第32話 初めてのプリクラ

 エアホッケーの興奮が冷めて少し冷静になると、俺は今の自分の状況に改めて気づく。日曜日に制服姿の高校生3人。しかも女子2人と男子1人という構成。周りを見てもこんな男女構成の人間は俺達しかない。そもそもこの場所には男の方が多い。

 そのため俺達は周りのどうしても目を引いてしまう。しかも、その女子二人はどちらもかなり美少女。男達の注目を集めないはずがなかったのだ。

 羨ましさと妬ましさの混じった視線を俺はひしと感じてしまう。

 逆の立場なら、間違いなく俺は彼らと同じ視線を向けていただろう。

 今一度、俺は三間坂さんと一ノ瀬さんの姿に目を向けた。


 やべ……。二人とも教室で見るよりずっと可愛く見える。

 アミューズメントセンターという、制服に似つかわしくない空間にいるせいだろうか。見慣れたはずの制服姿が、なんだか尊く、そして少しいかがわしく思えてしまう。


 ……でも、このルックスの二人と一緒にいるのが俺って、ギャップがすごくない? これが仙石君あたりなら何の違和感もなかったんだろうけど、俺だよ、俺。ああ、急に胃がきゅーっとしてきた。

 見てる男どもは、俺と三間坂さん達との関係をどう思っているんたろうか?

 彼氏だと思ってる奴はいないんだろうな……。

 どうしても俺はそう考えてしまう。


「ねぇ、高居君、プリクラ撮ろうよ、プリクラ」


 少しブルーになりかけた俺の腕を、近づいてきた三間坂さんが引っ張った。

 見ていたほかの男達の目がピクリと動いたような気がする。


(見られてますよ、三間坂さん! 気づいてますか!?)


 俺の心の叫びを無視するかのように、三間坂さんは俺を強引にプリクラの機械が並んでいるコーナーへと連れて行った。

 こちらの方には、男どもがほとんどいないため、男子の嫉妬の目線は気にならなくなる。しかし、その代わりに、男が足を踏み入れてはいけない領域のように感じ、俺はさっきまでとは違う緊張感に襲われる。

 カップルの男もいるので男がゼロというわけではないが、見れば彼も居心地の悪そうな顔をしていた。

 なんなんだろうか、この気恥しさを感じる独特の雰囲気は?


「一ノ瀬さん、どれがいい?」

「私、あんまり詳しくないから……」

「じゃあ、私が決めるね。……んー、これにしよっ」


 三間坂さんは1台の機種に決めると、逃がさぬよう俺の腕を取ったままカーテンで隠された秘密の花園へと俺を引っ張っていった。一ノ瀬さんもそれに続いて中に入ってくる。

 中に入ると、入ってきた順番で、三間坂さん、俺、一ノ瀬さんと並ぶことになってしまった。


 ……え? 俺、真ん中なんだけど?


 初めてのプリクラに緊張で何もできない俺をよそに、三間坂さんはなにやら勝手に色々と進めていく。

 さっきから音声が流れてくるが、両サイドの下の方こそ空いているものの、女子二人とほぼ密閉空間にいるという極限状態に、俺の頭と心がオーバーヒート気味だった。


 匂いがする……。いや、これは匂いではなく、香りだ。女の子の香りだ!

 いいのか、こんな高校男子の頭をおかしくさせるような香りが存在して!?

 三間坂さんと一ノ瀬さん、どっちがどの香りかもうわけわからないが、鼻腔をくすぐる魔性の香りに俺の頭はぐらぐらしてきてる。


「ちょっと高居君、間抜けな顔してないで、撮るよ!」


 三間坂さんの声で我に返った俺は、慌ててカメラに顔を向ける。

 いつの間にか撮影まで進んでいたらしい。


 俺は普段の顔をしようと試みる。


 ……普段の俺ってどんな顔してたんだっけ?


