第17話 パフォーマンス練習

 体育祭までは、午後の授業時間に体育祭の練習時間が当てられる。

 この時間は各クラスの3年生が中心となり、生徒だけにる活動の時間だ。

 体育祭に向けては、個別の競技の練習も必要だが、なにより練習時間が必要なのは、パフォーマンスの「オリジナル」と「応援」だった。

 俺はこのオリジナルというものは、音楽にあわせてアイドルの振り付けをみんなでするようなイメージを持っていたのだが、どうもそう簡単なものではなかった。

 まずどういうテーマでパフォーマンを行うのか生徒が自分達で考え、それを表現するためにどんな音楽を使い、どういう動きをするのか、隊列、その動き、振り付けを全部自分達で考えなければならない。

 もっとも、さすがに初めて体育祭を経験する1年生がいきなりそんなことできるはずもなく、そのあたりのことは3年生がすでに決めてくれていた。1,2年生はその3年生の指示に従って練習をしていくことになる。


 今回の俺達7組のオリジナルのテーマはフランス革命。使用曲はハチャトゥリアンの「剣の舞」。フランス革命とは関係のない曲だが、剣と剣を激しく合わせるようなあの曲は、革命とイメージに合うように思う。

 その音楽に合わせて1~3年生合わせて60人ほどの生徒が、3分間、グラウンドでフランス革命をテーマにしたパフォーマンスを行うことになる。そのパフォーマンスでの振り付けなどを、1,2年生の前で、3年生が見せてくれている。


「まじか……」


 音楽に合わせて一通りの動きを見せてくれた3年生を見て、俺は思わずそう呟いていた。

 剣で斬るような動きを中心とした振り付けで、ダンスグループの動きにも匹敵するような格好良さがあった。何もないところからよくこんなの考えたものだと感服する。だけど、それ以上に、自分がこれをやらないといけないと思うと、今からぞっとする。


「凄いね、イイ感じだね!」


 隣に座って3年生の動きを見ていた三間坂さんがキラキラした顔を向けてきた。

 三間坂さんはそういう感想なのね。余裕がありそうでうらやましい……。


「僕はちゃんと覚えられるか心配だよ」

「大丈夫大丈夫。なんなら練習にも付き合ってあげてもいいよ」


 三間坂さんにそう言われると、負けてられないって気持ちがわいてくる。

 俺の方がうまくなって、三間坂に教える立場になってやる!


 こうして、オリジナルの練習の日々が始まった。

 始まったわけだが、同じように教えられてもその習熟度は人によって差があるわけで……。


「高居君、また遅れてるよ!」


 指導役の三年生の声が飛んできた。

 練習の日々を重ねて、皆一通り振り付けを覚えて、今日も教室の中で3年生の指導のもと練習をしている。本番はグラウンドで行われるが、全クラスが同時に練習するスペースがあるわけがない。グラウンドや体育館を使っての練習は割り当てが決まっていて、なかなか回ってこない。そのため、基本的には教室での練習がメインとなってしまう。

 そんな中、俺はなかなかに劣等生だった。だいたい注意されるのは3人ほど。その内の一人が俺だった。


「すいません」


 謝罪の言葉を口にするが、動きに遅れが生じたのは決して悪気があってのことではない。多分、俺にはリズム感というのが人より劣っているのだろう。音楽に合わせて体を動かすのだが、そのタイミングがいまいちわからない。


