第23話 二人三脚のあと

 俺達は勝てたのか、どうなんだ!?

 ゴールした俺は審判係の生徒に目を向けた。

 俺の心臓が高鳴る。


「君達は3位ね」


 審判係に告げられた順位は、無情にも3位だった。

 結局俺達は前の二組を追い抜けなかった。


 ……こんな結果じゃ三間坂さんの顔を見られない。


 俺は三間坂さんと顔を合わせないで済むようにしゃがみこむと、二人の脚を結んだ紐に手を伸ばす。

 くそっ! きつく結びすぎてなかなかほどけやしない。

 くそっ。

 ……くそっ。

 ……勝てなかった。


「……さっきはありがとうね」


 頭の上から降ってきた三間坂さんの柔らかな言葉で俺の手が止まる。

 責められることはあってもお礼を言われるとは思っていなかった。


「私のことかばってくれて、ありがとね」


 もう一度三間坂さんが言ってきた。

 俺は文字通り、三間坂さんの足を引っ張ることしかしてなかったのに……。


「三間坂さん、ごめ――」

「ごめんはなしね」


 三間坂さんが俺の謝罪の言葉を遮った。


「いいレースだったよね。私、二人三脚であんなに気持ちよく走れること、もう二度とないと思う」

「――――!」


 三間坂さんも俺と同じことを感じていてくれたんだ!


 ……そうだ、確かにいいレースだった。


 俺は全力を尽くした。自分の最高を出し尽くした。


 俺の心にあったモヤモヤしたものが、まるで霧が晴れるようすっきりしていく。

 全部三間坂さんの言葉のおかげだ。


 気づけば、あんなに固かった紐が解けていた。

 俺は立ち上がって、しっかりと正面から三間坂さんに顔を向ける。


「三間坂さん、ありがとう。楽しかった」

「うん」


 三間坂さんの顔はまだ少し赤かったけど、彼女は笑ってくれた。

 俺にはそれで十分だった。


「……それと、転んだ時なんだけど……気づいてる?」


 俺的には心が晴れた気分だったんだけど、なぜか三間坂さんの方はまた顔を赤くして、俺から少し顔をそむけながら妙なことを聞いてきた。


「気付いているって何を?」

「……その……手が……」

「手?」


 確かに三間坂さんが転びそうになったとき、支えようと手を伸ばしたけど、それがどうしたのだろうか? なにか柔らかいものを掴んだような気はしているが……


「ううん、なんでもない! 気づいてないならいいんだよ!」


 ふむ。やはり三間坂さんの様子はちょっと変な気がする。

 レース結果に不満があるってわけじゃないのはわかったけど……一体どうしたのだろうか?

 なんだか心配だ……。


◆ ◆ ◆ ◆


 レースが終わった後、俺は三間坂さんと一緒に7組の応援席に戻ろうとしたが、三間坂さんはちょっと寄るところがあると言うので、俺は一人で戻ってきた。

 俺が帰ってくると、下林君がすぐに近寄ってくる。


「おい、ラッキーだったな! ほかの奴は気づいていないだろうが、俺の目はごまかせないぞ。感触はどうだった?」


 ん? 下林君は何を言っているんだ?

 転んで3位のどこがラッキーだと言うんだ? それに感触ってなんの感触だ?

 俺は下林君の言葉に首をひねる。


「おいおい、とぼけるなよ」


 下林君はニヤケ顔で俺を肘でつついてきた。

 だけど、とぼけるなと言われても俺は困惑するしかない。

 感触って、普通に考えればさっきのレースの感触ということだろう。

 ということは、ラッキーというのは、全力を尽くせたことが幸運だったということかな?

 見ていただけの下林君にもわかるくらい、俺と三間坂さんは気持ちよく走っているように見えたのかもしれない。それだったらちょっと嬉しいかも。


「やれることはやった。後悔はないよ」

「――――!?」


 俺の言葉になぜか下林君は驚愕の表情を浮かべて俺を見つめてくる。


「あの瞬間にやれるだけのことをやったのか……もはやプロの領域だな。……これからは先生と呼ぶべきか?」


 下林君は本当に何を言っているんだ?

 何かつぶやいてる下林君から危険なものを感じ、俺は彼から離れる。


 しばらくすると、三間坂さんが応援席へと戻ってきた。

 

 ……むむ。やはり何か変だ。

 赤い顔でチラチラ俺の方を見たりしている。

 足でもひねったのかと心配したけど、歩いている姿におかしなところはなかった。

 ほかにどこか怪我でもしたのだろうか?

 俺は三間坂さんに確認したかったけど、戻ってきた三間坂さんは女子に囲まれていて、話しかけにいくことはできなかった。

 そうこうしているうちに、お邪魔玉入れの準決勝の呼び出しアナウンスが流れ、三間坂さんはそれに出るために行ってしまった。


 ……うーん、三間坂さんのことが心配でモヤモヤする。


 俺の心のざわつきがおさまらない中、グランドで行われていた競技が終わり、お邪魔玉入れ準決勝の準備が進められていく。

 午前中に引き続き、午後も三間坂さんがお邪魔役だった。あの活躍を見れば、当然の判断だろう。

 でも、前の時は鬼に金棒状態に見えた三間坂さんが、今はちょっと普通の女の子に見える。三間坂さんも普通の女の子なんだから、そういう表現は変なんだろうけど、午前の時のたのもしさは感じられなかった。


 そうこうしているうちに、開始の合図が鳴り響き、1組と7組のお邪魔玉入れ準決勝が始まった。

 俺は三間坂さんを応援したが、心配した通り、前回あれだけ無双していた三間坂さんは明らかに精彩を欠いていた。何かを気にしているようで、注意力散漫といった感じで、投げられる玉に反応できていない。


 三間坂さん、一体どうしちゃっんだよ……。


 結局、7組のお邪魔玉入れは準決勝で敗退することになってしまった。

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