 考えれば考えるほど普段の顔から離れていく。

 結局、俺は笑顔ともまじめな顔ともつかぬ、なんだか微妙な表情のままカメラに撮られてしまった。


 その後は、女子二人がなんだかわちゃわちゃとペンを手に騒がしくしていた。

 俺はといえば、わけもわからず見ているだけだ。

 詳しくないと言っていた一ノ瀬さんも、何だか楽しそうにああだこうだと三間坂さんと喋っている。

 可愛い女の子が二人でわちゃわちゃしてるのはいいものだ。俺を間に挟んだままやるのでなければ……


 そうこうしているうちにすべきことが終わり、俺達はシール待ち状態に移った。


「画像ダウンロードしておいたから、後で二人にも送っておくね」


 ふむ。

 今のプリクラは撮った画像をネット経由でスマホにも落とせるらしい。

 三間坂さんがスマホを出してなにやらやってると思っていたら、そういうことだったのか。

 そういえば、プリクラのシールは2枚しか出ないと聞いたことがある。

 三間坂さんと一ノ瀬さんで分け合うだろうから、俺の分は思い出だけだろうと思っていたから、画像とはいえ俺のスマホにも3人でプリクラを撮った証拠を残せるのならちょっと嬉しいかもしれない。


 やがてシールが出てきて、三間坂さんがそれを手に取る。

 もらえなくても、見るくらいの権利はあるだろう。

 そう思って俺が近づくと、1枚のシールが俺の前に差し出された。


「はい、これ高居君の分ね。追加で3人分出したから一人1枚ずつね」


 俺は差し出されるままにプリクラを受け取る。

 そうか。枚数を追加する機能もあるのか。

 単にそういう機種なのか、今はどの機種でもそういうものなのか、俺にはよくわからない。けど、三間坂さんはもしかしたらわざわざそういう機種を選んでくれたのかもしれないと、俺には自然とそう思えた。


「どうよ、私達、可愛いでしょ」


 三間坂さんが肘で俺の腕をつついてくる。

 俺は自分の手にあるシールに目を落とした。


 む……なんだこりゃ?

 目が不自然に大きくないか? 肌も人形みたいだし……

 俺の知っている一ノ瀬さんはもっと完璧な清楚系美少女なのに……

 三間坂なんてもっと本来の良さが出ていない。生き生きとして自然な眩しい笑顔が魅力的なのに、なんだよこれ……


「いや、なんか違う……。俺の知ってる三間坂さんはもっと可愛いのに……」


 見れば俺の言葉で三間坂さんが目を大きく開いて赤い顔をしていた。


 しまった!

 せっかく三人でプリクラを撮ったのに、盛り下がるようなことを言ってしまった!

 くっ! なんて空気の読めない発言してしまうんだ!

 思ってことをつい口に出してしまう、これは俺の悪い癖だ!

 三間坂さんの顔が赤いのは怒っているからに違いない。


「あ、いや違うんだ。このプリクラも可愛いよ! いつもと違う可愛さだけど、たまにはこういう変化球もいいと思う! 俺はこっちの三間坂さんもいいと思うよ」


 俺は慌てて言い訳をするが、三間坂さんの顔は赤いままで治まらない。むしろ、余計赤みが増したようにさえ思う。

 くそっ、鋭い三間坂さんのことだ、言い訳だと見抜かれているのかもしれない。


「ごめん、それ以上はもう言わないで。私が耐えられなくなる……」


 三間坂さんはそう言って顔をそむけてしまった。

 ……俺は三間坂さんに言われるままに口を紡ぐ。

 これ以上は沈黙すべきだろう。

 三間坂さんは言葉を荒らげないでいてくれている。彼女が落ち着くのを待つのが賢明だろう。


「高居君って正直にそんなことが言えるんだ、すごいね」


 意味がよくわからないが、一ノ瀬さんがなぜか少し羨ましそうに笑みを浮かべながらそんなことを言ってきた。

 怒られるのならわかるのが、なんとも理解に苦しむ。


 ちなみに、しばらくすると三間坂さんは普段通りで、怒った様子はまるで感じなかった。三間坂さんは大人だなぁと思ったものの、なぜかいつもまっすぐ目を見てくるはずの三間坂さんと視線が合わなくなっていた。

 やっぱりちょっとまだお怒りだったのかもしれない。

 あと、プリクラ代と追加料金の分ということで200円を渡したら、それは素直に受け取ってもらえた。それでお詫びできたとは思えないが、俺はちょっとほっとした。

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