「そろそろ時間ね。今日の練習はここまでにするわ。みんな、また明日よろしくね」


 3年生の先輩女子から練習の終了が告げられると、みんなほっとした顔をしてそれぞれに自分の教室へと戻っていく。

 だが、俺の心は晴れない。自分が足を引っ張っているのがわかっているから。


 ……ちょっと自主練習でもしようかな。


 ここは普段空き教室だから、しばらく残っていても問題はない。

 俺は教室の端の方にいき、自分なりに振り付けの動きを振り返り始めた。

 音楽はないのでリズムに合わせることはできないけど、せめて振り付けくらいは自信が持てるようにしたい。そうすれば、音楽を聞く余裕も出てくるかもしれないし。


「高居君、自主練習?」


 俺がそうやって一人で練習をし始めたところで、三間坂さんが声をかけてきた。

 7組の今回のオリジナルでは、女子がフランス革命における市民側、男子が貴族側として設定されていて、基本的な振り付けは同じだが、ところどころの決めボーズのようなものが異なっている。なんの因果か、隊列の中で、三間坂さんは俺の隣の立ち位置になっているのだが、素人目に見ても三間坂さんの振り付けはキレがあって惚れ惚れするほどだった。そのせいで、隣の俺の下手さが目立つようで、俺としては心苦しいことこの上ない。


「まぁ、みんなに迷惑かけないようにしたいからな」

「じゃあ、私も練習に付き合うよ。私も自分の中でちょっと納得いってない部分があるから」


 ちょっと待ってくれ三間坂さん。

 三間坂さんのあのパフォーマンスで納得いってないというのなら、俺の動きなんてどうなるんだ?


「いや、でも、俺と三間坂さんじゃ振り付けのレベルが違うし……」

「でも、隣同士だし、私達の動きが合ってないと綺麗に見えないから、息を合わせる練習も必要じゃない?」


 確かに三間坂さんの言うとおり、隣同士の男女はペアのような動きになる。自分の動きだけじゃなく、ペアとして見た時の動きがどうなのかっていうのは重要かもしれない。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「オッケー! ……あ、一ノ瀬さん、申し訳ないんだけど、ちょっと動画撮ってくれないかな?」


 はぁ!?

 三間坂さんが急に、まだこの教室に残っていた一ノ瀬さんに声をかけた。

 いやいや、もう放課後なんだし、一ノ瀬さんに迷惑なんてかけちゃダメじゃないか!


「うん、いいよ」


 三間坂さんのお願いを、一ノ瀬さんは嫌な顔一つ引き受けていた。

 天使だ……。


「じゃあ、音楽流すね」


 三間坂さんはスマホを操作して、剣の舞を流し始めた。

 無音で練習を始めていた俺と違って、三間坂さんは剣の舞を事前にダウンロードしていたようだ。そんな用意までしてるとは、三間坂さん、やるな!

 一ノ瀬さんのスマホのレンズを向けられたまま、俺と三間坂さんはパフォーマンスを始めた。


 ……しかし、スマホで撮られてる中で踊るのって、すごく恥ずかしくて緊張するんだな。

 ただでさえ下手な俺のパフォーマンスは、さらに低レベルのものになっていた気がする。

 やがて曲が終わり、パフォーマンスも終了するが、踊り終わった俺は自分の不甲斐なさに少し落ち込んでしまう。


「ライングループ作ったよ。二人とも入って」


 パフォーマンスが終わっても元気いっぱいの三間坂さんから、ライングループの招待が届いた。

 それは「7組オリジナル」という名前のグループだった。俺は三間坂さんに言われた通りすぐにそのグループに入ると、続いて一ノ瀬さんも入ってきた。

 これって、俺と一ノ瀬さんの三間坂さんだけのライングループってことだよな……。なんだろ、妙にソワソワしてしまう。


「一ノ瀬さん、ラインに今の動画送って」

「うん」


 このグループでの記念すべき最初の投稿は、誰かのメッセージではなく、一ノ瀬さんから送られた俺と三間坂さんのパフォーマンス動画になってしまった。

 でも、これはこれでいいのかもしれない。

 俺はその動画を再生する。


 …………


 …………

 …………


 …………

 …………

 …………


 ……この動画をこの世から消し去りたい。

 三間坂さんの動きは静と動とのメリハリが効いている上に、指先や足先までしっかり伸びている。それに比べて、俺の動きなんだ? やる気さえ疑ってしまうような動きじゃないか。三間坂さんと対比すると、そのひどさが余計際立つ。リズムの問題もあるかもしれないけど、動きの質というものはもっと大事なのだと痛感させられる。


「そうだねぇ、高居君は――」


 動画を見ながら、三間坂さんが色々と注意すべき事項を上げていってくれた。今俺が気づいたことはもちろんだが、俺が見落としているというか、そもそも気にもしてなかった点も的確に指摘してくれた。

 なんなんだ、この人は!? 三年の先輩よりも凄いんじゃないのか?


