第36話 流れるプール

 着替えを終えて合流した俺達は、この施設にある複数のプールの内の一つ、流れるプールへとやってきた。

 俺はこの流れるプールというやつが結構好きだ。

 前に小学校の水泳の授業時に、プールを全員で歩いて回ることによって流れを作り出し、疑似的に流れるプールを作るっていうのを先生の指示でやったことがあるんだけど、勝手に体を水にもっていかれる感覚、あれは新鮮で楽しかった。それ以来、俺には流れるプールへの憧れがみたいなものがあるんだが、こうやって実際に流れるプールに来るのは久しぶりで、結構楽しみではある。

 とはいえ、こうやって女の子二人と一緒に来たものの、プールという施設は、アミューズメントセンターのように一緒に何かして遊ぶわけじゃないから、それぞれ勝手に楽しむことになるだろうな――と俺は思っていた。


「高居君、高居君!」


 三人で一緒に、流れるプールの流れに身を任せつつ歩いていると、俺の後ろにいた三間坂さんがプールサイドにいた時の恥ずかしげな様子と打って変わって、はしゃいだ声で呼びかけてきた。


「どうしたの?」


 振り向いた俺に大量の水がかけられる。


「にゃはははは!」


 …………。

 俺に水をぶっかけた張本人の三間坂さんは、何が楽しいのか笑っていた。


「お返しだ!」


 俺は後ろを向いたまま三間坂さんに水をかけようとするが、その前に三間坂さんは後ろを向いて流れとは逆に歩き出す。

 俺はそれでも水をかけたが、三間坂さんの後ろ髪と背中を濡らしただけだった。


 比較的すいているから逆走しても邪魔にはならないとはいえ、マナー違反だぞ、三間坂さん!

 こうなったら正面に回って水をかけてやる!


「三間坂さん、待て!」


 俺は三間坂さんを追いかけるが、水の流れに邪魔されてなかなか近づけない。

 だが、それでも胸のボリュームによる水抵抗の影響のあるなしのおかげか、俺は距離をつめていく。


 さぁ、だんだん追いつていてきたぞ!

 犯人を追い詰める刑事のような高揚感を覚えつつ、俺が三間坂さんに後ろから迫っていくと、ふいに三間坂さんが振り向き――


「えいっ!」


 水の流れを利用して迫ってきた三間坂さんにそのまま突き倒され、俺は水の中に沈んだ。


 おい!

 こら!

 三間坂!

 肩から手を離せ!

 マジで死ぬぞ!


「ぶはっ!」


 俺は肺の酸素が尽きる前に何とかプールから顔を出す。


「し、死ぬから!」

「にゃはははは!」


 俺が必死の訴えをするのに三間坂さんは口を開けて笑っていた。

 こんにゃろう……


 ばしゃばしゃ


 俺は三間坂さんの笑い顔に思い切り水をぶっかけてやった。


「やったな!」


 お返しとばかりに三間坂さんも水をかけてくる。

 男子の力を舐めるなよ!

 負けじと俺は三間坂さんを上回る量の水をかけまくる。


 しばし続く二人の水かけ合戦。


 やがて三間坂さんは手を止めると、陽の光を反射する水面みなもよりもまぶしい笑顔を浮かべ――


「にゃはっ、楽しいね!」


 そんなことを言ってきた。


 …………


 うん、楽しい。

 一人で遊んでるより、絶対楽しい!


「そうだね!」


 俺も三間坂さんに負けない笑顔を返していたと思う。


「二人とも、はしゃぐのはいいけど、ほかの人の迷惑にならないようにね~」


 一ノ瀬さんはプールサイドに掴まって、俺達から離れないように待っていてくれた。

 その一ノ瀬さんに優しくたしなめられ、俺は素直に聞くつもりだった。

 けど、三間坂さんは何を思ったのか、その一ノ瀬さんに近づいていくと、いきなり一ノ瀬さんに水かけ攻撃を始め出した。


「ほら、高居君も!」


 三間坂さんに言われ、俺もついその言葉に従ってしまう。

 いや、だって、好きな女の子にいたずらしたくなる気持ちってあるだろ?

 俺は三間坂さんと一緒になって一ノ瀬さんに水をかけまくる。


「もう! 二人とも!」


 意外にも一ノ瀬さんは反撃に出てきた。

 なぜか三間坂さんの方にではなく俺の方にばかり。

 もしかして怒ってる?なんて思ったが、一ノ瀬さんの顔は笑っていた。

 一ノ瀬さんに水をかけるのもなかなか胸が昂るが、かけられるのもまた興奮を覚える。


 女の子とのプール、楽しい!


 そうやって俺達は、しばらくの間そうやって流れるプールを楽しんでいたのだが、流れるプールを1周してしばらくしたころ、一ノ瀬さんが別のプールを指さした。


「ねぇ、私、ウォータースライダーやってみたいんだけど」


 このプールには、一人用のウォータースライダーと一人あるいは二人で浮き輪ボートに乗って滑るウォータースライダーとがある。俺は密かに浮き輪ボートスライダーを期待したが、一ノ瀬さんが指していたのは一人用スライダーの方だった。

 うん、わかってた。

 そうだよね。

 でも、普通のスライダーでも二人となら絶対楽しいよな!


「いいね! 僕も滑りたいと思ってたんだ」


 俺は一ノ瀬さんに同調し、三間坂さんへ顔を向けた。

 三間坂さんも一ノ瀬さんの提案に楽しそうな顔を浮かべていたが、一転なぜかその顔が曇る。


「あっ……んー、私はいいかな。滑るのあんまり得意じゃないから」


 間坂さんの性格から考えて、滑るの得意じゃないっていうのは、正直解せないものがあった。

 もしかして、俺と一ノ瀬さんを二人だけにしようと気を遣ってくれたのか!?

 そう思って三間坂さんの様子を窺うと、三間坂さんは妙に水着を気にしているようだった。


 あ、もしかして……


 三間坂さんはウォータースライダーを滑って水着ずれたりするのを気にしているのかもしれない。確かに三間坂さんの胸なら滑ってる時の摩擦や着水の衝撃で水着からこぼれかねない。お尻だって食い込んでしまうかもしれない。ただでさえ男の視線を集めがちな今の三間坂さんだから、そういうのを心配してしまうのはわからなくはない。


「私はここで遊んでるから、二人で滑ってきてよ」

「……そう?」


 一ノ瀬さんは残念そうだったけど、ウォータースライダーが本気で楽しみなのだろう。三間坂さんなしでも滑る気満々なのが伝わってきた。


「それじゃあしょうがないから、二人で行こっか?」


 一ノ瀬さんは俺を誘ってきた。


「……うん」


 一ノ瀬さんからの誘い、しかも、滑るのは一人ずつとはいえ、二人きりのウォータースライダー、こんな状況で心がときめかないはずがない。

 なのに、俺は一ノ瀬さんと二人で流れるプールから離れウォータースライダーに向かいながら、流れるプールに一人で残る三間坂さんの姿が頭から離れなかった。

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