉の返答に、和泉は満足気に微笑むとそのままクリーピーから立ち去っていった。


 茉莉はふと、心中で真菜子の和泉にかける熱っぽい視線を思い出した。恐らく彼女は抱いてるだろう恋心は、和泉に命を助けられた故のものなのかもしれない。命の恩人への恋情や思慕。それは、どこかあの変人紳士の背を思い出させる。


 茉莉だって、鴨に対して何も思っていないわけではない。それは断言できる。しかしそれが彼への憧れや尊敬なのか、破廉恥な恋煩いなのか、初心な彼女には判断つかなかった。いまの茉莉が一番望むことは、鴨の隣でモノノケ達と笑っていることだった

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