第18話 スピキオ姫

「お元気ですか? ハンニバル様。

 わたくしはスピキオ・R・アフリカヌと申します。

 貴方様のご活躍は生まれてから今日まで人生の聖書の如くご拝見させて頂きました。

 何とも、想像もつかない戦略と戦局の組み立て方にわたくしは何度も何度も感銘を致しました。

 わたくしは平和な時代に生まれ、過去にそれほどの歴史があったと知り、とても残念に思っております。

 正直、生まれて来た時代を間違えたと思った程です。

 しかし、ガンズ提督、ガイダル様、アンバー博士より貴方様のお話は隣に居るかの如くお聞きしました。

 提督は珍しく褒め、いつも退屈そうなガイダル様は楽しそうに話し、博士は次の時代に必要だったと、今でも称していらっしゃいます。

 ああ……本当に……本当に惜しいです。

 何故、私は今の時代に生まれてしまったのでしょう? 何故貴方と同じ時代に生まれなかったのでしょう?

 貴方と戦いたかった。貴方と話したかった。貴方から直接、教示を頂きたかった。

 貴方様は私にとって――」

「また、気持ち悪い文を書いているのですか? 姫様」

「レイチェル。毒舌が酷いわ」


 六隻の艦隊に四隻の補給艦の計十隻の船団は、本日を持って帝国より出港した。

 王族旗を掲げた艦を護るように航行し、その艦には帝国の第三王女――スピキオ・R・アフリカヌが乗っていた。


「甲板で机を配置して、書類に眼を通しているかと思ったら、ラブレターの公開製作なんて、気が触れたのかと思いますよ」

「いやん。人の手紙を読むなんてレイチェルのエッチ」

「声に出してたんだよ。このハンニバルヲタクが」


 スピキオと幼馴染みのメイドであるレイチェルは、まともに対応しては余計に時間がかかると知っていた。


「それなら、皆に聞いてみましょう。皆さーん、ハンニバル様は好きー?」

「歴史の人物に対してどう反応して良いのか分からないから止めて下さい」


 皇帝の親族と言うだけでも腫れ物を扱う様な形であるが、レイチェルが間に入る事で何とか場の空気は緩和されている。


“あー、レイチェル。妹の事なんどけどさ。マジで頼むわ。ホントにマジで。スピキオのヤツあの瓶に入った“青い石”を触ってから本気で『魔女の国』があると信じてやがる。

 提督が調査隊を出した所、海図に不振な海域があったらしくてな。多分そこらしい。行く気まんまんだ。親父と予定をねじ込んで先行艦隊には乗せずに執務を死ぬほど押し付けたけど、アイツ一ヶ月で終わらせちまったんだよ。帝国の宰相にする為に育てたってのにさ、当人は軍の参謀を希望してて親父は特に頭を抱えてる。

 親父の計らいで、“古三人”のガンズじぃとガイダル様と博士の三人を先行で行かせたから、多分着く頃には全部終わってる。適当に戦後地を観光させたら程なく帰還させてくれ”


