第24話 7組のオリジナルパフォーマンス
お邪魔玉入れから戻ってきた三間坂さんは、クラスの女子から慰められていた。
女子達はいつもとちょっと様子の違う三間坂さんを見て、お邪魔玉入れで午前中のような活躍ができずに落ち込んでいると思ったのだろう。
だけど、まだ二箇月弱だけど、色んな三間坂さんを見てきた俺にはわかる。
今の三間坂さんは落ち込んでいるわけじゃない。
そういうんじゃないんだ。
とはいえ、それが違うということはわかっても、こういう三間坂さんを今まで見たことないから、じゃあどういう心境なのかと言われたら、それは俺にもわからない。
俺は三間坂さんと話をしたかったけど、三間坂さんが女子と話してたり、女子の隣にいたりすると、俺からは話しかけられず、二人三脚が終わってから三間坂さんと会話をできていない。
そういえば、俺が三間坂さんと話すときって、いつも三間坂さんの方から声をかけてくれていたんだ……
結局、あれから一度も三間坂さんと話せないまま、体育祭最後の種目、オリジナルの順番が来てしまった。
俺達7組の出場者は待機場所で集まり、順番を待っている。
出番前の緊張感が漂い、余計な話をしている人はいなかった。
この状況では、雰囲気的に俺も三間坂さんに話しかけるわけにはいかない。
そして、俺達のパフォーマンスの順番が回ってきた。
全員が一斉にグランドに走り出し、男女が交互に並んだ6列の隊形に並ぶ。
すでに耳に馴染みきっているハチャトゥリアンの剣の舞がグランド中に流れ始めた。
開幕はティンパニの力強い前奏だ。俺達の振り付けもその曲の力強さ通り、剣で斬り付けるような派手な動きから始まる。
俺は音に遅れることなく、最初の振りを力強く決めた。俺の入りはバッチリだ。
ティンパニの前奏に続き、すぐに木琴の速く激しい旋律が流れ出す。このあたりのメロディーこそ、剣の舞の最も格好よく熱い部分だ。
振り付けも、その旋律に合わせて、速く激しく斬り付ける。
途中サクソフォーンが続けて二度鳴る場面が数回ある。ここでは、一度目のサクソフォーンに合わせて一回転、二度目のサクソフォーンで決め技的な派手な斬り付けを決める。今回の振り付けの見せ場の一つだ。
練習ではタイミングが合わず何回も失敗した。
でも、もう耳が、体が、細胞が覚えている。
来るぞ。
来るぞ。
――きたっ!
俺は自分でも会心の出来だと思える回転と、斬り付けポーズを決めてみせた。
今日の俺は絶好調だ。
むしろ心配なのは三間坂さんの方。
途中、降り付けに影響しないレベルで、何度か隣の三間坂さんの様子を窺う。
いつも通り指先まで伸びた手、凛々しい姿勢、綺麗な回転、そのどれもに惚れ惚れする。
よし、三間坂さんは大丈夫だ!
俺は安心して自分のパフォーマンスに集中する。
そして、いよいよラストパフォーマンス。皆で集まり、布を掲げてフランス国旗を作るという動きだ。
隊列状態での最後の振りをびしっと決めた俺は、練習通り俊敏に目的場所へと向かった。
あれ? 三間坂さんの動き出しが遅い。
いつもなら俺を先導するかのように前を走ってくれる三間坂さんが、出遅れて俺と並走するような形になっていた。
三間坂さんらしくない……。
さっきは安心したのに、また俺の心に不安の影がよぎってくる。
でも、もうラスト演技だ。これさえ乗り切ればパフォーマンスの完成だ。
三間坂さんの出遅れの影響で、多少俺達は集合位置につくのが遅れた。
でも、大丈夫。一斉に座るタイミングには間に合った。
全然問題のないレベルだ。同じように手間取ったペアはほかにいらくでもいる。俺達の移動から座るまでの動きは、全体のレベルでいえば及第点レベルだ。
落ち着いてこのままいつも通りにやればいい。
俺はそう思っていた。
けど、三間坂さんは違ったのかもしれない。三間坂さんがこの移動の動きで遅れたのは練習を通しても初めてのことだった。
だから三間坂さんに焦りがあったとしても不思議ではない。あるいは、それ以前から続いている三間坂さんのちょっと変な感じ、それが影響したのかもしれない。
三間坂さんは布の取り出しに、これも初めてもたつく。
三間坂さん、どうしたんだよ!?
それでも、俺達は致命的に遅れているわけではない。俺は心配するよりも、応援する気持ちで三間坂さんだけに集中した。
三間坂さんがようやく布を取り出し、俺の方に差し出そうとしてくる。
けど、その三間坂さんの手から布が零れ落ちた。
ここで布を落として拾い上げていたら、確実に頭上に掲げるのに遅れる。
こんなのは、三間坂さんが絶対にするはずのない失敗だった。
練習でさえ一度もしなかったミスを、こんな本番の一番大事なところでするなんて、三間坂さんらしくない!
でも、そのミスを信じられないことだと茫然と見送るような俺ではなかった。
俺は三間坂さんのパートナーだ。
もし何かあったら俺がサポートする。
それは練習中もずっと考えていたことだ。
練習中は一回も活かされることはなかったけど、俺は練習中から色んなトラブルを想定していた。三間坂さんが布を落とすことだって、その中の一つだ。
だから、頭で考えるより早く俺の手は動いていた。
落ちるより先に空中で布をキャッチし、すぐに片側の端を掴むと、反対側を三間坂さんに差し出す。
いつも三間坂さんにしてもらってたけど、本番では俺が三間坂さんに布の端を渡すことになった。
三間坂さんは一瞬驚いた顔を俺に向けたけど、すぐに布の端っこを掴む。
いつものように一呼吸置いてる余裕はなかった。もうそのタイミングがすぐそこにきている。
俺と三間坂さんはアイコンタクトを取り、一緒に布を空に向かって掲げた。
どこまで全員で揃っていたのか、その中の一部である俺にはわからない。でも、少なくとも俺の周りのペアから遅れることはなく、タイミングはドンピシャに思えた。
今までのどの組よりも大きな拍手が聞こえてきた。
「……高居君、ありがとう」
拍手の音で色んな音がかき消されていたけど、三間坂さんのつぶやきだけはしっかり聞こえた。
「こっちこそ、いつもありがとう」
三間坂さんに届いているかどうかはわからないけど、俺は素直にそう応えていた。
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