第13話 後ろの正面
「骸田さん、この墓地ですか?」
日没後の夜遅く、茉莉は骸田と共に阿弥陀市の公共墓地まで足を運んでいた。鴨や他の従業員はクラブの営業だ。しかし、彼女は出発前に鴨から口が酸っぱくなるほど、「危ないことはしないこと。」と釘を刺された。
懐中電灯片手の道で、茉莉は既に怯え切っていた。骸田が隣にいてくれるが、やはり怖いものは怖い。彼は「阿弥陀墓地」と書かれた看板を見て、頷いた。
「うん、ここだ。ダチが言うにはあの柳の木の近くに埋めていたらしいぜ。」
「分かりました。それじゃ、行きましょう。」
二人は暗い墓地の中をずんずんと進んでいった。すると墓地の隅に立つ柳が見えてきた。根元を見てみると、確かに凸凹している箇所が見られる。骸田は事前に持ってきていたシャベルを掲げた。
「そんじゃ、掘り起こすか。」
「えぇ、本当にやるんですか?」
茉莉は眉を八の字にした。しかし骸田はお構いなしに、シャベルを土に突き刺した。
「ここまで来たんだから。それに、犯人手がかりになるかもよ?」
「でも…。」
「おっと、ビンゴだな。」
「え?」
骸田がある程度掘り起こし、手を止めた。茉莉はゆっくりと地面を見つめた。
「嘘でしょ…。」
穴の中には、強い腐乱臭を放つ原型がとどめられていない小動物の遺骸があった。そのあまりの残虐な風景に、茉莉は胃から何かがこみ上げてきて、吐き出した。骸田は彼女の背をさすりながら、呟いた。
「奴さん、ひどいことするねぇ。化け猫事件と関係なくたって、犯人の面を拝んでみ
たいや。」
遺骸だらけの穴に呆気に取られている二人の元に、足音が聞こえた。
「まずい、近くの墓石に隠れよう!」
「は、はい!」
二人は素早く近場の墓石に身を隠した。そのとき、墓地の塀をよじ登ってコートを羽織った黒ずくめの人物が現れた。その手元には薄汚れた麻袋がある。
「は、犯人?」
「っし。」
茉莉は思わず口に出たが、骸田に遮られた。黒ずくめは袋を抱えて柳の元にやってきたが、掘り起こされた穴を見て呆然としていた。そして急いで辺りを見回すと、再び墓地の塀を登って去っていった。その瞬間フードが取れ、黒ずくめの顔が明らかになった。茉莉はチャンスだと思い、スマホを掲げてシャッターを押した。
「松田先生?」
黒ずくめの顔は眼鏡をかけた女で、紛れもなく今日図書室で会った松田である。松田が一連の犯行の張本人だったのだ。茉莉はシャッターが成功した瞬間、膝から崩れ落ちた。
「嘘!?松田先生が?」
「知り合い?」
「うちの学校の先生です!」
茉莉は動揺して、スマホに収めた写真を見つめた。やはり暗闇でもそれは松田だと確認できた。小動物虐殺事件の犯人がこんなにも身近な人物ということに、茉莉は驚愕した。そして同時に、本能から漏れ出る正義感がみなぎってきた。
「こうしちゃいられない!松田先生に問い詰めないと!」
「で、でも危険だよ!マスターにも言われてるだろ?それに化け猫事件とは無関係かもしれないし…。」
「だとしても、こんなこと見過ごせません!兎に角、私は明日この写真を持って松田先生に会いに行きます。マスターには黙っておいて下さい!」
「ま、茉莉ちゃん!」
茉莉はスマホを握りしめると、墓地の外に向かって歩き出した。その腹を括った背を見て、骸田はどうあがいても彼女を止められないと悟ったのだった。
墓地に訪れた晩、茉莉は帰宅後鴨たちには普段通りに接して、ただ黒ずくめの姿を見かけたとだけ報告した。そして、自室に戻り彼女は眠れない夜を過ごした。無理もない。見るも悍ましい光景を目にした後、それを母校の教員がしでかしたという事実に辟易していたのだ。
彼女にできるのはただ一つだ。松田に化け猫事件について問い詰めて、又三郎達の元に連行すること。茉莉の闘志は烈火の如く燃え盛っていた。
翌朝、茉莉はいつも通りに学校を終えた。決行は放課後である。今日は宮木も職員会議があり、邪魔者は誰もいない。ホームルーム終了の号令が聞こえたとき、茉莉は廊下に向かって走り出した。そのまま教室を後にし、職員室に向かう。僅かに戸を開けてそこを覗けば、パソコンを打つ松田の姿が見えた。
茉莉は彼女に話しかけ、二人だけで話したいと頼み込んだ。その願いは承諾され、二人は人気のない倉庫に移動した。
「それで、四辻さん?話って何?」
優しく話しかけてくる松田に、茉莉はスマホを取り出してその画面を見せた。
「これ、先生ですよね?」
「こ、これは…。」
