第37話 ウォータースライダーの順番待ち
俺と一ノ瀬さんはウォータースライダーの順番待ちの列に並ぶ。
冷静に考えると、一ノ瀬さんと二人だけという状況はこれが初めてだった。もちろん周りには知らない人が大勢いるけど、俺と一ノ瀬さんを知っているのはお互いだけ。こんなのはもう二人きりといって差し支えないと思う。
こんな状況、緊張してしまって何も喋れなくなりそうなものだが、夏の陽気のおかげか、あるいはこれまでの色々なことの積み上げのおかげか、自分でもびっくりするくらい一ノ瀬さんと普通に話をすることができていた。
「私、男の子と一緒にプール来たの初めてなんだよね」
「僕もだよ。男子とだって一緒に来たことなんてないのに」
「そうなんだー。三間坂さんに誘われたからっていうのもあるけど、高居君は一緒にいても緊張しないからね」
そうかそうか……。
……ん? それって喜んでいいことなのか?
男として意識されてないってことはないよな?
「たまに男子から遊びに誘われることはあるんだけど、やっぱり二人きりっていうのはどうしても抵抗あるから、いつも断っちゃうんだよね」
なるほどなるほど……って、一ノ瀬さん、男子から遊びに誘われたりしてるんだ!
急に俺は焦りを覚える。
俺なんていまだに3人のライングループで会話をするくらいで、一ノ瀬さんと1対1のラインをしたことさえないというのに!
遊びに誘うなんてとてもとても……。
「へぇー、誘われたりするんだ。……誘ってくるのはクラスの男子とか?」
「うん。あ、でもほかのクラスの男子から誘われることもあるかな。あんまり話したことない男子から誘われたりすると、びっくりしちゃうよ」
…………。
すげーな。みんな積極的に遊びに誘ったりしてるんだ。
さすがクラス1の美少女一ノ瀬さんといったところか。
「そ、そうなんだ。やっぱり一ノ瀬さんって人気あるんだね」
「でも、三間坂さんも男子からいっぱい誘われてるみたいだよ」
「――――!?」
なんだろう。一ノ瀬さんが男子に遊びに誘われてるって聞いたときより、今の方が俺の心臓が大きく跳ね上がった気がする。
三間坂さんの可愛さはクラスで3番目だぞ。確かに上位ではあるけど、そんなに人気があるものなのか?
「一ノ瀬さんを誘って断られたやつが三間坂さんを誘ってたりして」
俺は自分を落ち着かせるため、冗談風にそんなことを言ってみる。
「ははは。そんなことないよー。三間坂さん、誰にでも気さくだし、男子にすごく人気あるからねー」
「――――!?」
そ、そうなんだ……。
一ノ瀬さんはありもしないことを言うような人じゃないから、本当に三間坂さんは人気があるんだろう。
確かに三間坂さんなら、誰にでも優しいんだろうなって思う。そういうので勘違いした男子が三間坂さんを遊びに誘ってたとしても不思議ではない。
俺が遊んでる異性なんて三間坂と一ノ瀬さんだけだけど、三間坂さんは色んな男子と遊んでいて、俺はその中の一人なのかもしれない……。
というか、むしろそう考える方が自然だよな……。
「そっか。三間坂さんはほかの男子と遊んでたりするんだ……」
「ううん。そういうわけじゃないみたいだよ」
「え?」
「誘われはするけど、男子と遊んだことはないんだって。私と一緒でいつも誘いは断ってるみたい。この前も、二人きりはちょっとねーって三間坂さんと話してたとこだし」
「そうなんだ……」
なんだろう。さっきまで重かった気持ちが急に軽くなった気がする。
「あれ? 高居君、顔がなんだか嬉しそうだね?」
嬉しそう? 俺が?
なんでだ?
「え、あ、そう? もうすぐウォータースライダーの順番が回ってくるからじゃないかな?」
「あ、確かに、もうちょっとだ。楽しみだね!」
「う、うん」
一ノ瀬さんは少なくなった前にいる待ち人数を見て、嬉しそうな顔をした。
でも、一ノ瀬さんにはそう言ったものの、俺はスライダーの順番が近づいてきてるのに、それほど楽しみだと思う気持ちは強くなってきていない。
それよりも、一ノ瀬さんの話を聞いてから、頭の中に気になることができてしまっていた。
俺は前にいるスライダーの方よりも、ついつい流れるプールの方に目を向けてしまう。
三間坂さん、今、一人であのプールにいるんだよな……。
流れるプールを一人で回っている三間坂さんを想像すると、なぜか俺の胸はひどく痛みを覚えてしまった。
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