第29話 高校生クイズ第1問

 開始までの1時間以上もの時間をどうやって潰そうかと思っていたが、想定外の取材やらなんやらで、時間はすぐに経過していった。

 まばらにしかいなかった参加者も、すでにすごい人数になってきている。

 ちなみに、参加者は都道府県ごとに場所が定められていて、前から順に都道府県ごとに固まりを作っている。


「そろそろ時間だね」


 三間坂さんの声にも緊張の色が見えた。


「そうだな」


 俺の声も若干上ずっていたかもしれない。


 会場に音楽が流れた。

 それに合わせるように、ステージにテレビではお馴染みのアナウンサーが司会役として登場した。


 おおっ! 本物だ!

 芸能人じゃないかもしれないけど、テレビに出てる人を直に自分の目で見ると、やっぱり興奮する。


『高校生のみんな! 今年も熱いクイズの夏が来たぞ!』


 熱いノリの司会者に俺達は歓声で応える。恥ずかしながら、俺も手を突き上げてなんだかわからない声を叫んでいた。


『高校生クイズ甲子園に出られるのは、人生でたったの3年間だけ! それ以外では、どんなにお金があっても、どんなに地位が高くても、どんなに名誉があっても、出ることはできない! この場に集えたこと、それ自体が君たちの何よりの特権だ!』


 司会者は俺達を煽りますます体を、血を、魂を熱くさせていく。

 俺は胸を昂らせ、隣の一ノ瀬さんに目を向けた。

 一ノ瀬さんは三間坂さんに付き合ってる感じで、本人はそれほど積極的じゃないのかと思っていたが、今の彼女は顔を赤くし、いつになく興奮した様子だった。そう見えなかっただけで、一ノ瀬さんもこの大会に熱い想いを持っていたんだと俺は今更ながらに気付く。

 こういう一ノ瀬さんも新鮮でいいな……。

 こんな状況にもかかわらず俺はそんなことを思いながら、三間坂さんの方も見やる。


 …………


 俺は一瞬三間坂さんに見とれてしまった。

 好きなものに一生懸命になる女の子ってこんなに輝いて見えるんだ……。

 三間坂さんはキラキラしていた。


 ……可愛い。


 いや、待て、今俺何を思った?

 可愛いだって? いや、確かに三間坂さんはクラスでも三番目くらいには可愛いけど、今俺、一ノ瀬さんより可愛いって思わなかったか? まさか、そんなことないよな。そうだ、きっと気のせいだ。


 だけど、さっきの三間坂さんの顔は俺の頭に焼き付いて、離れそうにはなかった。


 司会者はその後も色々何か話していたが、違うことで心をざわつかせた俺は、その話をほとんど聞いていなかった。

 ようやく俺の気持ちが落ち着いた頃になってもまだ司会者は問題に入らず、なにやら色々話していた。

 あまりにも長い前振りに思えるが、よく考えれば、もしこの1問目で間違えれば、その時点でゲームオーバー。ここにいる半分くらいの人間は、この1問で消えることになる。それを考えれば、最初の問題で引っ張るのは、番組側の温情とも言えるかもしれない。


『それでは、そろそろ運命の第1問目にいきたいと思います』


 司会者の口調が熱さを前面に押し出していたものから、落ち着いたものへと変わった。

 それに呼応するかのように、俺達出場者にも今までと違う緊張が走る。


『第1問。夏と言えば高校生クイズ甲子園。この高校生クイズ甲子園では敗者復活戦がお馴染みですが、同じく夏の風物詩に、高校野球の夏の甲子園、正式名称で言えば、全国高等学校野球選手権大会があります。この全国高等学校野球選手権大会において、今までに敗者復活戦が行われたことがある。〇か×か!? これが今年の高校生クイズ甲子園地方予選の第1問目の問題です! 繰り返します――』


 俺達三人は顔を見合わせる。

 高校生クイズに備えて自分なりに勉強してきたつもりだけど、さすがにこんな内容は調べていない。俺の知識の中にはまったくないものだった。

 それは三間坂さんと一ノ瀬さんも同じようで、二人とも不安げな顔をしている。


「誰か知ってる?」


 三間坂さんの問いに、俺も一ノ瀬さんも首を横に振った。


「……野球は詳しくないから」


 女子野球もあるけどまだメジャーとは言えない。それに今回の問題は男子の高校野球の話だ。一ノ瀬さんが申し訳なさそうにつぶやいたけど、当然ながら彼女は何も悪くない。


「私も高校野球は地元の試合をテレビで見るくらいで、詳しくないんだ……」


 そう言って三間坂さんは俺に熱い視線を向けてきた。


「この問題、高居君に託すよ!」

「――――!?」


 俺の心が震える。

 ちょっと待って三間坂さん! そんな大事なこと、簡単に俺に託したりしていいのか!?

 俺は慌ててもう一人のチームメイト、一ノ瀬さんの方に視線を向けた。


「私も高居君に従うよ」


 だが、一ノ瀬さんまでそんなことを言って俺に真剣な目を向けてくる。

 ……ううっ、二人にこんなことを言われては、もう俺も腹をくくるしかなかった。

 やってやる!

