第20話 体育祭開幕と棒引き

 いよいよ体育祭当日を迎えた。

 天気は快晴。世間的には体育祭日和といったところだ。

 でも、天気がよすぎるとちょっとげんなりするのは俺だけ?

 俺の場合、むしろ雨が降り出しそうな天気の方がやる気が出てきたりするんだけど……


「天気よくて良かったね! 練習の成果、これでバッチリ見せられるね!」


 そう言って背中を軽く叩いてきた三間坂さんは随分とご機嫌だった。まぁ、三間坂さんが嬉しそうならこの天気もいいかもしれない。

 雲一つない空を見上げて、俺はそんなことを思った。


 だるいだけの開会式が終わり、いよいよ競技が始まっていく。

 俺の最初の出場競技は棒引き。午前中の試合を勝ち上がれば、午後の準決勝や決勝に進むことになる。

 二人三脚は午後から行われる。

 そして、パフォーマンスの「オリジナル」は、午後の最後の競技となる。ちなみに、午前中最後を務めるのがもう一つのパフォーマンスの「応援」だ。このプログラムの並びから考えても、オリジナルと応援がうちの学校の体育祭のメインだということがわかる。そして、その二つの内でも、最後のトリを飾るオリジナルこそが、一番の注目競技だということも。

 ……なんか緊張してきた。もし一人だけ失敗とかやらかしたらとんでもない目でみられそうだよ。


「高居君、棒引き出場者の呼び出しかかってるよ」


 おっと、今から緊張を感じて呼び出しアナウンスを聞き漏らすところだった。

 三間坂さんの声を受けて、7組の応援席にいた俺は立ち上がる。

 こんな俺でも、たまには三間坂さんに格好いいところを見せてやろうって気にもなってくる。


「高居君、頑張ってね」


 そう言って微笑んでくれたのは一ノ瀬さんだった。

 オリジナルや二人三脚の練習を経て、俺と一ノ瀬さんとの関係はずいぶん進展している――と思う。

 実際、俺と一ノ瀬さんと三間坂さんの3人で作ったライングループでは、体育祭以外の話をすることもあり、以前よりもずっと一ノ瀬さんのことを知れたし、俺のこともそれなりに知ってもらえたと思っている。

 今も、わざわざ俺に頑張ってと言ってくれたのはその現れではないだろうか?

 これってもしかして可能性アリってことじゃないか?

 棒引き、ますますやる気になってきたぜ!


 俺は集合待機場所にたどりついた。

 ちなみに、棒引きとは、中央に置いた長い竹の棒を2つのチームで取り合い、より多く自陣まで引っ張ってきたほうが勝ちという競技だ。

 今回の体育祭での棒引きの棒は7本。チームの人数は15人。1年生、2年生、3年生それぞれ5人ずつで構成されている。

 棒引きの練習をするには、場所と対戦相手が必要になるため、ここまで一度も練習はしていない。つまりぶっつけ本番ということだ。これに関しては他のクラスも同じなので条件は一緒。

 でも、練習経験がないため、どういう戦略で戦うのがいいのか正直判断がつかない。2人ずつわかれてそれぞれ棒に向かい、どこかだけ3人にするか? あるいは残った一人を遊撃にして、負けそうなところのフォロー?

 それよりも、とにかく4本取れば勝ちなのだから、4本に3人を当てて、残った3人は残りの3本の邪魔をしにいくのがいいのか?

 色々考えはするが、俺は1年生。この状況で俺から作戦を指示するわけにはいかない。ここは、3年生の指示に従うのがベストなんだろう。

 勝負の前の緊張感の中、俺は三年生の先輩に視線を向けた。


「いいか、みんな。足の速い奴は分かれて空いている棒に向かい、一気に自陣まで持って来てくれ。遅れた奴は競り合っている棒へのフォローだ。状況に応じて臨機応変に柔軟に対応してくれ!」


 先輩からの指示が全員に下った。

 ……臨機応変? 柔軟? いいのか? そんなあやふやな作戦で。

 でも、下手に一つの作戦に凝り固まると、不測の事態に対応できず失敗することもある。このくらいアバウトな作戦のほうがいいのかもしれない。

 俺は頭を切り替えた。

 今の指示なら、俺が一番に棒を取ってきて最初の一本を取っていいわけだ。そうすれば、一ノ瀬さんや三間坂さんの中で俺の評価が上がるかもしれない。

 とにかく俺は空いている棒に向かって走ってやる!

 まず一本、俺が取ってみせるぜ!


 俺達7組の15人が、自陣のラインに並んで駆け出す用意をする。相手は8組。

 絶対に負けない! 三間坂さんと一ノ瀬んさんにいいとこ見せてやる!


 スタートのピストルの音とともに、真ん中に間隔をとって並べられている棒に向かって、俺を含めた両チーム合わせて30人の選手が一斉に走り出した。

 俺のスタートは悪くない。味方よりも、そして敵よりも早く俺は一番端の一本の棒にたどりついた。


 もらった!


