第37話 突撃!呪いの人形ハウス


「汚らしい」


「お前なんかどっか行け」


「うちに来るんじゃないよ! 醜い小娘!」


 私は人間に生み出された。この長い舌も、汚い所が大好きなのも、全ておとうさんとおかあさんであるヒトによって生み出されたもの。なのに、なのに、どうして?……


『どうして、アッカをひとりぼっちにするの?』







  ※








「ねぇ、アッカちゃん! バイトって何してるの!?いい加減に教えて!」

 

 阿弥陀市を駆け巡りながら、茉莉は肩で息をしてアッカに聞いた。彼女の方はこちらを一瞥することもなく、そのまま茉莉をグイグイと引っ張った。


「来れば分かるって! ほら、あそこだよ!」


 アッカは足を止めると住宅街の一角を指さした。茉莉は落ちてくる汗を拭って、顔を上げた。そこには新築なお洒落な家々から浮いている古い日本家屋が建っていた。どうやら廃墟のようで、雑草が生い茂って朽ちている様子は住宅街の景観を害していた。


「あの廃墟が、どうかしたの?」


「廃墟じゃないよ! ちゃんと”住人”はいるんだからね!」

 

 そう言うとアッカは割れた玄関のガラス戸を軽快に叩いた。すると、まもなくして戸がそっと開けられた。


「いらっしゃい」


 出てきたのは艶のある髪を腰まで伸ばし、前髪が鼻の頭まで届く少女であった。少女はアッカと同じくらいの背丈で、白粉を塗ったような肌の上には椿の模様が描かれた可愛らしい着物を身にまとっている。どうして、こんな廃墟に女の子が?

 茉莉が首を傾げていると、アッカと世間話をしていた少女が彼女の姿に気づいた。


「あら、アッカのお知り合い?」


「うん! このヒトは、アッカの友達で仲間の茉莉姉ちゃん! 私達が見える人間なんだよ!」


 私達、ということは少女も人ならざる存在なのだろう。茉莉は少女に対しての大体の見当をつけたところで、ハッとして前へ進み出た。


「あ、あの! 四辻茉莉です! アッカちゃんとは同じ職場で働いてます!」


「茉莉ちゃん、ね。人間のお客さんなんて久し振りだわぁ! 私は椿、よろしくね」


 椿は姿の割には大人びた声音と口調で、茉莉に手を差し出して握手を迫った。彼女も快くその手を握ったが、そのときであった。


「うへぁぁぁぁ! 髪がぁぁぁ!」


 なんと茉莉が握手をした途端、椿の髪が一気に足元まで伸びたのだ。艶めいた髪が手に少々かかり、茉莉は青白くなって後ずさった。しかしアッカと椿はなんてことない風に落ち着いていた。


「あらぁ、また発作が」


「今回は随分伸びたね! 最高記録じゃない?」


「ふ、二人とも! これは一体どういうことなんですか!?」


 茉莉は隣家の塀に身を隠し、顔を覗かせた。その怯え様に、アッカは軽く笑った。


「全くもうビビりなんだから! 椿ちゃんは”呪いの人形”なんだよ! ほっとくと髪がすぐ伸びちゃうから大変なの!」


 呪いの人形? 確か心霊系の番組で頻繁に特集されているネタだ。髪が伸びるだとか、丑三つ時に動き出すとか。握手した際の陶器の如き触感から勘付いていたが、まさかモノノケ界隈にも呪いの人形が存在していたとは。

 そのときアッカの後に続いて椿が口を開いた。


「そうなのよぉ! すぐ伸びちゃうから延々に切り続けなくちゃいけない! ほら見てよ、この家の惨状を!」


 椿はそう言うと茉莉に手招きをして、玄関戸を一気に開けた。茉莉が恐る恐る覗くと、あっと口を開けた。なんと廃墟の中身一体が真っ黒な髪の毛で覆いつくされていたからだ。褪せた畳も、果てには障子の縁にまでびっしりと毛髪がかかっている。

 唖然とする茉莉に対して、アッカがぽんと己の胸を叩いた。


「そう、このアッカの裏の顔はモノノケ達の掃除屋だよ! 古今東西、呼ばれたら何でもピカピカにしちゃう!」


「ってことは、まさか今からここを……」


「勿論お掃除するよ! さ、突っ立ってないで来るんだよ!」


 有無を言わさず呪いの人形屋敷に連行される茉莉だったが、助けを求め振り返っても椿がこちらに微笑むだけであった。



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モノノケダンスフロア 渋谷滄溟 @rererefa

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