第38話 プールトラブル

 ウォータースライダーの順番がようやく回ってきて、先に一ノ瀬さんが滑り降りていった。

 滑り始めはもちろん、滑ってる途中でも悲鳴とも歓声ともつかない彼女の声が聞こえてくる。


 一ノ瀬さんってウォータスライダーすごく好きなんだな。女の子は絶叫系のアトラクションとか好きっていうし、意外にもそういうのも好きなのかも……。


 などと思っているうちに、俺の順番がきた。

 俺は高いところが苦手なのでテーマパークでも絶叫系はあまり乗ったりしない。とはいえ、ウォータースライダーはそういった絶叫系マシンと比べるようなものではないだろう。所詮は滑り台に毛の生えたような子供を楽しませるためのもの。

 一ノ瀬さんに付き合って興味本位でここまできたが、正直、一ノ瀬さんのようにはしゃげるとは思えない。

 それでもまぁ、せっかく順番待ちもしたんだし、待ってた分くらいは楽しむつもりだ。


 そう。滑る前までは、俺はそんなことを思っていた。


「うほぉぉぉぉぉ!」


 やべっ!

 水のせいで滑り台なんかとは滑り具合が全然違うじゃないか!

 自分の意思とは無関係に左右に振られてしまうのも、それはそれで興奮する!

 なにこれ気持ちいい!

 すごく楽しい!


 楽しい時間というのは一瞬だ。


 ばしゃああぁぁぁぁ!


 俺の体は勢いよくゴールとなるプールへと飛び込んでいった。

 着水はなかなかの勢いだったが、それもまた楽しさの一つだと思える。


 あー、でも、確かにこの勢いだと三間坂さんの水着だとちょっと危ないかも……


 そんなことを思いながら、後続の邪魔にならないよう俺はすぐにプールサイドへとはけていく。


「高居君、どうだった?」


 プールサイドでは溢れそうな笑顔をした一ノ瀬さんが待っていてくれた。


「ウォータースライダー楽しいね!」

「でしょ!」


 俺が楽しんでいるのを知って一ノ瀬さんも嬉しそうだった。


「私、もう一回並ぶね。高居君も一緒にどう?」


 もちろん!

 そう言いかけて、俺は三間坂さんのことを考えてしまう。

 今も三間坂さんは、一人で流れるプールに残っているはずだ。

 俺が一ノ瀬さんと二人でこんなに楽しんでるのに、俺をプールに誘ってくれた三間坂さんはこの楽しさを体験できずに一人でいるんだ……

 そう思ったら胸がしめつけられてすごくいやな気持ちになってしまった。


「……僕はちょっと疲れたから、休んでるよ。一ノ瀬さんはもう一回行ってきなよ。僕は三間坂さんの様子でも見てくるし」

「三間坂さんね……そっかそっか。わかった。じゃあ、私はもう一回並んでくるね。三間坂さんによろしくね」


 なにが「そっかそっか」なのかはよくわからなかったが、なぜか一ノ瀬さんは一人うなづき、俺に手を振りながらウォータースライダーの列の方へ向かっていった。

 一ノ瀬さんの言葉がちょっと気にはなったが、そのことは一旦頭の隅においやり、俺は流れるプールの方へと向かった。


 流れるプールは結構広くて長いから、この中から三間坂さんを見つけるのはちょっと大変かも……。


 流れるプールへと戻ってきた俺は、プールへは入らず、流れとは逆方向にプールサイドを歩いて三間坂さんの姿を探していく。

 一人でわちゃわちゃ騒いでる三間坂さんの姿を見つけられたら、それはそれで安心なんだけどな。


 …………


「ん? あれって三間坂さんだよな?」


 しばらくしてようやく見つけた三間坂さんは、なぜか向こうのプールサイドの壁に掴まって首だけ出していた。

 後頭部しか見えないが、お馴染みのサイドテールのおかげで見逃さずに気付くことができた。

 しかし、あんなところで止まったまま何をしているのだろうか?

 流れに耐える特訓でもしているのだろうか? 三間坂さんならそういう遊びをしていても納得してしまう気もするが……


 俺はプールに入り、流れてくる人を避けながら、反対サイドにいる三間坂さんへと近づいていく。


 俺が水音を立てながら三間坂さんへ近づいていくと、三間坂さんの頭がピクリと震えた。その姿は何かを怖がっているように見えて、俺の心が少しざわつく。


「三間坂さん!」


 俺が声をかけると三間坂さんは慌てて首だけ振り向いた。


「高居君!?」


 振り向いた三間坂さんの顔は不安げだった。そんな三間坂さんの顔を見るのは初めてだから、俺は思わず動揺してしまう。


「ごめん、それ以上近づかないで!」


 三間坂さんの制止の声に、俺は1メートルちょっと離れたくらいの距離で足を止める。


「どうしたの、三間坂さん!? 気分でも悪いの!?」


 三間坂さんのただならぬ様子に、俺は三間坂さんに何か異常事態が起こっていることを察知する。

 足でもつったか? 施設の人を呼んできた方がいいだろうか?


「……違うの」


 三間坂さんは否定するが、その声は聞いたことないくらい弱弱しかった。

 本当か!? どう見ても体調がいいようには思えないぞ!


「でも、三間坂さん、何か変だよ!? どうしたの!? 大丈夫!?」


 俺の心にどんどん不安が募っていく。

 自分に何かあってもこんなに不安になったりしないんじゃないかと思うくらい心が落ち着かない。


「……体はなんともないんだけど……水着が……流れていっちゃったみたいで……」


 そうか。水着か。

 よかった体調が悪いとか怪我したりとかじゃなくて……。


 …………


 な、なんだって!?


 俺は水中にある三間坂さんの背中に視線を向ける。

 波打つ水面のせいでよくは見えない。よくは見えないが、それでも背中に三間坂さんがつけていた水着の水色が見えないことくらいはわかる。今の三間坂さんの背中は肌色一色だった。

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