「ねぇ、三間坂さん。私も動きをチェックしてもらいたいんだけど……」


 動画撮影に協力してくれた一ノ瀬さんがおそるおそるといった感じで言ってきた。

 さっきの練習中、一ノ瀬さんのパフォーマンスをチラチラ見ていたが、正直一ノ瀬さんはあまりうまくない。下手くそ3人に入るほどではないけど、平均よりはちょっと落ちるだろう。

 今の俺に対する三間坂さんの指摘を聞いて、一ノ瀬さんもアドバイスをもらいたいと思ったのだろう。その気持ちは、よくわかる。


「オッケー。じゃあ、高居君、今度は一ノ瀬さんと踊ってみて」

「え、僕も?」

「二人ペアでやったほうが動きの合わせ具合のチェックができるからね。今度は私が言ったことに注意してやってみてね」

「……わかった」


 一ノ瀬さんと一緒にパフォーマンスか……急にドキドキしてきたぞ。

 本来なら一ノ瀬さんは2年生の先輩とペアになる。その代わりが果たせるように頑張らないとな。


 ……などと気合を入れて踊ってみたが、隣の一ノ瀬さんを意識しすぎて、途中で振りを間違えたりと色々と失敗をやらかしてしまった。三間坂さんに指摘されたことを意識しすぎた部分もあったかもしれない。

 ああ、落ち込んでしまいそうになる。


「高居君、間違えたとこもあったけど、動き自体はすごくよくなってたと思うよ。ちゃんと指先まで意識してるのが伝わってきたし」

「――――!」


 だけど、三間坂さんからかけられた言葉は、俺が想像していたものと違っていた。失敗したところよりも、頑張ったところをちゃんと見て、評価してもらえたのが凄く嬉しい!


「動画送ったよ。一ノ瀬さんのパフォーマンスで気になったところを言うから見てみて」


 そうして、三間坂さんによる、一ノ瀬さんと俺への指摘やアドバイスが行われた。俺と同じように一ノ瀬さんも感心したように聞き入っている。

 このあと、さらに何度かパフォーマンス動画を撮り合った。三間坂さんと一ノ瀬さんは交替しながらだったけど、俺は当然踊りっぱなしだ。

 だけど、疲れはなかった。二人と一緒に練習するのが楽しかったし、改善した動きを三間坂さんに褒められるのはもっと嬉しかった。


 その夜、俺は改めて練習動画を見返した。

 冷静に考えると、俺の手元には、一ノ瀬さんと三間坂さんの動画がいくつも存在しているわけで、これはなんというか、熱くなってくる。

 俺は一ノ瀬さんと一緒にパフォーマンスした動画を再生し、彼女の動きを追う。


 ああ、やっぱり可愛いなぁ。見ているだけで癒される

 でも、パフォーマンス自体はところどころ気になる点があるよな。まぁ、それでも隣の俺よりはずっとうまいけど。


 俺は何気なく三間坂さんとの動画の方を再生した。

 ……ああ、やっぱり三間坂さん、すごく綺麗だ。

 あ、この綺麗というのは、三間坂さんの動きが綺麗ということであって、決して三間坂さんの容姿が一ノ瀬さんより綺麗とかそういうことではないので勘違いしないように!


 でも、三間坂さんに見とれてしまうのは、止めようがなかった。

 一ノ瀬さんの動画を見るつもりでスマホを出したのに、気が付けば俺は三間坂さんの動画ばかり見ていた。

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