第18話 パフォーマンス練習と二人三脚
今日はグランドで体育祭の練習ができる日だ。
教室では何人かのグループに分かれての練習しかできないが、グランドや体育館の練習では全体練習ができる。全員での合わせや、移動を伴う動きはこういう機会でしか試せないので重要だ。
「今日は、うまくやれそうな気がする」
「おっ、高居君、やる気出してるじゃん」
誰かに言ったつもりではなかったが、俺のつぶやきを聞き取った三間坂さんが近づいてきた。
ちょっと今のを聞かれたのは恥ずかしいかもしれない。耳がいいな、三間坂さん。
前に動画を撮り合った練習の後も、何度か三人で残って練習を重ね、自分で言うのもなんだけど、劣等生の俺のパフォーマンスもなんとか人並くらいにはなってきている。
付き合ってくれた三間坂さんと一ノ瀬さんには感謝しかない。
それと、二人と一緒に踊る動画がいっぱい溜まってきたのは、なかなかに嬉しい。2ショット写真を撮る機会は今後生まれるかもしれないが、二人で同じ振り付けで踊る動画なんて、この体育祭が終わったら、おそらく二度と撮ることはできないだろう。そういう意味では、超貴重な2ショット動画ということになる。
「俺がちゃんと動けるようになったのは、三間坂さんと一ノ瀬さんのおかげだよ」
「お、嬉しいことを言ってくれますね~」
三間坂さんはちょっと嬉しそうに笑ってくれた。覚えの悪い教え子の成長を見るような先生の気持ちなんだろうか?
前回のグランド練習では、俺はなかなかうまくいかなかったけど、今日は成長したところを三間坂さんに見せられるかもしれない。
そうやって俺は気合を入れたんだけど、練習を開始する前に、3年生の先輩から、パフォーマンスの変更点が告げられた。
生徒による手作りパフォーマンスであるため、小さな振り付けの変更は今までも何度かあった。しかし、今回の変更点は今までに比べて大きい。
今までのラストは、市民側の女子達が勝利のポーズ、貴族側の男子達が膝をつく敗北のポーズで締めていたのだが、その後に別に動きが丸々追加されることになったのだ。
当初のラストの時点では、振り付け動作をするために広く広がっているのだが、そこから全員が一箇所に集まってしゃがみ、隠し持っていた布を、男女ペアが端と端を持って頭上に広げるという動きが追加された。その布は3色に色分けされ、上から見ればフランス国旗に見えるという寸法だ。
革命により市民側が勝って終わりではなく、その後に共に手を取り合って新しい世界を作るというメッセージをそこに込めているという話だった。
テーマに即して考えれば、この変更はとてもいいことだと思う。
だけど、実際にパフォーマンスをするとなれば、単純に喜ぶわけにはいかない。もともと決まっている曲の長さの中に強引に新しい動きを入れ込んだため、時間が結構シビアなのだ。全員が国旗をつくれるような隊形にすぐに集まって座り、それまで見えないように隠していた布を取り出して、男女ペアで一斉に上に掲げる。それだけのことを、息を合わせてやらねばならない。
「この段階で新しいことをするのはなかなか厳しいな」
「でも、単に動きで見せるだけじゃなくてアイデアで勝負するみたいでいいと思わない? 見ている人にもインパクトあると思うし」
先輩からの説明を聞いても、俺と違って三間坂さんはやる気に満ちていた。
なんというか、こっちも負けてられないなって思えてくるな。
そして、変更を加えた後の練習が始まった。
今回は、その追加の動きを中心に練習していくことになった。
移動を伴うので、グラウンドでしかこの練習はできない。ここである程度形にしておかないといけないのだ。
だけど、実際にやってみると、なかなかうまく全員で合わせられず、ネックとなる点が見えてきた。
まずは最初の移動。距離が人によって違うから、遠いところから駆け付けるペアが特に大変。集合場所に近いところにいる人も、彼らが先に正しい位置につかないと、遠くから来る人に影響するため決して余裕があるわけではない。
俺と三間坂さんは、ラストの移動前には、ちょっと遠い位置にいることになる。そのため、結構急いで集まる必要があるし、大変だと俺は思っていた。
だけど、実際にやってみたら、他の人と違って、俺自身は割と余裕だった。
立ち位置的に三間坂さんの方が集合場所に近いため、俺は三間坂さんを追いかけてその隣に座ることになるんだが、その三間坂さんの動きが的確だった。
