第16話 ゼロじゃないさ
一通り自己紹介を終えると今後の具体的な動きは明日に決めるとハンニバルは告げた。
魔女側としてはバエルや敵の事を知るハンニバルから色々と事情を聞きたかったが、疲労も限界であり、その言葉を受け入れる事にした。
見張りはハンニバルがしてくれるとの事でその言葉に甘えて廃塔の内部で横になる。
「ねぇ、バエル」
皆は疲労から即座に眠ったが、キャスは睡眠薬で眠らされていた事もあって、すぐに寝つけなかった。
「バエルって凄い使い魔なの?」
「?」
バエルを抱えて横になるキャスは生まれた時からずっと、一緒だった親友に尋ねる。
「ハンニバルさんは、私を含めて二人だけがバエルの使い手って言ってたけど……もし……あたしがバエルの力を引き出せてたら……皆を助けられたかのかな?」
言っている事の意味がわからないバエルは相変わらず、ぽよん、と流動するばかりである。
「……ううん。ごめん。そうじゃないよね。あたしは前に進むって決めたから。一緒に強くなろう」
そして、キャスは眼を閉じる。眠れないかと思ったが少しすると、芸術的な寝そうをしつつ爆睡していた。
ハンニバルは廃塔の外壁に背を預けてラシルから渡されていた『記憶石』から彼女たちの戦いの記憶を確認していた。
「ガンズのジィさんも生きてやがる。アンバーのヤツはあの研究を完成させたのか?」
まだ、連合軍にいた頃にアンバーが言っていた、“人の寿命を停止に近いモノにする施術”。ガイダルのジィさんの協力もちょくちょく仰いで、絵空事が現実になり始めた所までは覚えてる。
「他人のそら似じゃなけりゃ、アンバーのヤツは帝国に帰順したか。ま、あのハゲ野郎じゃ愛想を尽かしたわな」
当時の連合軍は、帝国に抵抗する諸国の集まりだった。前線での指揮と人員のスカウトはハンニバルを中心に彼と複数の部下が動いていたが、トップは諸国でも一番権力のある国の主席貴族だった。
ガイダルを陣営に引き入れ、ハンニバルの戦果により連戦連勝になった事で有頂天になったのだろう。ハンニバルもガンズを討ち取れはしなかったものの、海戦で戦艦の大半を沈めると言う大勝を勝ち取った。
その後、帰還時に不運にも嵐に巻き込まれてハンニバルは落水し、『ミステリス』でナギに助けられた。
「『マスカレード』の素手は相変わらずだが、来てるのは精鋭だな。一兵卒でも兵士10人分は仕事しやがる」
特に小隊を率いる熟練者の三人は兵士20人分は固い。そして、ガイダルのジィさん。コレは完全に災害の類いだ。
「そんでもって【海神】の艦隊は――ハハハ。何だ? こりゃ」
“スプリガン”と艦隊連合の戦い。
戦艦の性能が完璧に別物だ。昔は帆を張ったガレオン艦隊に大砲を積んでいても驚異だったのだが……帆も無しに前進し大砲も火力と射程が段違いになっている。
拓けた地形を見下ろせる上に昼間ならほぼ無敵の“スプリガン”を一方的に下すとは。
「相性が悪かったか」
敵は目印のある陸地ではなく、距離感の掴みづらい海からやってきた。加えて常に移動していれば“スプリガン”で捉える事は厳しい。更に――
「上陸されれば、“スプリガン”は使えないか」
魔女は自分たちの民や営みを破壊する事を決して良しとしない。
民を助け、共に生きるのが魔女の存在意義だ。要するに綺麗すぎる思想が『ミステリス』に根付いていたが故にラシルは負けたのだ。
「この調子なら街の物資は全部敵さんに奪われたか」
敵は港の破壊以外、巨大な街を丸々手に入れた。兵糧攻めをすれば最も犠牲を少なく勝利出来ると思ったが……“待ち”に徹すればどんどん増援が来て、こっちが詰む。
それに――
「細長い筒。それに大砲も違う弾類が撃てるみたいだしな」
一般兵士の持つ細長い筒。ありゃなんだ?
