第14話 中間考査

 5月になり、高校生になって初めての中間考査が行われたが、なんとそれもやり終えた。

 ボウリングの後、一ノ瀬さんとは何度かくだらない話題でLineのやりとりを行っていたが、中間考査が近づくとさすがに気を使ってLineを送ることを控えていた。そのため、もう随分とLineのやりとりもしていない気がするが、試験も終わったし、これで気兼ねなく送れるはずなのだが、ちょっと間が空いたせいで、心情的にはなんとなくLineを送りにくくなっている。

 基本的に一ノ瀬さんの方からLineが送られてくることはないので、話を始めるのならまず俺の方から送る必要があるのに……。


 ちなみに三間坂さんからは、試験前はもちろん試験期間中も、時間もかまわらずにLineが送られてきていた。そのたびに、試験勉強を邪魔しないでくれと思ったり、三間坂さんは勉強しなくていいのか?と思ったりしたものだ。Lineでは普段からちゃんとやってるから特に問題ないと言っていたが、果たしてどうだか怪しいものだ。


 今も現代文の授業で、今回の試験後、最初となる答案返却が行われるということで、俺は内心結構ドキドキしているのに、隣の三間坂さんはいつものような余裕のある顔を浮かべていて緊張した様子もない。


「……三間坂さん、なんか余裕ありそうだね」

「そう?」


 くっ、今の返しもテストに手応えのあった人間の感じだな。もしかして、得意科目なのか?


「三間坂さん、もしかして現代文が得意だったりする?」

「文系は割と得意かな。まぁ、特に苦手科目自体がないけど」


 くっ、なんだその余裕のあるセリフは! 俺も一度でいいから言ってみたいぞ!

 だけど、得意や苦手といったって人によってその基準は違う。平均80点くらい取っていて苦手がないという人もいれば、平均60点くらいで苦手はないという人もいるだろう。今の言葉だけでは、三間坂さんのレベルはまだわからない。


 俺が三間坂さんに対抗意識を燃やしているうちに、出席番号順に答案が返却されていく。

 先に返ってくるのは当然俺の方だ。名を呼ばれ、俺は三間坂さんにより先に先生のところに取りに行った。

 先生から受け取った答案を、ほかの人に見られないよう折ると、自分の席に戻る前に、自分の体を壁にして点数を覗き見る。


 ……88点!


 惜しくも90点には届かなかったけど、やるじゃないか、俺!

 現代文はこれでも得意科目の一つなんだよな!

 俺は心持ち胸を張りながら自分の席へと戻った。


「その感じだと、点数良かったみたいだね」


 むっ。三間坂さんが、にやついた顔を向けてきた。

 心を見透かされているようで癪だが、まぁ、この点数なら三間坂さんにも負けないだろう。

 多少見抜かれようと、俺の心には全然余裕がある。


「まあまあというところかな」

「へぇ~。よかったらコツとか教えてよ」

「コツ? そうだね。たまに『作者の気持ちを答えなさい』って問題に、『本人じゃないのに気持ちなんてわかるか』みたいなこと言う人いるよね? でも、そういうふうに考えてる時点で国語ってやつをわかってないんだよ。あれは、こういうふうな文章が書かれている場合、どう読み取み取るのが正しいのかっていう問題であって、人の心を読むとかいう話じゃないんだ。あくまで理論的に考える。それが大事なんだよ」

「へぇ~、そうなんだ」


 むっ。感心しているのか馬鹿にしているのか、何とも言えない反応だな。

 俺が三間坂さんの本音を探ってやろうとしたところで、三間坂さんの名前が呼ばれて、彼女は答案を取りに行ってしまった。

 俺が教室の前の方に目を向ければ、先生から答案を受け取った三間坂さんは、俺みたいに思い切り隠したりせずその場で答案を確認している。

 ……なかなか堂々とした態度だな。見られたりするのを警戒しないのか?

 まぁ、さすがにここからでは三間坂さんの答案の中身までは見えないが。

 俺はせめて表情から手応えを探ろうと、三間坂さんの顔に視線を向けたが、いつもと変わりなく見えて何も読み取れない。

 くっ、なかなか手強いな。


 三間坂さんは答案を二つに折って席に戻ってきた。

 俺は彼女が自席に座るなり声をかける。


「三間坂さん、どうだった?」

「まあまあかな」


 くっ。俺と同じ答えを返してきやがった。さすがに簡単に点数を教えてくれたりはしないか。

 けど、俺が三間坂さんに勝っているのかどうか気になる。

 たまには明らかに俺のほうが三間坂さんに勝っているってのを実感したい。


「……何点くらいだった?」

「高居君が教えてくれたら私の点数も教えるけど?」


 ちっ、そうきたか。

 ギブアンドテイク、当然といえば当然かもしれないが、はっきりと点数を言うのはそれはそれで恥ずかしい。万が一負けてたりしたら、俺のショックはデカい気がする。

 でも、三間坂さんに勝ってるのか負けてるのか気になる!

 はっきり点数を言わずに、三間坂さんの点数を探る方法はないものだろうか?

 ……そうだ。


「……はっきりした点数は言えないけど、ヒントとしては、俺の点数はゾロ目ってことだね。三間坂さんも何かヒントちょうだいよ」


 これぞシュレディンガーの点数だ。ゾロ目だけなら、俺の答案を見るまでは11、22、33、44、55、66、77、88、99の可能性がある。ヒントという割には幅が大きく絞り込めまい。これを対価にして、三間坂さんからヒントを引き出し、彼女の点数を推察する。もし、いい加減なヒントしか出してこないようなら、俺のヒントに釣り合わないと言ってほかのヒントを引き出し、三間坂さんがぼろを出すのを待つ作戦だ。

 さぁ、来い、三間坂さん。俺にヒントを出すんだ!


「あー、一緒だね。私も点数ゾロ目だよ」


 俺の期待に反して、三間坂さんから返ってきたのは、俺のヒントと同じものだった。これではヒント不足と言い返せない。

 だが、今のヒントにより、三間坂さんの点数が絞れてきた。

 今回の問題に1点の配点の問題はない。あと、今までの三間坂さんの感じから66点以下ということもないだろう。つまり、彼女の点数は俺と同じ88点か、77点ということになる。

 同点か、俺の勝ちか、この差は大きい!

 なんとかして彼女の点数を知りたい!

 だが、これ以上はもう自分の点数を明かすしか、彼女の点数を知る方法はないだろう。

 ……けどやっぱり三間坂さんに点数を言うのは、なんか恥ずかしい。


 結局俺は自分の点数を明かすのと引き換えに彼女の点数を聞くことを断念した。

 ふぅ……俺は小心者なんだよ。


 これ以上点数の探り合いをするのを諦めた俺は、なんとはなしに彼女の手元に目を向ける。


「――――!?」


 ちょっと待ってくれ! 今ちらっと三間坂さんの答案が見えてしまったんだけど、99点って書いてあったぞ!?

 いや、落ち着け! 今回の問題に1点の問題はない。何かの見間違えかもしれない。77点を99点に見誤ったのかもしれない。

 俺は早鐘を鳴らす胸に手をあてて落ち着かせ、先生による今回の問題に関する解説を聞いている三間坂さんの机に目を向ける。

 点数の部分は見えないようにされてあるけど、回答部分が少し見えた。


 △だと!?


 彼女の答案に赤色の△が見えた。

 そうか2点の問題が△なら1点になる……。99点はあり得たのか……。

 でも、最初の試験でいきなり99点を取ってくるって、三間坂さんまじかよ……。


 三間坂さん相手に点数を言い合うのだけはやめようと俺は心の中で強く思うのだった。

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