第23話 助けて……殺さないで……

「あっ……み、みんなぁ!!」


 リタは五人が落ちていく崖に駆け寄った。だが立ち上がった瞬間、パァン! と銃声が響くと太股に痛みが走った。


「あっぐぅ……!?」


 そのまま転げ倒れる。貫通した銃創から血が流れ、痛みに足が動かせない。

 そんな彼女をペルキナ部隊は長銃ライフルを構えつつ包囲。“使い魔”を警戒しつつ慎重に距離を詰める。


 あの時と……同じだ……あの音が響くと……人が……し、死ぬ――


 前の時は他にも居た。けど、今は自分一人しか居ない。つまり、音が鳴れば死ぬのは――


「ひっ……ご、ごめんなさい……助けて……殺さないで……」


 恐怖から涙を流し、血を流す足を動かしながら這いずる。

 再び銃声が響き、今度は肩を撃たれた。


「うぐぅ……うぅぅぅ……」


 リタは肩を抑えて仰向けに倒れ、雲一つ無い空を見る。


 痛い……痛い……なんで……こんな事に……なったんだろう……? 私が……民を見捨てた……から? 解ら……ない……


 涙で歪む視線の中、見下ろしてくるムートの顔が移ると、目隠しにて視界が暗転し口を縛られ手足を拘束された。






「うぁぁぁ!!」


 キャスの悲鳴と共に落下し始めた五人は、眼下に迫る川を見る。もしかしたら助かるかも、と言う考えは川ががかなり浅い事から落下死は確定である事を悟った。


「ラシル! スプリガンを出せ! キャス! バエルを広げて全員を受け止めろ!」

「スプリガン!」

「バエル! 皆を護って!」


 ハンニバルからの指示に二人が使い魔に命令する。

 ズゥン! と谷底に着地する様に“スプリガン”は現れ、上を見上げる。そして、落下してくる“バエル”に包まれた五人を両手の平を皿のようにして受け止めた。

 クッションとなった“バエル”が元の体積に戻る。


「た、助かったぁ……バエル、ありがと」

「かなり危なかったですね……」

「! リタはどこ!?」

「上に残された……スプリガン! 上に――」

「ラシル! スプリガンでオレ達を包め!」

「! スプリガン!」


 崖上から、例の筒がこちらち向けられていた。放たれる弾頭から五人を護るように“スプリガン”は手で覆う。


「ダメージはない……これなら勝てる!」

「退却だ! 今すぐ敵の視線から切れる位置まで移動しろ!」

「! リタを見捨てるの!?」


 ハンニバルの指示にラシルが反論する。


「説明は後だ! 今は退却しろ! このままじゃ全滅するぞ!」


 全滅。ハンニバルより放たれたその言葉は何よりも切羽詰まったモノだった。


「~~~ッッ! スプリガン! 渓谷の奥に移動して!」


 崖上から降り注ぐ弾丸を意に返さず、“スプリガン”は渓谷を遡る様に移動して行く。






「撃ち方止め」


 崖上から“スプリガン”に射撃を見舞ったペルキナ部隊はムートの指示に銃撃を止めた。


「例の『巨人』ですね」

「ああ。それとスライムのようなヤツも居たな」


 ゲイツは、“スプリガン”と“バエル”を見て、やはり島内にはまだまだ未知の存在が潜んでいると肝を冷やす。


「……敵の退却判断が早い」


 この崖際の地形は『巨人』が動き回るには道幅が狭い為、こちらに利がある。ロケットで足場を崩して落とす戦術も取れた故に、効かぬと解っていても銃で牽制したのだが――


「……あの男か」


 ムートは瞬間的に目が合ったハンニバルの事を思い出す。

 部隊を率いる者として“同類”は嫌でもわかるのだ。最初に二番車のバリケードを突破する時に『巨人』を出さなかったのもヤツの指示だろう。


「隊長、どうしますか? 追いますか?」

「いや、ここで待機する。装備を全て下ろせ。ロケットも全部だ。二番車に二人乗り、港拠点へ増援要請に向かえ。『巨人』と遭遇、魔女を捕らえた、とな。ガイダル様がまだ居れば興味を持って来てくれるだろう」

