第21話 ナギサのお願い
「ほう、君はナギサというんだね?」
茉莉の呼び声に、一同は岩場に勢ぞろいした。大勢の他人が来て、ナギサは怯えた様子だったが、茉莉は「大丈夫」と声をかけてやった。そして自分が身に着けていたマントを、裸体であるナギサにかけてやった。
鴨はしゃがみ込んで、ナギサと同じ目線になった。次の瞬間には、彼女の前に手を差し出していた。それに対し、ナギサは笑みを浮かべて握手をした。
「よろしく、ミス・ナギサ!ワタシの名は鴨公宏。君達のようなモノノケのために、慈善活動のようなことをやっている人間だよ。」
「ジゼンカツドウ?」
「マスターは、モノノケ達の居場所を作るためにダンスクラブを経営しているの」
「ダンス!?」
茉莉の補足説明に、ナギサは目を輝かせた。
「ワタシ、ダンス気になりまーす!死んだママが言ってタ!人間は毎晩、ナポレオンフィッシュみたいなキレーなドレスで舞踏会を開いてルンデショ?」
「うーん、毎晩ではないかなぁ」
茉莉は苦笑した。ナギサはいつの話をしているのだろう、まさか中世の頃から生きているのだろうか。そこでナギサはぐいぐいと茉莉に近づいた。
「ワタシ、ニッポン、あこがれてマース!ニッポンは、キレーな建物や面白いイベントたくさんあるって聞いて、やってきマシタ!ぜひとも、ニッポンを紹介シテホシイデース!ねぇ、いいでショ?」
ナギサは両手を胸の上で組んで、潤んだ瞳をした。つまり彼女は、日本の観光案内をしてほしいということだ。茉莉はいい考えだと思った。モノノケダンスフロアの任務は、浜辺の監視に加えて、人魚の保護である。ナギサに不快な思いをせず、陸にいてもらうには十分な理由であった。鴨も同じことを考えていたようで、口元に笑みを浮かべている。茉莉はナギサの手を握った。
「うん、勿論だよ。私達でよければ、色んなもの紹介してあげるね」
茉莉の言葉に、ナギサは幼子のように顔をほころばせた。その様子に、モノノケダンスフロアのメンバーは皆、はにかんだ。真菜子を除いて。
「では、この人魚を保護するということで決まりですね?」
真菜子は相変わらずの無表情で尋ねた。鴨はそれに頷いた。
「ああ、うちのビルで匿うよ。」
「でも、この子、どうやって運ぶんだい?ねぇ、アンタ、人間に擬態できるのかい?」
お糸の問いに、ナギサはぶんぶんと首を横に振った。
「できまセーン……。ワタシ、もともと力が弱くて、人間も短くしかなれまセン。それに、ニッポンに来るまでに力全部使い果たしちゃいまシタ!」
「オーマイガー!皆でナギサ姉ちゃん抱えなくちゃいけないの!?」
アッカが素っ頓狂な声を挙げると、その場にいた潮島がはっとして手を叩いた。
「そうだ、うちに生簀があるから、それを使いなよ。」
「それだ!」
骸田は指パッチをして、彼を指さした。それから潮島の海の家から巨大な生簀を持ち出し、ナギサを運ぶことになった。彼女は運よく普通の成人女性の体格であったため、ぴったりとガラスに収まり、鴨のワゴン車でビルまで輸送した。しかし、そのせいで数人乗れなくなり、お糸と骸田は走って帰ることになった。
助手席のミラー越しから鬼の形相で爆走してくる二匹に、茉莉はたまらず吹き出したのだった。
※
モノノケビルにやってきたナギサは地下のスタッフルームで匿われることになった。元々広い部屋だったが、今では彼女の水槽で半分は埋め尽くされている。鴨はナギサの世話役として茉莉を任命し、彼女もダンスフロアの仕事は休み、代わりにナギサの傍につくようになった。真菜子も護衛としてスタッフルームに常駐している。
ナギサは日本という新天地に胸が躍っていたが、次第に外に出してもらえない状況に顔をしかめるようになった。茉莉もスマホや雑誌で日本について教えてやっていたが、ナギサも飽きてきていると察するようになった。
「マリ、今日は何をショーカイしてくれるノ?」
「今日はね、日本の季節の風景とか見せてあげるよ」
