第25話 愛故に
「すっごく綺麗だよ!ナギサちゃん」
結婚式の当日、スタッフルームにてナギサは茉莉、お糸とアッカの手によって花嫁へと変身させられた。碧色の尾はクルクルと巻かれた純白のマーメードドレスで包まれ、彼女の美顔はほんのりとした自然を醸し出す化粧がなされており、青みがかったベールがその黒髪を昼間の海に見せている。
茉莉に褒められたナギサは、両頬を手で包んで顔を赤らめた。
「ア、アリガトウ。ワタシ、こんなにキレーになるなんてユメみたい」
照れるナギサに、お糸は母の如き眼差しでその肩を軽く叩いた。
「我ながら、本当に別嬪さんだよ、あんた。あの爺さんも喜んでくれるさ」
お糸の言葉に、化粧箱を抱えたアッカも大きく首を振った。その時、スタッフルームの扉が開いて真菜子が入ってきた。
「鴨さんから伝言です。準備ができたらフロアに出てきて、すぐに式を始めると」
「分かりました!さ、ナギサちゃん、扉の前まで行こうか」
茉莉は真菜子に返事をすると、ナギサの車椅子を押し始めた。それを眺めていた真菜子は、ふと口を開いた。
「全く、なんで私まで式に強制参加なんですか?」
「結婚式といえど、非常事態は付き物です!それに、ナギサちゃんも命の恩人の真菜子さんに参列してほしいらしいですよ?」
茉莉はそう言うと、穏やかな表情でナギサを見つめた。ナギサは溌剌な笑みを真菜子に見せて、茉莉に頷いた。それに対し、真菜子は悶々とした眉を見せると鼻を鳴らして腕を組んだ。
「分かりましたよ。護衛の命に従って、大人しく見ています」
真菜子の返しに、茉莉ははにかむとナギサの乗った車椅子を扉の前まで運んだのだった。
それから結婚式が始まった。モノノケダンスフロアはすっかり結婚式場へと姿を変えられており、床は真っ赤なタイルのレッドカーペットが敷かれており、普段は毒々しい色を放つステンドグラスも今日は温かな陽光の如き光で室内を照らしている。スピーカーからは軽やかなウェンディングソングが流されており、新郎新婦が契られる瞬間を今か今かと待ちわびている。
鴨によって入場の指示がかかると、スタッフルームの部屋が開け放たれ、茉莉に押されるナギサが姿を現した。新田は神父役を務める鴨の前でタキシードに身を包んで、花嫁を待っていた。彼はナギサの神秘的な美しさに目を見張っており、その曲がった背を一気に伸ばした。ナギサも婚約者に微笑み、そのままカーペットをゆっくりと進んでいった。
茉莉は新田の前まで来ると、そっと車椅子から離れた。新田はナギサの美貌を見つめた。
「美しい。フィリピンの海で君と初めて出会った夜を思い出すよ」
新田の言葉に、ナギサはクスクスと笑った。
「ニンゲンの姿で浜辺を歩いていたワタシを、シンイチが見つけてくれたんダヨネ。シンイチったら、ずっと見つめてキタから恥ずかしカッタナァ」
ナギサの意地の悪い笑みに、新田は苦笑した。鴨はそろそろ頃合いだと、二人に誓いの言葉の宣言を要した。当然、二人は了承し合い、とうとう口づけとなった。
茉莉は参列席から、結婚式の様子を涙ながらに見つめていた。何十年も会えなかった二人が遂に結ばれるのだ。モノノケ三人衆も、ハンカチを片手に目を輝かせている。そのとき、隣に立っていた真菜子が口を開いた。
「ねぇ四辻さん。人魚には、モノノケには心があると思う?」
突然の質問に、茉莉は一瞬気が抜けた。そして訝しんだ様子で、真菜子を見つめた。
「どうしたんですか?いきなり」
「いや、別に。なんとなく」
「えっと、勿論私は、モノノケは人と姿が異なるだけで心はちゃんとあると思いますよ?」
茉莉の返答に、真菜子は「そう」とだけ返した。二人の間で沈黙が流れる。茉莉は真菜子の様子が心配になって声をかけようとしたが、食い気味に真菜子が口を挟んだ。
「私ね、和泉刑事のことを愛してるんです。あの人は、石頭で独りぼっちだった私に優しくしてくださったから。この潰れた左目も、あの人が私を守ってくれた証」
そう言うと真菜子は自身の眼帯を撫でた。一方で、突然の愛の告白に、茉莉は頭が混乱していた。何故いま、その話題を持ち出すのか。茉莉には見当もつかなかったが、真菜子は続けた。
「愛しているから、和泉刑事を守りたいんです。モノノケ課は殉職率が高い。同僚も何人も入れ替わっています。和泉さんがそうなったら、私、耐えられない。あの人を死なせたくない。だから、あの人を、“私達”と同じ体にするために人魚が必要なんです」
そこまで言うと、真菜子は眼帯に手をかけてそれを一気に剥いだ。茉莉はそれを見て、目を丸くした。なんと真菜子の眼窩には潰れたはずの左目がきっちりと嵌まっていたのだ。そこで茉莉は全てを悟った。
真菜子は、人魚を食した身だと。
その途端、茉莉は背筋が震えあがり、後ずさった。
「じゃ、じゃあ、この前、ドローンに付けられた傷は?」
茉莉の震えた声に、真菜子は黙って袖を捲り上げた。案の定、そこには真っ白な傷一つない肌が広がっている。それに対し、茉莉は小さく悲鳴を上げた。真菜子は袖を元に戻すと、自嘲気味に笑った。
「驚いたでしょう?私、死ねない身なの。年も取れないしね。だって、東条真菜子は“道明寺輝彦の実の娘“で、八百の会・二十五代目教祖の不老不死者なんだから」
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