第16話 ~第2章エピローグ~ どんな貴方だって  


 翌日から、阿弥陀高校から宮木と松田の姿は消えていた。両方とも、動物虐待の罪で自首をしたらしい。禁固刑を食らったようで、ニュースでも連日報道されていた。化け猫事件の噂も徐々に消えていき、阿弥陀市に平穏が舞い戻った。


 茉莉の日常にも平和が訪れ、彼女は今日もモノノケダンスフロアでせっせと働いている。


「うわぁーん、マスター。すみません!またお皿割っちゃいました。」


「給料から引いておくからな、ミス・マリ。」


「えぇ、ケチ…。」 


 割れた皿を掃きながら、茉莉が呟いた。鴨は彼女に小言に、じっと睨んだ。そのとき、お糸が歌謡ショーを終えてカウンターに戻ってきた。


「あぁー、喉がガラガラだよ。アンコール3回なんてどうかしてる。ウィスキー、一杯。」


「はい、かしこまりました!」


 茉莉は急いで、カウンターに回ってウィスキーのボトルを取り出した。それを眺めながら、お糸が口を開いた。


「ねぇ、マスターと二人で踊るって話、どうなった?」


「はぇ!?その話、まだ生きてたんですか?」


 茉莉の素っ頓狂な声に、鴨がぴしゃりと膝を叩いた。


「あ、しまった。色々あって忘れていたよ!いま踊るかい?ミス・マリ。」


「えぇ、いま?」 


 茉莉はボトルを持ってオロオロした。そこでお糸がボトルを奪い取ると、コルクを開けて一気飲みした。そして、酒臭い吐息を放つと言い放った。


「つべこべ言わずやんなさいよ。アタシ、もう疲れたから歌えないもーん。」


「よし、そうと決まればステージに上がるぞ!」


「えぇぇ!?」


 茉莉は鴨に手を引かれ、ステージに上りあがった。一気に客の視線が刺さり、茉莉は固唾を飲んでぎこちなく手を振った。お糸はマイクを持つと、高らかに言った。


「みなさまぁ!ショーはまだ終わりじゃありません!今から行われるのは、我らがマスターと新米娘・茉莉によるダンスショーでございます!さぁ、楽しみやがれってんだ!」


 そこで観客達から指笛や拍手の音が鳴った。奥に引っ込んでいたアッカや骸田も興味津々にステージに釘付けになっている。心臓が早鐘のように鳴るなか、店内には軽やかなエレクトロスウィングの曲が流れ始めた。


 ダンスが始まった。茉莉はなんとか曲に合わせてステップを取り、鴨にリードしてもらった。コインのように回り、翻り、仰け反り、タップして互いに見つめ合う。鴨との練習のおかげか、今の彼女には幾分か余裕が出ている。観客も二人の息の合ったダンスに歓声をあげていた。そこで、ふと茉莉の中でとある質問が浮かんできた。


「マスター。」


「なんだい?」


「マスターの人格の件、今なら教えてくれますか?」


「あぁ、そうだね…。ワタシは、“僕”は自分が嫌いだったんだ。」


「嫌い?」


 二人はダンスを続けながら、会話し合った。気のせいか鴨の口調も昼に戻っている。茉莉は鴨の言葉に訝しむと、彼は少しして語り出した。


「僕は、家族から否定されてきた弱くて、臆病で無力な自分が嫌いだったんだ。だから、自信満々で強気な自分を作ったんだよ。モノノケ達を導いていけるようなね。それが夜の僕さ。」


 鴨の人格変化は、彼自身の自己嫌悪によるものだったとは。茉莉はその真実に驚いたが、同時にそれを全て否定したくなった。


「マスターは、弱くなんかないです。」


「え?」


「あなたは弱くなんかありません!臆病でも無力でもないです!」


 茉莉の言葉に、鴨は呆然とした。彼女はステップを踏むと、今度は鴨を仰け反らせた。いつぞやの月夜の社交ダンスとは反対の位置である。茉莉は唖然とする上司に、強く言い放った。


「だって、あなたは自殺しか頭になかった私を救ってくれた!居場所を与えてくれた!それに、今もこうやってモノノケ達に笑顔を与えているじゃないですか!だから、マスターは本当は強くて、頼りになって、変人だけど、でもすっごく優しい人なんです!私は、“どんなマスターも大好きです!”」


 少女の言葉に、青年はハッとすると思わず顔を赤らめて手で覆った。茉莉は言ってやったと笑みを浮かべたが、次の瞬間には手を取られて間近にまで顔を寄せられた。急接近に驚く茉莉に、鴨はそっと耳元で囁いた。


「いまの言葉、向こう100年は忘れられないラブレターだね…。ありがとう。」


「向こう1000年は下らないですよ。」


 そうして二人は互いに顔を見合わせてクスクス笑うと、ダンスを続けた。夜が明けるまで、異形に見守られながら踊りあかしたのだ。ついでに、二人を見つめる六つの目があったとかないとか。


 モノノケ達に拠り所と絆をくれるモノノケダンスフロア。貴方も少し寄ってみませんか?

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