「ハッ!」


 ムートの指示に部下達は迅速に動き始めた。日はまだ高い。夜になる前に増援は十分に間に合う。


「うぅ……うぅぅ……」

「隊長、魔女はどうしますか?」

「止血をしてモルヒネを打ってやれ。うるさくて叶わん」






「それで、どうやってリタを助けるの?」


 ラシルはハンニバルにリタ救出作戦を問う。

 現在五人は渓谷の隙間にある洞窟まで“スプリガン”に運ばれ、上からも下からも死角となる場所に隠れていた。


「アイツの事は忘れろ」


 ハンニバルのその言葉に四人は一瞬、何を言っているのか解らなかった。

 ラシルだけが辛うじて声を出す。


「何を……言ってるの?」

「敵が崖の上から攻撃をしてきたってことはリタは無力化されたってことだ」


 ハンニバルは壁に背を預けて、その理由を語る。


「アイツらは“魔女”を島内唯一の戦力として驚異に見てる。どんな“使い魔”が飛び出すか解らない以上、生かす意味はない。まず、殺されただろうな」

「待ってください。それは確実に言える事なのですか?」


 モナはハンニバルが仮定で話している事を指摘する。


「生きてたとしても、身動きは出来ない様に拘束させられてるだろうな。喉か足。どっちか潰されてる。結果としてこっちの戦力にはならんし、助けても負担になるだけだ」


 ハンニバルの言葉に、モナはラシルを助けた時、敵がそのような行動を取ろうとしていた事を思い出した。


「あの足場の狭い地形じゃスプリガンは機能しない。バルバトスは弾かれるし、奴らも警戒してる。助けに行けば間違いなく誰か死ぬぞ。下手すりゃ全滅だ。こっちの情報を無駄に与える必要はねぇ。ここは退却がベストだ」


 そこまで語るハンニバルに詰め寄ったのはキャスだった。


「死なせない……もう、誰も死なせません!」

「オレの話を聞いてたか? 解りやすく言ってやる。“戦争に勝利する為にリタの事は忘れろ”」

「ハンニバルさんは……そうやって不要な人達を切り捨てて来たんですか?」


 キャスが怒りの混ざった瞳に対し、ハンニバルは変わらずに冷徹な眼で返す。


「オレ達は孤立してる。『宮殿』の援軍もなく、敵地のど真ん中にたった五人だけだ。そんな中、敵に捕捉される事がどれだけ危険な事か、わからねぇのか?」

「話をすり替えないでください! ハンニバルさんは……そうやって今まで戦ってきたんですか?」

「そうだ」


 ハンニバルはキャスの感情を飲み込む様に冷徹な眼で見下ろす。


「意味のない命に時間も戦力も割く余裕はない」

「ハンニバルさんの言う“意味のない命”に、あたしは生かされました」


 一歩も引かない両者。

 ハンニバルの言うことはラシルも理解できる。しかし……場の心は――


「……そうかよ。なら、お前らだけで助けに行くんだな。オレはパス」


 ハンニバルはその場に座ると壁に背を預けてそう言い放った。


「ハンニバルっ! お前――」

「待って、ミカ」


 あまりに自分勝手なハンニバルに更に詰め寄ろうとしたミカをラシルが制する。


「ハンニバル、貴方は自分が罪人だと言う自覚はあるの?」

「なら、今すぐ刑を執行しろ。それでこの戦争は終わりだ。仲良く皆殺し。まぁ、その頃にはオレは刑で死んでるから関係ない」


 本当にハンニバルは動く気はない。それほどに……リタを助ける事に対して何の活路も見出だせないのだろう。


「……わかったわ。皆、リタを助けに行くわよ」

「! うん!」

「ええ!」

「ああ!」


 ラシルの決断はリタを見捨てられないと言う事だった。苦しんでいるなら手を差し伸べると言う精神は魔女に対しても変わらない。


「多分、もう死んでる。色々な意味でな。それでも行くのか?」

「“多分”でしょ? だったら……助けに行くには十分よ」


 洞窟の外に“スプリガン”を顕現すると、その手にモナ、ミカ、キャスを乗せてラシル達は去って行った。


「……やれやれ。だから綺麗過ぎるんだよ」


 ハンニバルは過去を思い出す様にポツリと呟く。そして、


「……そう騒ぐなよ。これは必要な事だ」


 ここを乗り越えられなければ戦争に勝つことなど到底不可能なのだと酷く理解していた。

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