「まーた?」
ナギサは水槽のふちで項垂れた。
「お話もシャシンもいいケド、ワタシ、ジッサイに日本を見てミタイ!」
「ごめんね、それは難しいかな……」
茉莉は手に持った写真集を握って、目を背けた。八百の会が活動中のいま、ナギサを不用意に外に出してしまえば、何が起こるか分からない。彼女には悪いが、狭い水槽で日本を見てもらうしかないのだ。茉莉の返答に、ナギサは頬を膨らませた。
「マリ、約束シタ。なんでも、ショーカイするって。ワタシ、外ミタイ!日本ミタイ!」
水を叩いて駄々をこねるナギサに、茉莉はおろおろした。参った。これではナギサとの良好な関係に傷がつく。彼女には八百の会が逮捕されるまで、ここに滞在してもらわないといけないのに。
茉莉は暫く考えた挙句、あるアイデアが浮かんだ。そして、それをナギサに耳打ちした。
「じゃあこれはどう?__」
「__フムフム、ソレイーね!」
ぱっと顔を輝かせたナギサに、茉莉は微笑むと、早速一階のクリーピーに駆け込んだ。そこにはコーヒーを飲んで一息つく真菜子と、昼の鴨がいた。茉莉は早速、鴨に自作の名案を話した。
「ダメだよ」
鴨は眉をしかめた。茉莉はそこを何とか、と彼に拝むポーズを取った。しかし鴨は首を横に振った。
「ナギサちゃんに人間の格好をさせて、街中を観光させるなんて……。何かあったらどうするんだい?」
これが茉莉の名案であった。人間に擬態できないナギサに、人間とカモフラージュさせて阿弥陀市を紹介してあげる。これしか彼女の不満を取り除く方法はないのだ。しかし、鴨の言うことも最もだ。もし八百の会にナギサの正体がバレたら、茉莉と彼女の身が危ない。道中、襲われる可能性もあるのだ。いや、待てよ。
茉莉はそこでハッとした。身近にれっきとした護衛人がいるではないか。茉莉は、カウンターに座る真菜子を指さした。
「だったら東条さんに、付いてきてもらうのはどうですか?」
「はぁ?何で私が?」
真菜子は不機嫌そうに、席を立った。茉莉は彼女の剣幕に一瞬怯んだが、構わず続けた。
「東条さん強いから、きっと八百の会が来たって大丈夫ですよ!それに、ナギサちゃんは外に出たくて仕方ないらしいんです。外の空気を吸わせてあげるってことで、どうでしょう?ほら、モノノケにもリフレッシュは大事でしょう?」
茉莉が捲し立てると、鴨も観念したのか溜息をついた。そして真菜子の方を見つめた。
「東条さん、申し訳ありませんが、二人の観光に付き添ってもらっても構いませんか?ナギサちゃん、大分ストレスが溜まっているらしくて……」
鴨の訴えかけるような視線に、真菜子は頭を抱えた。
「あぁもう、分かりましたよ。行きますよ。その代わり……」
そこで真菜子は胸元から短刀を抜き取り、首に掲げた。
「目立つ行動をしたら、承知しませんよ?」
鋭い視線と照る刃に、茉莉は生唾を飲んで頷いた。鴨もやれやれと首を振ったのだった。
見事、ナギサの観光計画は決まり、彼女は人間の格好をさせられることになった。茉莉は自室から持ち込んだ丈の長い花柄のワンピースをナギサに着せて、彼女の尾を隠せるようにした。鴨は、近くの老人ホームから車椅子を借りてナギサが移動できるようにした。飲み物や帽子の準備ができると、三人はモノノケビルの外に出た。
久しぶりの大空を、ナギサは嬉しそうに見つめた。茉莉はそれに微笑むと、鴨に向かって敬礼のポーズを取った。
「では行ってきます!マスター!」
「行ってらっしゃい。気を付けてね。東条さん、二人を頼みます。」
「善処はしますよ。」
真菜子はそう言うと、鼻を鳴らした。茉莉はナギサに向かって頷くと、車椅子を押して歩き始めた。こうして三人の阿弥陀市観光が始まったのだった。
その様子を一体のドローン機が青空から眺めているとも知らずに。
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