第29話 熱と古傷とほんの少しの瘦せ我慢
「うちの馬鹿が、ほんまにすまんな」
荒らされたモノノケダンスフロア。踏み散らかされて汚されたレッドカーペットを見て、和泉が呟いた。彼の前には、腹部に包帯を巻いてカウンターにがっくりと腰を下ろす鴨がいた。彼は負傷箇所を押さえながら、ひらひらと手を振った。
「ミスター・和泉、気を落すな。こうなることは誰にも予測できなかった。ミス・マナコが八百の会の親玉だったなんてな」
襲撃のあと、心臓発作を起こした新田は病院に搬送され、鴨は腹部を自分で手当をした後に和泉を呼んだ。店に飛び込んできたとき、彼は息絶え絶えで真っ青であった。それから彼に全てを話すと、悔しそうに拳を壁にぶつけた。
「くっそ、あんなに近くにおったのに今まで気付かんかったなんて……。俺は刑事失格や!」
顔をしかめて拳を握りしめる彼を、鴨は一瞥すると横にいたお糸に声をかけた。彼女は落ち着かない様子で煙管を吸い続けている。
「お糸さん、新田さんの容体はどうだ?」
「骸田が傍についているけど、危篤だって。ショックとか、元々の持病とかでもう長くなかったらしいけど、今夜持つかもわからないんだって」
「そうか……。」
お糸の報告に、鴨は下唇を噛んで頭を抱えた。
「ミス・マリも、アッカも行方不明。ナギサちゃんも生きているか……。一体、どうすればいいっていうんだ!」
そう嘆くと鴨はカウンターを強く叩いた。その瞬間、和泉はハッとした。
「完全に行方不明、っちゅう訳やない」
「どういう意味だい?」
お糸が眉をひそめた。
「俺が八百の会を捜査しとる中で、奴らのアジトらしき物件をいくつか絞り込んだんや。その中で有力やったのが、“阿弥陀市教会”」
「阿弥陀市教会?あの廃墟がか?」
鴨は新情報に目を見張った。和泉はそのとき、自信ありげに頷いた。
「おん。なんでもあそこは一目のつかん竹林の中にあって八百の会も活動しやすい。それに付近の住民からは不審者情報が何件も報告されとる。俺はあそこが黒やと思う」
「なら、決まりだな」
鴨は和泉を信じると、カウンターからよろよろと立ち上がった。その肩をお糸の蜘蛛足が支えた。
「ちょいと、お前さん。そんな成りでカチコミに行くのかい?」
「当然だ」
鴨は彼女に笑いかけた。
「大切な部下と、無実のモノノケが攫われたんだぞ。このワタシが動かないでどうするんだ?」
そう言うと彼はお糸に構わず、歩を進めてカウンターを周って酒棚まで来た。お糸はもう彼に何を言っても無駄だと首を振った。和泉は鴨がこれから何をするのか気になって覗き込んだ。
次の瞬間、鴨は酒棚の一番隅にある酒瓶を右に動かした。その瞬間、重たい二つの酒棚が両方向に向かって囂々と動き出した。ある程度開門したところで酒棚は動きを止め、奥からは狭い個室が姿を現した。個室には店の飾り道具などのガラクタが床に置かれていたが、その突き当りには台座があり、そこには長い黒箱が鎮座していた。
鴨はゆっくりと黒箱に近づいていき、それを手に取った。
「やれやれ、あんまりこれを使いたくなかったんだがな。どうにも”古傷”がしゃしゃり出てきて、叶わん」
独り言のように鴨は呟くと、一気に黒箱を取っ払って中のものを取り出した。
「か、刀やて!?」
和泉は二、三度瞬きをした。鴨の手に握られていたのは、黒い鞘と金色の布が巻かれた柄を持つ一本の刀である。彼は職業病か、銃刀法違反について問いただしたくなったが、今は一刻を争うときであった。
「鴨さん、あんた、戦えるんか?」
和泉の問いに、鴨は一度頷いた。彼は鞘から煌めく刀身を振るってみると、和泉に向き直った。
「ミスター・和泉、貴殿は不老不死者を倒す方法は知っているか?」
そこで和泉は顎に手を当てて考え込んだ。
「うーんと。俺らもいま模索中やねん。聞けば、あいつら不老不死の薬作って信者をじゃんじゃん無敵にさせようとしとるらしいし。そんなのに、対抗する方法は……。一つある」
「ほう?」
「熱や」
和泉は格好つけて指を鳴らした。そして自身の胸元から煙草に使うライターを取り出して、火を付けてみせた。
「奴らの健康長寿の秘訣は体内に取り込んだ人魚の酵素の働きや。酵素はタンパク質で出来とるさかい、熱に当たればその力は失われる。つまり奴らを燃やすことで無力化が可能ってこと。ただし、奴らに限っては難点がある」
そう言うと、和泉はライターの火を消した。
「あいつらが地球上で発せられる熱で倒せるかや。モノノケ課の研究部は、人魚の酵素を研究しとってな、その経過報告によると焼けた鉄や溶岩でも酵素を破壊できひんかったらしい。つまり、もう宇宙にでも飛ばして太陽にでも焼いてもらうしか方法はない」
「それだ!」
鴨は閃いた顔で、和泉を指さした。一方で和泉の方は唖然とした。
「それって、ほんまにお空にぶっ飛ばすんか!?あんたがナサのコネでも持っとるとでも__」
「いいや、そんなもの利用しなくたって、もっと簡単に空への片道切符を手にすることができる伝手がある」
そう言うと彼は不敵な笑みを零した。正気を疑う和泉の横で、お糸は「いつものマスター」だとどこか安堵して煙管の煙を吐きだした。
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