 スピキオを特に気にかける第一王子は、次期皇帝としての宰務に追われている。妹が国内を出たら気にかけられないので、メイドのレイチェルにそう頼み込んでいた。


「とにかく、ここでは皆さんの仕事の邪魔になりますので自室に行きますよ。そこなら思う存分、ハンニバル、ハンニバルって叫んでも良いですから」

「皆に聞いて貰いたいのに~ハンニバル様の素晴らしさを」

「帝国最大の宿敵にそこまでゾッコンなのは姫様だけですよ」


 帝国の歴史上、最強の敵にして“四英雄”の一人にも数えられているハンニバルは一般教養で習うほどの偉人だった。


「レイチェル。ハンニバル様はマフィンが好きなのよ」

「あー、夢に出るくらい聞かされて食べさせられましたので、航海の最中では作らないでくださいよ」


 スピキオのせいで若干マフィンが嫌いになっているレイチェルはとにかく彼女を自室へ押し込んだ。


 増援船団十隻は『ミステリス』を目指す一ヶ月の航海へと入る――






「それで、これからどうするの?」


 廃塔にて、簡単な朝食を取りつつラシルはハンニバルに問う。


「お前らの“記憶石”を見たが敵さんの装備はオレの知ってるモノとだいぶ違ってる。情報が欲しい――」

「はい! 質問です!」


 朝食をモグモグしながらキャスが手を上げる。


「ハンニバルさんって何者?」


 ハンニバルを仲間と言う体で話を進めようとした所で、五人は改めて彼の素性を知らない事に気づいた。


「何か、敵の事知ってるみたいだし……ナギ様の事、呼び捨てだし……」

「ハハハ。そうだな。お前達にも話しておくか」


 ハンニバルは五人に視線を向けて告げる。


「元、帝国抵抗連合軍戦線指揮官をやってた」

「え? ていこくていこう……」

「まぁ、今この国に攻め込んでる奴らと戦ってた勢力に所属してたって認識してりゃいい。その後はナギに媚び売って『宮殿』で執務官やってたよ」

「帝国……それが私達の敵ね」


 ラシルはブルームでの戦いを思い出す。


「かつて、世界を統一するとか掲げて世界各国に戦争を吹っ掛けたヤバい国だ。ソレに抵抗する為に散り散りになった軍や国の戦力が集まって連合軍が出来たってワケさ」

「でしたら、その連合軍にどうにかして連絡を取れませんか? 敵の敵ならば、味方になってくれるかも」

「そりゃ無理だな」


 モナの提案をハンニバルは即座に否定する。


「オレが連合軍に居た時から帝国との戦力差は2倍近くあった。加えてあっちは統率も士気もかなりあってな。対して連合軍は色んな勢力の集まりだからバラバラさ。誰が指揮権を持つとか、物資はどこが負担するとか、とにかく責任の擦り付け合いばかりで目の前の戦いにさえまともな部隊を展開できなかった。人材と作戦で何とかギリギリを戦ってたんだよ」


 ハンニバルは連合軍に加入した時、これダメじゃねーか、と感じつつもガイダルとアンバーを引き入れ、何とか現場を回していたのである。


「帝国海軍を殆んど機能停止させて、ようやく停戦に持っていけると思ったんだが。まぁ、結果はお察しだ」


 ガイダルとアンバーが帝国に移った様子から全てを察した。連合軍は粉々に潰されたな、と。


「ブルームの敵艦隊を見れば一目瞭然だ。帝国に対抗する戦力は世界のどこにもいない。オレらでやるしかねぇ」


 孤立無援。強大な戦力を上陸させている帝国とは『ミステリス』だけで戦わねばならない。


「ハンニバル、貴方の知る限りで良いわ。敵の事を教えて」


 それでもラシルは諦める眼はしていない。無論、ハンニバルもそうだ。


「まずは、ブルームをとった艦隊だな。アレを指揮しているのはガンズ・マーベリック。オレと戦争してた時から【海神】って呼ばれてた歴戦の船乗りだ」


 ガンズは海戦では最強と言われている。彼が指揮をする艦隊は小舟でも必勝と言われるくらいに海上戦闘では隙が無く、堅実に詰ませに来る。


「次に『鉄鋼街』を狙った奴らな、アイツらは仮面の国『マスカレード』の戦士達だ」

「マスカレード……」


 ミカが拳を強く握る。


「帝国が唯一、同盟国として協定を結んでる国でもある」

「? さっき比肩する勢力は無いって……」

「ハハハ。『マスカレード』は少し特別なんだよ。何せ、帝国が気にかけるのはたった一人の男だからな」

「どういう事?」

「ガイダル・リダン」


 ハンニバルは、後にも先にも帝国が懸念する人物の名を上げる。


「『マスカレード』で300年も生きてる【魔拳神】と崇められている神だ。果物が好きで、特に種が少ないのが好みらしい」

「人間なの?」

「知り合いの博士は生物上、人の定義に当てはまると言っていたな。まぁ、長生きしてるだけあって、その経験値は他とは比べ物にならん。オレもガイダルのジィさんだけは倒せる気がしなかったから、味方に引き入れた」

「けど……今回は敵よね?」

「まぁな。だから、今回は本気でガイダルのジィさんを倒しに行く」


 そう告げるハンニバルの言葉は生半可でない気迫があった。それだけ、攻略に難しい相手だと想像できる。


「その時は……私を中心に組んでくれ」


 ミカがハンニバルに進言する。


「そのつもりだよ。寧ろ、こっちから頼もうと思ってたくらいだ」


 『ミステリス』でガイダルを倒せる可能性は幾つかあるが、現状使える手段ではミカと“バルバトス”が一番有力だと考えている。


「まぁ、他にも色々と説明したい事はあるが、その前に最優的にやることがある」


 ハンニバルの最初の指示に五人は心して聞く。


「港街ブルームに行くぞ」

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