 二人の期待に応えて、絶対にこの1問目に正解してやる!


「わかった!」


 俺は頭の中をぐるぐるかき回す。

 知識としては答えを知らない。でも、答えにたどりつくまでの材料なら俺だって持っているはずだ。

 考えろ、考えるんだ!


 敗者復活戦、わざわざそんなことをする理由はなんだ?

 オリンピックの柔道を見ていると、敗者復活戦があるよな。でも、あれは普通の3位と準決勝で負けた人の中からもう一人3位を決めるものだ。そもそも高校野球では3位決定戦をやらないから、柔道みたいな敗者復活戦をする必要はない。

 だとしたら、なぜ敗者復活戦をする?

 そもそも各都道府県から1チーム、多いところは2チームも出てきてトーナメントをしているんだ。雨が降って日程が厳しいとかいう話もたまにきく。日程的に敗者復活戦なんてしている余裕があるのか? そんなのどう考えたって無理だ。

 でも、まてよ。昔は各都道府県から必ず1チーム出られるわけじゃなかったはずだ。もし今よりずっと少ないチーム数でやっていたのなら、日程の問題はない……。だとしたら、敗者復活戦もありうるのか?

 でも、そもそも高校生の運命をかけた戦いで、敗者復活戦なんてやる必要があるのか? 夢破れてももう一度チャンスがあるというのは、ある意味教育上いいことかもしれない。でも、もし敗者復活戦で負けたチームが優勝とかしたら、出てる方も見てる方もどんな気持ちになる? そんなことが起こり得る敗者復活戦なんて取り入れるか?

 そうだ。俺達の青春に敗者復活戦なんてないんだ! 高校生クイズ甲子園も、本選ならともかく、地方予選の最初の〇×クイズに敗者復活戦なんてない! 俺は今負けたら終わりの勝負の舞台に立っているんだ!

 そして、俺の恋にもきっと敗者復活戦なんてない!

 俺はたった一度の挑戦に生きるんだ!


 実際にどれだけの時間を費やしたのかは自分でもわからない。

 でも、俺は答えを決めた。


「答えは×だ。敗者復活戦なんてない」


 俺は力強く二人に答えた。


「わかった」


 二人は余計なことは何も言わず、俺の答えにただうなずいてくれた。

 二人が運命をすべて俺に託してくれたんだと実感が湧き、責任を感じるとともに胸の奥が熱くなってくる。


 俺達がいるフィールドは縦に線が引かれ、左右に〇と×で分かれている。

 俺達3人は×の方へと進んだ。

 やがて俺達よりもじっくり考えていたチームも、〇か×いずれかに分かれていき、ライン上に残るチームはいなくなる。

 そして、左右への移動ができないよう、スタッフによりラインの上にロープが張られた。

 これでもうどうあがいても答えの変更はできなくなった。

 あとはもう俺達の運命を×に託すだけだ。


『さぁ、すべてのチームの答えが決まりました。見たところ、若干×の方が多いように見えます』


 多いからといって正確という保証はまったくない。

 でも、多数派だという事実は少し俺を安心させてくれた。


『〇のみんな! 答えは〇か!?』


『おおぁ!』


 向こうから大きな声が響いてきた。


『×のみんな! 答えは×か!?』


「おおぉ!!」


 俺も周りの人達も声の限り叫んだ。


『声は×の方が大きいように感じました!』


 司会者はなかなか発表せずに俺達を焦らしまくる。

 くそっ! いやな汗が流れてくるぜ。


「きっと大丈夫だよ」


 三間坂さんが俺の手を握ってきた。

 恥ずかしいとかそういう思いは少しも湧いてこず、俺も三間坂さんのその手を強く握り返していた。


「うん。僕達は、こんなとこでは負けたりしない」


 たった1問、そんなので俺と三間坂さんと一ノ瀬さんの夏が終わるのはいやだ!

 この夏休み、これが終わったら二人とはもう会うことはないかもしれない。

 そんなの俺はいやだ!

 ここで最後まで勝ち残って、三人で打ち上げをして、その後も本選に向けての対策で何度も集まって……。俺は今年の夏をそんな夏にするんだ!


『それでは、第1問目の答えを発表します! 全国高等学校野球選手権大会において、今までに敗者復活戦が行われたことがある。〇か×か。答えは――』


 三間坂さんの唾を飲み込む音が聞こえた気がした。


『〇です!』


 司会者の答えが耳に届いた瞬間、目の前の景色がぼやけたようになり、目に映るものすべてが頭に入ってこなくなった。。耳に届く音も頭に残らない。


『当時はまだ全国中等学校優勝野球大会という名称でしたが、1916年の第2回大会と1917年の第3回大会で敗者復活戦が実施されました。しかも、第3回大会では敗者復活戦を勝ち抜いた愛知一中が優勝をしています』


 司会者からはそんな追加情報が語られていたが、今の俺の耳には何も入ってきやしなかった。


 俺の――いや、俺達の高校生クイズ甲子園はここで終わったんだ。

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