第6話 遊びに行く日

 ついに一ノ瀬さんと遊びに行く当日がきた。

 待ち合わせは駅前に14時だが、何かあってはいけないとは家を早く出てしまい、俺は30分前についてしまっていた。とはいえ、スマホのゲームでデイリーのクエを進めていたから手持無沙汰ではない。


「お、高居、早いな! 女子はまだか?」


 声をかけられ俺はスマホから顔を上げる。

 見たこともない色のチノパンにおしゃれ風なシャツ、ライトジャケットと、自分なりの気合を入れたと思える格好の下林君がすぐそばまで来ていた。

 ふむ……しまったかもしれない。一ノ瀬さんと遊びに行けることに浮かれて、服装を気にするのを忘れていた。ダボったいデニムに、母親がユニクロで買ってきた厚手のチェックシャツと、何も考えず普段の格好で着てしまったぞ。

 やばいか?

 いやいや、まだ慌てるような状況ではない。

 一ノ瀬さんや三間坂さんも俺と同じような地味な格好で来るかもしれない。そうなれば、下林君は一人で浮き、俺の選択こそ正しかったことになる!


「まだ僕だけだよ」

「そっか。まぁ、遅れてくるよりはよかったかな」


 それには同意する。三間坂さんはともかく、一ノ瀬さんを待たせるなんてあってはならない。

 けど、そう思うのなら下林君ももっと早く来るべきではないだろうか? もう約束の時間の五分前だぞ。

 ちなみに、心の中での俺の一人称は「俺」だが、人前で口に出す時は「僕」になる。理由などは深く追求しないでくれ。


「お、一ノ瀬さんが来たぞ!」


 下林君の声につられて、俺も改札の方に目を向ける。


「――――!」


 普段着の一ノ瀬さんだ!

 グレーのニットに、細い脚にフィットしたスキニージーンズにローファー。

 決して派手な格好ではなく、シンプルな服装なのに、なんて素敵なんだ! 一ノ瀬さん自体がおしゃれの塊なんだと実感させらてしまう。


「美人って何着ても似合うんだな」


 感嘆するようにつぶやく下林君に、俺も心の中で激しく同意する。

 素材のポテンシャルを舐めていた。

 まずい。このままではダサすぎて俺が浮いてしまう。

 こうなったらせめて三間坂さんもやぼったい普段着で着てくれ!


「おおっ! 三間坂さんも来たぞ! 二人とも車両は違うけど同じ電車だったんだな」


 俺も一ノ瀬さんの少し後から改札をくぐる三間坂さんを発見した。


「え……」


 俺は思わず驚きの声を漏らしていた。

 制服姿の三間坂さんしか知らない俺は、最初彼女だってわからなかったくらいだ。

 オフショルダーのシャツにパステルカラーのカーディガン、デニムのショートパンツに黒のニーソックスとスニーカー、髪もいつものサイドテールではなくポニーテイルと、普段の三間坂さんとは印象が全然違う格好で俺は戸惑ってしまう。


「三間坂さんもいいよな。男子の中でも人気あるし」


 三間坂さんが人気あるというのは初耳だ。まぁ、確かに容姿だけならクラスで三番目には位置しているから、何も知らない男子には多少人気がでるかもしれないが。


「それにしても三間坂さんって綺麗な脚してるよな」


 おいおい、変なこと言うなよ! そんなこと言われたらついつい見ちゃうじゃないか!

 俺の視線は自分の意思とは無関係に三間坂さんの脚に向いていた。

 学校では膝上のスカートから伸びる三間坂さんの脚を何度も見ているが、特に意識したことはなかった。それなのに、いつもは短いソックスで生脚のはずのその脚が、黒いニーソックスで覆われているのを見ると、なぜか鼓動が早くなってしまう。黒色のせいか、いつもより三間坂さんの脚が引き締まって見える。男子のものとは違う、柔らかさとしなやかさのあるその綺麗な形の脚から、不思議と目が離せなくなってしまう。

 さらに、足先から伸びたニーソックスが終わり、デニムのショートパンツに達するまでの間には、三間坂さんの生の太ももが、これでもかというほどに存在感を主張している。

 よく考えれば、そこはスカートで隠れていて教室の三間坂からは見ることができない部分だ。

 ふくらはぎの細さに比べると、その生の太ももは若干太目に見える。でも、太目に見えるだけで決して太いわけじゃない。太いという表現が不適切だと感じるというかなんというか。むっちりとかもっちりとか、女の子として非常に魅力的というか、いや、これは決して三間坂さんが魅力的ということではなく、単なる事実として、非常に女性らしい太ももだということを言いたいだけで……


「お待たせ! ちょっと高居君、なに私の方を見ながら難しい顔してるのよ?」


 うっ、三間坂さん!

 声をかけられたが俺はとっさに返事ができない。

 いつの間にか三間坂さんと一ノ瀬さんが俺達のところまで来ていた。


「二人とも制服とは違うおしゃれな格好してるから見とれてたんだよな」


 下林君がフォローしてくれるが、見とれているなんて言われるのは心外だった。一ノ瀬さんに見とれていたと思われるのならいいが、三間坂さんに見とれていたと思われるのはなんだか癪だ。


「ボウリングだからスカートじゃない方がいいと思ったんだけど、変かな?」


 ああ、一ノ瀬さんの鈴を鳴らしたような声は聞いてるだけで心地いい!

 パンツ姿も素敵ですよ、一ノ瀬さん!


「全然変じゃないって。一ノ瀬さんはスタイルがいいからシンプルな格好でも綺麗に見えるからホント羨しいよ」

「三間坂さんの方こそ、おしゃれですごく可愛いよ」

「そうかな? ……高居君もそう思う?」


 むっ、女子同士で会話をしていたのに、なぜそこで俺に振る?

 ここでうなずいてしまうと、三間坂さんがおしゃれで可愛いと認めてしまうことにならないか?

 一ノ瀬さんがおしゃれが可愛いというのなら、何の迷いもなくうなずくのだが。

 ……ん、でも、今回に限っていえば、三間坂さんの方がおしゃれかもしれない。一ノ瀬さんにはシンプルな良さがあるけど、おしゃれで可愛いといえば三間坂さんのほうが……


「いやぁ、二人ともすっごく可愛いよ! なぁ、高居」

「う、うん、そうだね」


 三間坂さんは俺に聞いていたはずなのに、なぜか下林君が答えていた。でも、なんとなく助かったような気がする。


「じゃあ、ボウリング場へ行こっか」


 三間坂さんの掛け声で、俺達は目的地へと向かって歩き出した。

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