第19話 こちらの優位ではない

「状況は未だにこちらの優位ではない」


 一夜開け、一番艦にガイダルとアンバーを召集したガンズは静かにそう告げた。

 『港街ブルーム』を拠点に置く帝国の進攻軍は現時点での各戦隊からの情報を精査。その結論から現状は客観視出来ないと告げる。


「こればかりは、私たちも経験則でしかないですね」

「カッカッカ。もはや戦事態が珍しい。若人は初見にしてはよう動いた方じゃな」


 帝国は世界を統一したが、それ故に大規模な戦闘を経験する世代は既に過ぎ去っていた。


「今回従軍させた兵士は内乱や紛争の経験のある者たちであるが、全て帝国の膨大な後ろ楯があっての闘争だった。昔のような鋭さがない」

「それは良い事だと、皇帝陛下は言うのだろうけどね」

「今は致命的じゃな。心の緩みが街中から出てきておるわい。初戦を圧勝したのも良く無かったのぅ」


 カッカッカ、とガイダルは樽に座って果物を噛る。


「恐れながら発言の許可を! お三方!」


 その場に同席していたベラン大佐は畏まって声を上げる。

 ベランの部隊はスピキオ姫が独自で編纂し、己の理論と思考を理解させた直属部隊である。帝国で時折起こる、紛争や内乱の鎮圧に大きく貢献している部隊でもあった。


「大佐。お前さんの考えを聞こう」

「ハッ! やはり、優先するべきは島の測量でしょう。地形や生息する獣に草花。それらを知る事が第一だと思われます」


 地形は勿論、危険地帯の認識、気候変化の速度など……それらの情報は大軍の命運を左右する。


「後、『魔女』の存在も忘れてはいかんのぅ」


 ガイダルはシャクっ、と果物を噛る。


「『魔女』は敵の主力戦力と見ても良いだろう。私はこの国の中枢を真っ先に狙うことを進言するよ」


 アンバーはリタを拘束する際に現れた“八咫烏”の驚異に関して気づいていた。


「ハンニバルも言っていた。戦いは、陸よりも海、海よりも空を制した者が勝つ、とね」

「カッカッカ! あやつの小言が現実となるとはのぅ! 長生きはしてみるモノじゃな」

「……まさか帝国では技術難航している航空技術がこの島にはあるのですか!?」


 ガイダルとアンバーは遭遇した“八咫烏”について語る。突風を意のままに操り、気配も臭いも音もなく現れる。

 それは、戦力として十分に形を成していると言えた。


「風を自在に操る……か」


 ガンズは気候の一つを支配に置く“八咫烏”の存在に眉を潜める。


「嵐を起こすレベルではなかったがのぅ」

「物理攻撃は無効だったよ。しかし、あのレベルがどれ程だけ居るかにもよる。もし、10……いや、5体いるだけで街の要塞化は意味を成さなくなるねぇ」


 空からの攻撃はバリケードも、戦隊による布陣も意味を成さない。唯一の対抗手段は戦艦からの三式砲弾であるが……敵は物理攻撃が無効な上に、三式砲弾は本国の工場でなければ生産出来ず数は限られる。更に軍を展開した街中では使えない。


「発言をよろしいでしょうか!」

「大佐、発言に許可を求める必要はない。言いたい事は会話に割り込んでも構わん」

「ハッ! 恐れながら……航空技術は、戦力と言うよりも戦略・・の側面が強いと姫殿下は常々おっしゃってました」


 三人は思わぬ方向からの解釈に、ほぅ、と声が出る。


「戦線において、何よりも重要視されるのが指揮官から軍全体への情報伝達です。ソレを可能とする“空”は支配者としては決して逃してはならぬ場所であると」


“空にバリケードも検問も敷けないからなぁ。鳥が仲間になってくれたら、資材と人材の書類とにらめっこせずに済むんだけどよ”


 ガイダルとアンバーは、連合軍に居たときにハンニバルが空を飛行する鷹を羨ましそうに見上げながら、ハハハ、と笑った時の事を思い出す。


 あの時はハンニバルが何を考えていたのかは分からないが恐らくは……そういう事・・・・・なのだろう。

 それよりも驚くべきは、その考えにスピキオ姫も至っていると言う事だ。


「となれば目下の目的は、航空戦力に対する対応と排除だ」

「……アレも“使い魔”の定義に当てはめるなら、その『魔女』を抑える方が現実的だよ、提督」

「カッカッカ。敵の中枢がわかれば、ワシが行ってやろうぞ」


 基本的な情報である『魔女』『使い魔』『国の思想』は解った。しかし、敵勢力・・の情報が少なすぎる。

 今回の沿岸部掃討時点で、どれだけの打撃を与えたのかも定かではない。

 

「情報がいる。だが、しらみ潰しは危険だ。大佐、何か良い案はあるか?」


 ガンズ、ガイダル、アンバーは各々の戦隊の指揮官で、部分的な役割をこなす事は可能であるが、軍全体を俯瞰しての動かし方は専門的ではない。

 魔女と戦い、今の所は連勝しているがどこかで大きく負ければ一気に瓦解する。ソレを敵が気づく前にこちらから制圧しなければならない。

 “躊躇い”と“油断”が何よりも危険である事はこの場の全員が解っていた。


「でしたら、この島の民の服装に扮してはどうでしょう? 魔女は民を護ろうとしました。そして民も魔女を護ろうとしています。つまり相互には深い信頼関係があると言う事です。民に扮し、難民に紛れれば……その足で敵の首都まで導いてくれるかもしれません」


 それはスピキオ姫がいつも言っている事だった。敵の陣地を崩すには内と外からの攻撃が必要であり、特に内からの攻撃はあらゆる点で搦め手として機能する、と。


「ベラン大佐、その動きは大佐の部隊に任せても良いか?」

「問題ありません」

「物資が必要ならば声をかけてると良い。敵の情報は我々の生命線だ」

「お任せください。すぐに行動に移ります」

「ベラン大佐。君の報告にあった例の薬品村の件は後に回すよ。ガイダル様の件が先約なのでね。こちらも有益な情報を得られるかもしれない」

「カッカッカ。なに、無理なら無理でもええぞ。単なる暇潰しじゃしな」


 ガンズは会議の閉めに入る。


「現時点で我々は防備に入る。偵察と斥候、測量は平行して行い、各々は僅かな違和感でも持ち帰る様に厳守させてくれ。ガイダル殿は港街と鉄鋼街の物資移動ルートの確保をお願いしたい」

「ええぞ。ついでに野生動物どもと戯れるとするかのぅ」






 『港街ブルーム』沖合。

 海面から顔半分を出して、巡回する三番艦や、破壊されたブルームを見るモノがあった。


「はわわ……爆睡してたら……なんか変な事になってるぅ! 参ったな……外からのお客さんかなぁ? 今日は街で買い物する予定だったのに……でも何で鉄が浮いてるんだろ? まぁ……困ったときはナギ様に報告すればいっか!」


 彼女は魚の下半身を翻して潜水すると海底洞窟から島内の湖へ向かった。

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