俺を先導するかのように目標地点にびしっと向かって進んでくれて、座るべき位置にぱっと座ってくれる。俺は三間坂さんの後を追いかけて、その隣に座るだけでよかった。
座る位置でまごまごしているほかの人達とはじつに対照的だった。
また、布を隠し持つのは女子の方の役目で、女子がそれを取り出した後、男子はその片方の端を持つことになる。ここで女子が取り出すのに手間取ると、次の掲げる動きに間に合わない。ここでうまくいかずタイミングを逸するペアが割と多い。
ただ、これに関しても、俺は特に問題なかった。
ペアの三間坂さんが、手際よくパッと布の端をこっちに出してくれるので、余裕をもって次の掲げる動きに備えられている。
周りの揚げるのに遅れる人達を見るたびに、俺のペアが三間坂さんで良かったと何度思ったことか。
ただし、一ノ瀬さんは結構苦戦しているようだった。ちらっと何度か視線を向けていたのだが、もたついてる姿を何度か見かけていた。
「……一ノ瀬さんのこと気になる?」
俺が一ノ瀬さんのことを見ているのに気づいたのか、練習中に三間坂さんが話しかけて来た。
「ちょっと手間取っている感じだったから……」
「一ノ瀬さんは結構おっとりしてるからね。
「そうなんだ……」
全体的なパフォーマンスを見れば俺の方が、問題が多いはずなのに、俺はつい一ノ瀬さんのことを心配してしまう。
「今度、私がアドバイスしておくよ」
心配する俺を見かねたからというわけではないだろうが、三間坂さんはそんなことを言ってくれた。三間坂さんがアドバイスしてくれるのなら、一ノ瀬さんもなんとかコツとか掴んでくれそうな気がする。俺のパフォーマンスも三間坂さんのおかげでずいぶん改善しているし、三間坂さんは人にアドバイスするのが結構うまい。
追加パフォーマンスでの残ったネックとなる箇所は、最後の一斉に布を掲げる動きのところだが、ここで重要なのはタイミングと、ペアの息の合わせ具合だ。余裕をもって布を構えられれば、タイミングを合わせるのはそれほど難しくはない。
結局大事なのは、最初の移動の動きと、女子の布の出し方なんだと、何度も繰り返す中で俺は感じていた。
今までのパフォーマンスでは劣等生だった俺だったけど、今回の追加の動きに関しては、ほぼミスなく布を掲げる動きができた。
まぁ、ほとんど三間坂さんのおかげではあったが。
「三間坂さんのおかげですごくやりやすかったよ」
全体練習が終わると、俺はすぐに三間坂さんに礼を言った。
俺は3人の自主練習の時に三間坂さんから褒められた嬉しさを今も覚えている。それを少しでも三間坂さんに返したいと思っていたから、照れもせずに素直にお礼を口にするこことができた。
「そう? 私は普通にやってるだけだけどね」
言葉は別に何も感じていない風だったけど、三間坂さんの顔はいつになく嬉しそうに笑っていた。それが俺にはなんだか嬉しかった。
「それより、この後はグランドを使った練習ができるし、二人三脚の練習をしない?」
照れ隠しというわけではないだろうが、三間坂さんにそんな提案をしてきた。
グランドを使える機会は貴重だ。パフォーマンスの練習だけでなく、グラウンドを使ってしかできない競技練習の貴重な機会でもあった。リレーメンバーなどはバトン練習のために呼び集められている。
二人三脚も、教室では狭すぎて練習できないので、このグランド練習は数少ない練習機会だ。
「そうだね。ぶっつけ本番はきついし、練習しておこうか」
「じゃあ、一ノ瀬さんにも声かけるね。仙石君が来るまで、代わりに一ノ瀬さんの練習相手になれるかもよ」
「――――!?」
三間坂さんの言葉に、俺の心臓はひと際激しく震えた。
一ノ瀬さんと二人三脚、それは俺が期待していたのに夢破れた共同作業だ。本番ではペアを組めないとしても、練習だけでもそれができるとなったらとても嬉しい。
仙石君のパフォーマンスは「応援」のため、俺達とは別行動中。パフォーマンス練習の予定時間は過ぎているのに、応援の方はまだ練習を続けていた。向こうも一緒に終わらないと競技練習に移れないからよくないことなんだけど、今回ばかりはちょっと嬉しい。もっと応援練習を続けてくれと思ってしまう。
「邪魔にならないように端の方で練習しようか。一ノ瀬さんに声かかけてくるから先に行ってて」
「じゃあ、僕が足にくくる紐を借りてくるよ」
「ありがと! よろしくね」
俺は一ノ瀬さんへの誘いを三間坂さんに任せ、足を弾ませながら体育用具室に紐を取りに向かった。
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