第20話 ハハハ。質問ばっかりだな

 ペルキナ部隊。

 それは帝国における特殊部隊の一つであり、“追跡”を主な任とする。

 部隊は二つの小隊で構成され、全ての隊員は帝国に属する民族、部族から選抜された生粋の狩人たち。

 どんな荒れ地や市街地でも標的を追い、見つけ出す事からも“猟犬”とも言われている。






 二番艦艦長――フォルサイの命により、出動したペルキナ部隊は、ラシル達が一時避難した交通拠点を発見。

 無人となっていたが調査を開始し、中の様子から退避した事を把握。しかし、地図などが残っている事からも再び、敵が来る事を想定。

 見張りを起き、そのまま一晩を明かしていた。


「よう、ゲイツ。どうだ? 魔女は来たか?」

「来るわけねーって。随分と早起きだな、マードック」


 ペルキナ部隊のゲイツとマードックは同じ部族の出身だった。


「四番艦の連中から聞いたんだけどよ、何でも煙に乗って対岸へ越えたらしい」

「ガイダル様かよ。蹄跡が無いのも納得だが……こんなに追跡が出来なかったのは初めてだぞ。魔女ってのはマジで箒に乗って空を飛ぶのか?」


 ペルキナ部隊はいつも通りの追跡の任を受け、逃走したモナとラシルを始末する事を言い渡されていた。


「“巨人”に“煙に乗る馬”。酒の肴にするにしても笑いは取れねぇな」

「こんなの実際に見なきゃ信じねぇって」

「もしかしてよ、俺らってまだ夢の中に居たりすんのか? 起きたら無人島に着きましたーってオチよ」

「ははは、そりゃ――」

「笑えるな」

「!」


 後ろから聞こえる声にゲイツとマードックは休めの姿勢を取る。

 そこには彫りの深い顔つきをした中年の男が眼鏡を整えていた。


「おはようございます! ムート大尉!」


 ペルキナ部隊隊長のムートは気が緩んでいる部下二人を見据えた。

 追跡中は決して油断するな。

 標的に追跡を気付かれる可能性を1%でも減らすために、ムートは隊の全員にソレを厳守させている。

 ゲイツとマードックは、休めの姿勢でムートの言葉を待つ。


「油断する気持ちも解る。“古三人”の方々が来てる上に、沿岸部は快勝で制圧したワケだからな。島にいる魔女も子供の妄想を形にしたような力を振るっている」


 だが――と、ムートは続ける。


「故に、我々は現実に居なければならない。追跡とは味方の今後を左右する大きな役目だ。任をこなせば戦局は大きく動き、退却しても最低限の情報を持ち帰れる。気を引き締めろ。現状は、そのどちらも達成していない」

「ハイ!」

「申し訳ありません!」

「私が見張りを代わる。起き始めた者達と朝飯を作れ」

「ハッ!」


 ムートは二人と入れ替わる様に移動すると、二つの道を見据えた。

 馴れぬ土地で、夜間の移動はリスクと考えて一夜明かした。朝日により明確になった事で見える道は二つ。

 一つは内陸へ向かう道。こちらには馬車や馬の蹄の跡がある。追うのは容易だが……未知数の戦力や生態系のある地域への侵入はハイリスク、ハイリターン。戦線が始まった初手で取るべき選択ではない。

 もう一つは、沿岸部を沿うように伸びる道。こちらはイザとなれば港街への帰還も可能だ。更に……痕跡が車輪の跡・・・・・・・だけと言う事からも――


「こっちか」


 足跡を残さない“使い魔”。恐らくは『魔女』は、地図で言う所の大密林手前の村へ向かった。






 朝食を取ったハンニバル、ラシル、リタ、ミカ、モナ、キャスは薬師村より移動に必要な物資を荷台に集めていた。

 キャスがそれなりに知っているので、これ使えるよー、と選別は順調に進む。


「ブルームに向かうの?」


 ハンニバルは、焼け焦げた家々から地図が残っていないか探していた。

 そんな彼の元へラシルが声をかける。


「別に取り戻す算段が出来たワケじゃない。言っておくが、ブルームの奪還は最後になるからな。まぁ、更地にしても良いなら今からでも出来なくは無いが」

「……それは止めて」

「ハハハ」


 ハンニバルは冗談の中に真実を混ぜるような喋り方をする。だが今の“更地にしても”と言う発言は真実だとラシルは感じた。


「まだ……生きてる人が居るかもしれないから」

「いや、皆殺しだろう」

「! なんで!?」

「敵さんに余裕が無いからな」


 鏖殺。その理由をハンニバルは地図を探しながら語る。


「捕虜や保護ってのは時軍に余裕がある時にやるもんだ。それか、敵にとって重要な奴である場合な。ブルームを占拠してるのは遠征軍だし、物資も捕虜施設を管理する余裕はない。いつ、【巨人】が踏み潰しに来るとも限らんしな」

「…………なら、私が大人しく捕まってれば……民は――」

「いや、それはもっと悪い。お前は両目と喉を潰されて人形・・にされてたぞ」

「!」

「記憶石のモナ視点を見たろ? いやはや、子供にも容赦の無い敵ほど怖いモンはない」

「……ブルームには子供も……赤ちゃんもいたの。それも……」

「皆殺しだろうな。ガンズの爺さんは容赦しねぇよ」

「…………なら、何故ブルームに行くの?」


 お、感情を抑え込んだか。ハハハ。流石は4位に選ばれるだけはある。


 ハンニバルは、怒りと焦燥を抑え込むラシルには生き死を割り切る器があると感じ取る。


「情報が欲しいんだ。敵さんのな。それも、まるっと全部」

「それは意味があるの?」

「ハハハ。質問ばっかりだな」

「真面目に答えて」


 どうやら、考え方事態を改めさせる必要があるな。


「ラシル。お前は“使い魔スプリガン”無しで『大密林』に入れるか?」

「……はぁ? 何を言ってるのよ」

「お前らでも解りやすい例えだ。それで、どうなんだ?」

「そんなの無理に決まってるでしょ。『大密林』は魔物の温床よ。未だに全容が知れない危険な地じゃない」

「今のブルームに突っ込むのはそれと同じだ」


 ハンニバルは“情報”の重要度を改めて語った。


「戦争ってのは“情報”の取り合いだ。どれだけ戦力的に勝っていても、相手の事を知らないんじゃ攻める事は出来ねぇ」

「じゃあ……なんでブルームに攻撃を仕掛けてきたのよ。それは敵にも言えることでしょ?」


 お、意外と解釈が早いな。


「情報があったんだろ。まぁ、ガンズの爺さんは港街戦は馴れたモンだし、海戦力なら潰せる自信もあっただろうし」

「待って……ハンニバル。今……貴方は何て言った?」

「ん? ガンズの爺さんな、初見でもだいたい対応するんだよ。経験っての時に情報を上回るから恐ろしいねぇ」

「違うわ。情報が……敵にあったってこと?」

「そうじゃなきゃ、港街なんて防備が固そうで味方に被害が出そうな所を最初に制圧しようとは思わねぇよ」


 基本は陸と海からの挟撃が被害を抑えられる。

 しかし、ガンズの爺さんは戦力が『魔女』しかいないと解っている動きだった。


「そんな……あり得ない……誰なの?」

「流石にオレも何でも解るワケじゃない。だが、大体は予想がつく」

「誰!?」

「……この国でも高位の存在。まぁ『宮殿』の誰かだろうな」


 やれやれ。気にするのは目の前の敵だけにしたいんだがな。

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