全ての兵士に支給されている所を見るに通常装備なのだろう。
専用の物資には制限があるにせよ、次の補給が来るまで十分な量を持ち込んでるハズだ。
「まぁ……何にせよ――」
『ハンニバル』
次の行動を決めようとした所で“八咫烏”が夜空を飛来してきた。
「よう。200年ぶり……か? オレは体感600年だったけどな」
ハンニバルは目の前に着陸する“八咫烏”へ、ハハハ、と笑う。
『その様子だと少しも懲りて無い様だな』
「懲りたよ。『無限刑』なんて二度と御免だ」
『やれやれ』
体感600年の怠惰。精神が磨耗し、ハンニバルが当時の鋭さを失う可能性を危惧していたが、取り越し苦労だったようだ。
「お前は今何位だ?」
『序列は3位だ。200年前とは何も変わらない』
「じゃあ上もそうか?」
『ああ。【国母】様もご健在で、ラディアも国の平定に忠を尽くしている』
「メイカーはどうしてる?」
『彼女はまだ眠りについたままだ。起こさぬ方が良い』
「マジでヤバくなったらそうも言ってられないケドな」
かつてナギと共に捕らえ、眠っている序列1位の事を思い出し、ハハハ、と笑う。
『……彼女たちの“記憶石”を見たか?』
「ああ。思った通り近代化が進んでる」
『我々との差は?』
「こっちが石を投げたら、相手は地面ごと吹き飛ばしてくる」
『…………私も敵の動きと装備を見た』
「“八咫烏”は偵察にはマジで便利だからな」
『救える魔女は可能な限り助けたが、それでも彼女達だけだった』
「ハハハ。そんで『宮殿』の判断は?」
『……明日に検討するそうだ』
「だろうな。お前みたいに国中を見れるならまだしも、自分たちが危機に晒されなきゃ即座に腰は上げねぇよ。一応は、そのつもりで200年前は煽ったんだけどな」
その考えに賛同してくれた10人は彼女達の方から志願してきた。
『…………ハンニバル。お前が【国母】様の命を狙った件に関しては許すわけには行かない』
「まぁな。オレも
『ハンニバル。今は過去の罪を取り除いて話をしたい』
「なんだ? なんだ? 随分と素直だな」
『茶化すな。真面目に答えろ』
ナギは“八咫烏”を通じて一呼吸置くと問う。
『私たちは勝てるのか? あれ程の力を持った敵を相手に……』
こちらに戦争の経験がなかったと言っても、装備も含めて敵の方が圧倒的だった。正直な所、『ミステリス』の全ての力を把握するナギから見てどう考えても勝ち目を見い出せない。
「戦力差は歴然だな。1ヶ月で皆殺しだろう。敵の増援も来るだろうし、先遣隊を潰しても戦いは永遠に続く」
『……そうか。お前がそう言うなら――』
「だが、ゼロじゃないさ」
ゼロじゃない。短い言葉だったが、ナギはその真意を深く読み取った。
ハンニバルは、この絶望的な戦局の中で自分たちが勝利する未来を確かに見えているのだ。
『ゼロじゃ……ない。それは――』
「まぁ、そんなに急ぐなよ。やることは山積みなんだ。取りあえず、お前は『宮殿』の動向を報告してくれ」
と、“八咫烏”の姿が崩れ始める。ナギの魔力が限界を迎えつつあった。
『わかった。だがハンニバル、一つだけ伝えておく事がある』
「なんだ?」
『お前は『時の塔』から出るな』
それだけを言い残して“八咫烏”は消えた。残されたハンニバルは、
「やれやれ。相変わらず無茶ばっかり言う女だ」
ハハハ、と月を見上げた。
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