第8話 時の塔へ
「ロバート!」
「! モナ様!? そのお方は――」
「説明は後です! まずはラシル様の手当てを!」
交通拠点。
それは『ミステリス』内を回る伝達者達が利用する簡易宿屋のようなモノだった。
島内各地に存在しており、大きな街や村、道の最中にも配備。その要所には怪我を負った時に備えて医薬品も揃えてある。
港街『ブルーム』に一番近い交通拠点にモナは駆け込んだ。
「う……」
「ラシル様、気を確かに!」
“麒麟”はモナとラシルを降ろすと煙の様に消えた。
「悪いっ! 提督! 魔女は逃がしちまった!」
四番艦艦長――ジドーは申し訳なさそうに一番艦で行われる艦長会議で申し開きを行った。
「はぁ……だから言ったのです提督。この様な蛮族に艦を与えてもロクな事にならないと」
三番艦艦長――リアンはジドーの失態は今後の戦局に左右する程の失態だと罵る。
「言うじゃねぇか。10年も海に出てない小娘がよ。お前は煙を足場に対岸へ飛び越える生物を見たことがあんのか?」
「何らかの手段で対岸へ越えるとは予測は出来ます。私なら甲板に銃士隊を並べましたが?」
主砲を使わずとも足は止められた。リアンは、ふんっ、と鼻を鳴らして言い返す。
「敵は魔女だ。我々の予測を遥かに越える存在と言える。ジドー殿のように地形ごと吹き飛ばすのは確実なやり方だっただろう。再び“巨人”が出ていた可能性も十分にあった」
二番艦艦長――フォルサイはジドーの判断はこちらに余計な被害を生まない適切なモノだったと語る。
「最適解は無い」
その一声は艦隊提督であり一番艦艦長ガンズの言葉。それは艦長たちのざわめきを停止させる。
「戦争とは常にイレギュラーが起こる。必要なのはソレに対してどれだけ被害を避けられるかだ。此度の遠征は不確定要素が多い」
本来ならば現地に密偵を送り、一年以上は情報を集めた後に仕掛ける。しかし、今回は全くの未知数から始めていた。
「『魔女』『使い魔』『魔法』。これらに関しての情報は文面では実に信憑性がない。だが、我々は目の当たりにした。ソレが事実であると」
実際に“巨人”を見るまで内通者からの情報は信じられなかったのだ。冷静に対応したガンズは流石と言えよう。
「故に戦力は貴重だ。次の補給が来るまで約ひと月。天候次第では更にかかるかもしれん。その間、戦艦四隻は虎の子である。一隻も損う事は敗北と知れ」
ガンズの言葉に艦長達は気を引き締める。同時に頼もしさも感じた。
帝国のアンバー博士が【魔拳神】ガイダルの協力を得て開発した延命措置は、人の寿命を停止に近い状態にする事を可能としていた。
難しい手術であるため、現在はアンバーとガンズの二人だけに施されており、今も研究中だ。
故にガンズはこの200年、海戦において比肩する者は存在しない軍人であり、世界の海路を全て帝国の支配下に置いた立役者だった。
ガンズ提督が指揮した場合、海戦での勝利は約束されたモノ。
過去にその命に迫ったのは一人の男だけだった。
「二番艦より、ペルキナ部隊を出動させます。追跡のスペシャリストである彼らならば魔女の足取りを掴めるでしょう」
「三番艦より、戦車隊を街に配備し、各所に狙撃手を配置。街を砦拠点へと再構築いたします」
「四番艦は……対岸に見張りを置きます」
「各員、役割を全うし、この島を帝国の領地へと染め上げよ」
ハッ! と、ガンズの命令に艦長達は返事をすると各々の任務に着く。
「…………随分と長く旋回する鳥がおるな」
そんなガンズ達が小粒に見える程の遥かに上空を“八咫烏”が旋回していた。
間も無く日が暮れる――
ラシルは失明した眼に包帯を巻かれ、身体の傷も一通り治療されていた。
「身体のダメージは薬草で1日もすれば治癒するでしょう。しかし……右眼は……」
「ありがとう、モナ。いいのよ。右眼は……」
治らない目に最後に焼き付いたのは破壊される
「忘れずにいられるわ。奴らの事を」
鉄の船に乗っていた老人。ヤツは“スプリガン”を見ても動揺しなかった。
「モナ様、一体何が起こっているのですか? 他の魔女様もここに集まっておられます」
「他の?」
ラシルの治療に集中していたが、良く見ると他に二人の魔女――ミカとリタが治療を受けていた。
「……モナ、悪いけど送ってくれるかしら?」
痛み止めも飲んだラシルはモナにそう告げる。
「まさか……ブルームに戻るつもりですか?」
奴らの攻撃や行動は全て未知だ。しかし……そんなモノは関係ない。
「奴らには“代償”を払って貰うわ」
『待て』
その時、バサッと翼を広げて着陸する“八咫烏”が場の面々に声をかける。
「ナギ様!」
『畏まる必要はない』
ナギの来訪に他の伝達者達は頭を垂れるが、気にすること無く職務を続ける様に告げる。
ラシルは、来訪した“八咫烏”の真意を尋ねる。
「ナギ様……いつこちらに?」
『島内では各所に被害が出ている。故にブルームの様子を見に来た。モナ、ラシルを救ってくれたようだな。良くやってくれた』
「……ナギ様……民は……」
『……街に敵以外に生存者はいない』
その言葉にラシルはギリッと奥歯を噛み、拳を握りしめる。
「取り戻します……私が」
『今はその心を静めよ』
「!」
ナギの言葉にラシルは声を上げる。
「何故ですか!? 奴らには手を出すなと!?」
『もうじき日が暮れる。そうなれば“スプリガン”の範囲も大きく制限されるだろう』
視界を確保できる日中こそ、スプリガンを強く活用できる。それに――
『お前の怪我を見れば解る。魔女以外で“スプリガン”を傷つけるなど、本来ならば不可能な芸当だ』
スプリガンはその体躯通りの耐久力を持つ。傷をつけるモノなど国内では片手で数える程も無い。
「でも……故郷が! 蹂躙されたのです! 引き下がれません!」
『……状況は理解しているつもりだ。故にお前たちは“時の塔”へ行ってもらう』
「時の塔……ですか?」
島内をくまなく移動するモナでさえ、初めて聞いた言葉だった。
『敵の能力は未知数だ。奴らはこのままでは止まらない。だが、“時の塔”に投獄しているあの男ならばソレを覆すことが出来るだろう』
「誰……なのですか?」
ナギは躊躇う様に告げる。
『ハンニバル。奴は魔力や使い魔を持たなかったが……10人の魔女を扇動し【国母】様の命を寸前まで狙った大罪人だ』
ナギの言葉はラシルやモナどころか、他の面々も手を止めて青ざめる程の話だった。
「【国母】様が……命を狙われた?」
「初めて聞きました。本当に……そんな事か!?」
『詳しい事はヤツに聞け。その上で、お前たちに処遇を一任する』
ナギは“八咫烏”を通じてラシルへある紋章を託す。
『ソレは“無限刑”を解除する式だ。もしも、お前たちにとってハンニバルが害すると判断した時は死刑を許可する』
死刑。それはこの国に置いて、長らく忘れられていた言葉だった。
他人が他人の命を意図的に奪う。その行為はこの国では殆んどと言って良いほどに起こらない。
故に、ソレを口にする重みはとてつもないモノだ。
『時の塔は人里離れた森の中にある。場所を知る魔女と合流せよ』
「誰ですか?」
『序列50位の魔女キャスだ』
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