松田は茉莉に見せられた写真に、目を見開いた。そこに写っているのは間違いなくコートで素顔を隠した松田である。彼女は倉庫の棚まで後ずさりした。
「し、知らない!私は何も知らない!」
「じゃあこれはどうやって説明がつくんですか!?毎晩、墓地で小動物達の死体を埋めてるのは先生ですよね?」
茉莉がそこまで言うと、松田は顔を覆って尻もちをついた。その顔は僅かに頷いており、茉莉は勝利を悟って笑みを浮かべた。
「17年前、二匹の猫を虐待して轢殺したことは覚えてますか?」
茉莉の問いに、松田はハッとして顔を上げた。
「それは本当に知らないわ!そのとき私は阿弥陀市に住んでたのよ?事件のことは知っているけど、決して私がやった訳じゃない!」
「嘘!?」
茉莉は愕然とした。松田の様子からでは、又三郎達の件とは無関係のようだ。やはり偶然で解決とはいかなかったか。茉莉が肩を落としたとき、松田が泣きながら彼女に縋った。
「許してぇ!お父さんが急病になってお金が必要だったの!そしたら“宮木先生”が報酬をやるから猫や鼠を集めて、その死体処理もしろってぇ!」
「宮木先生?」
急に出てきた担任の名に、茉莉は眉を震わせた。そこで彼女の脳裏に、昨日の教師たちのやりとりが蘇った。茉莉は松田の肩を掴んだ。
「宮木先生に命令されてやってるんですか?昨日の解剖書も?」
「ええ。小動物の解剖をしたいって、解剖書の調達もやらされていたの。あの人は頭がおかしいの!だって、趣味でそんなことやってるのよ?無実の猫ちゃん達をあんなひどい目に…。」
このとき、茉莉の中で宮木が犯人候補として旗を上げた。松田がいう、彼女の狂気的な趣味は又三郎達を殺害するには十分な動機である。加えて、ファーストネームである“京子”に「キーちゃん」というあだ名がついててもおかしくない。
そうと決まれば、茉莉の次のターゲットは宮木である。彼女は立ち上がると、倉庫のドアに手をかけた。去り際に、床にうずくまる松田に一声呼びかけた。
「松田先生、ちゃんと罪を償ってください。」
茉莉の言葉に、松田は呆然とすると何度も床の木目に向かって「ごめんなさい。」と繰り返したのだった。
全ての職員室を回ったが、結局宮木は見つけられなかった。諦めかけたとき、近くを通りかかった教師から「宮木は遅くまである職員会議に参加している。」と告げられた。
茉莉は尋問は明日にしようか迷ったが、今日決行しなければ気が収まらなかった。そこで彼女は宮木のデスクの引き出しから彼女の住所を見つけた。泥棒のような気がしたが、今は一刻を争うときである。茉莉は宮木の家に向かい、動物虐待の証拠を見つけようと決心した。
学校を飛び出し、宮木の自宅に向かう際茉莉の頭には鴨の顔がちらついて仕方がなかった。いま、彼女は危険な行為に及ぼうとしている。それは鴨の願いを裏切るかもしれないと考えると、どうしようもない罪悪感に駆られるのだ。モノノケの皆にも自分勝手な行動で申し訳なかった。
「ごめんなさい、マスター、みんな。」
茉莉は、宮木の一戸建ての賃貸に辿り着くとそう呟いた。外は既に黄昏を終えて、闇に潜りこもうとしている。当然玄関は開いておらず、彼女は家を回って窓を探った。すると高所にある小窓の隙間を見つけ、茉莉はそこによじ登って体を滑り込ませた。
窓に接していたのは廊下であり、住宅内は古き日本住宅という雰囲気を醸し出していた。そこで茉莉は急いで鼻を押さえた。異様な鉄臭さが鼻についたからだ。彼女は片手で鼻をつまみながら、スマホで家を撮影していった。そして異臭が強まる場所に歩み寄っていき、その出元が風呂場であると発見した。足元を見ればゴキブリや蛆虫が駆け抜けており、彼女は震えあがりながら、風呂のドアに手をかけて開放した。
「う、うへぁぁ!!」
茉莉はその途端、スマホを落して腰をぬかした。風呂場には大量の赤黒い液体が飛び散っており、何かの毛や歯がそこらにこびりついていた。間違いない、宮木は“黒”である。茉莉は急いで立ち上がり、踵を返そうとした。しかし、その瞬間頭部に激しい衝撃と痛みが襲った。
あまりの痛みに床に這いつくばり悶えたが、目の前を見上げるとそこには…。
「宮木せん、せい?」
そこには金づちを持った“宮木”が立っていた。
「どう、して?」
「今日は思ったより、会議が早く終わったの。丁度よかったわ!」
そのとき茉莉は朦朧とする意識のなか、満足そうに笑う宮木の姿を捉えて眠りに落ちたのだった。
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