 俺は片手で竹の棒の端を掴むと、一瞬で反転して再びダッシュする。


 このままこの一本を自陣まで俺が持って帰ってやる!


 しかし、順調だったのは最初の数メートルだけだった。竹の棒が急に重くなる。

 振り返れば、8組の生徒が一人、棒の反対を掴んでいた。

 1対1。男の力比べ勝負だ!

 俺は両手で棒を持ち直し、持てる力をすべてこの棒に注ぎ込む。そして、それは相手も同じだった。

 お互い、綱引きのような態勢で一本の棒を引っ張り合う。

 相手は2年生だった。身長は俺より低いが、体重は明らかに重そうに見える。

 こういう力勝負で最も重要なのは体重だ。

 その点では俺は負けている。だけど、態勢、力のかけかた、タイミング、それらで多少の体重差は補えるはず!

 俺と相手との引っ張り合いは、完全に均衡した状態へと移った。


 くっ! さっきから筋肉が悲鳴を上げてる!

 全力で腕に力を入れ続けているんだから当然だ。

 でも、ここで一瞬でも力を緩めたら一気に持っていかれる!


 頼む! 誰か来てくれ!

 俺が持ちこたえてる内に、フォローに来てくれ!


 相手の2年生と目が合う。

 向こうも必死だった。

 相手にとって俺は1年生のヒョロガリ。負けられないプライドがあるんだろう。

 だけど、それは俺だって同じだ!

 一ノ瀬んさんが応援してくれている!

 それに、三間坂さんも見てくれている!


 ボウリングでは三間坂さんに格好悪いところを見せてしまった。

 これがその代わりになるかどうかはわからないけど、俺がやれるってところを見せてやる!


 俺は限界に達している腕にさらなる力を込めた。


 ――だが、敵の援軍が到着した。

 こちらは依然として一人のまま。


 1対2。俺に勝つすべはない。


 でも、簡単には行かせない!

 味方が来てくれるまで、少しでも粘ってやる!

 俺の意地、見せてやる!

 二人に引きずられながら、それでも俺は腕と足に力を込め続ける。


 俺はやれるだけのことはやった。

 もう腕を上げることさえできないほどだ。

 でも、そこまでやっても俺の棒は敵陣のラインを超えてしまっていた。

 結局援軍はこなかったのだ。


 ほかの棒を見れば、すでに敵陣に3本引き込まれていた。俺の棒を合わせれば4本。勝負はもう決してしまった。


 俺達は一回戦で負けてしまった……


 俺は力を使い果たしてまったく上げることができなくなった腕を垂らしたまま、重い足取りで7組の応援席へと戻っていく。

 しかし、ここまで腕に力が入らなくなるとは思っていなかった。今ならペンさえ持てやしない。

 この腕ではたとえ勝っていたとしても、次の試合はまったく勝負にならなかっただろう。

 そう考えれば、一回戦負けというのもよかったのかもしれない。


 ……よくない。いいわけがない。

 悔しさがこみあげて来る。


 応援席まで戻る気になれず、俺は途中のグランドの片隅で座り込んだ。

 腕だけじゃなくて足もかなりきつい。

 棒引きがここまで体力使う競技だったとは……


 ふいに何かが日差しを遮り、俺の顔に影が差す。

 見上げればそこには立って俺を見下ろす三間坂さんの顔があった。

 くっ、まだ顔を合わせたくなかったのに……

 俺はほぼ無意識に顔をそむけてしまった。

 慰めの言葉はいらない。余計に惨めになる。


「すっごくやりたかったんだなって伝わってきたよ!」

「えっ?」


 興奮したような三間坂さんの声に、俺は再び顔を上げる。

 やりたかっただって? 俺が?


「ますますやる気出てきた! 私も頑張ってくるから見てて!」


 それだけ言うと三間坂さんは駆けて行った。

 そういえば、お邪魔玉入れの呼び出しアナウンスがさっき流れていたな。


 ……そうか。

 どうしてこんなに悔しいのかと思ったら、さっきの棒引きが楽しかったからなのか。

 2年生との一対一に勝ちたい、チームとして勝負に勝ちたい、それで三間坂さんと一ノ瀬さんにいいところを見せたい、それ全部含めて楽しかったんだ。


 だからもっと戦いたい。

 その気持ちがこの悔しさの正体か。

 ……来年も棒引きに出て、絶対リベンジしてやる!


 俺は心にそう誓った。

 まさか、体育祭が終わってもいないのに、次の体育祭のことを考える日が来るとは思ってもみなかった。


 ……そうだ、三間坂さんの応援をしなきゃ!

 三間坂さんにやる気を与えることができたのなら、俺の戦いも意味があったってことだ。

 三間坂さんの雄姿を見届けないと!


 俺は腰を上げ、応援席へと向かって歩き出した。

 腕はまだまともに動かないままだけど、重かった足はずいぶんと軽くなっていた。

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