第10話 未来の序列1位

『ハンニバル……実に懐かしい名前ですね』


 頭を垂れるナギの言葉に“使い魔”を通じて聞く【国母】は懐かしむ様な雰囲気で返す。


『【番人】ナギよ。あの罪人の処刑は貴女に一任しました。何故、まだ生きて居るのですか?』

「『時の塔』にて無限刑に処しました。内からでは決して解放されぬ無限の怠惰。何かと急ぎ足のあの罪人にはうってつけの刑だったのです」


 交流拠点。海路の接続。伝達者の発足。特別な地域にて作業する人材の選定。

 これらは全てハンニバルの提案だ。彼は絵空事ではなく、僅か数年でソレを形にした。結果としてそれらは人々の生活を程よく循環させて、多くの発見と繁栄を進めてきた。

 しかし、次にハンニバルが提案したのは、魔女の軍隊化だった。


『無限刑……確かに我々に予測できない未来を提示するハンニバルにとって、描いたモノが二度と手に入らない状況は死よりも厳しい苦痛でしょう』

「はい。ですが……【国母】様。今現在、沿岸部にて賊が侵入し、多くの民と魔女の命を奪っています。早期の対応が必要です」

『具体案はあるのですか?』

「はい。ハンニバルを期限付きで釈放し、複数の魔女の指揮権を委ね、戦線にて賊を排斥いたします」

『なりません』


 ハンニバルの解放に【国母】が反対する事は想定していた。


「……でしたら、序列上位陣の戦闘許可を」

「それも許可できません」

「【国母】様! 賊は使い魔や魔法は使えませんが、それを補って越える力をお持ちです!」

『その報告は今すぐ拝読できますか?』

「いえ……それは……」


 現在、賊の侵攻による攻撃を確実に避ける為に、情報を持った伝達者達は遠回りで『宮殿』を目指していた。

 情報が『宮殿』に届くまで、早くても明日の昼。“八咫烏”は……他の村の状況やまだ生きている民達を助ける為に使いたい。


『私からは二つ。一つ、ハンニバルは『時の塔』より開放してはなりません。二つ、賊の対応は明日に検討します。勝手にこちらから仕掛ける様な真似はせぬように』

「……はい」

『【番人】ナギ。貴女はとても優秀な私の“娘”です。期待を裏切らないように』


 その言葉を最後に“騎士”は消えた。

 アルトは立ち上がり、軽く服の埃を払うと再び門番に戻る。


「……【国母】様の寝食を妨げてまで報告した価値はありましたか?」


 アルトの問いにナギは立ち上がり、扉に背を向けつつ、


「ああ。実に良くわかった」


 そう答えると振り向かずに歩き出す。


“霧と特殊な海流を生み出して外からの侵入を弾いてるのか。中々に考えてるみたいだが、危機感は持ってた方が良い。世界はいずれソレを越えてくる”


「ハンニバル。お前は一体、未来に何を見ていた?」


 アイツの話を聞かなければならない。

 ナギは残りの魔力を全ての使い、本日最後の“八咫烏”を夜空に召喚すると『時の塔』へ飛ばした。






「……何よこれ……」


 敵の存在に気をつけつつ、ラシル達はキャスの在中する『薬師村』へと入った。

 しかし、村の中は火が放たれた様に燃え尽きており、まだ燻る火と煙は貯蓄していた薬草がまとめて燃えた様な、ツンとする臭いが充満している。


「敵がここにも……」

「……ラシル、こっちに遺体があるわ」


 ミカは自分の居た『鉄鋼街』よりも酷い状況と見る。

 焦げた遺体が、所々に倒れていた。

 全員俯せに死んでいる。つまり……逃げる所を後ろから――


「うっ……」


 リタが近くで吐いた。臭いには人が焼ける肉の臭いも混ざっている。モナが介抱するように彼女の背中を擦る。


「……人の気配はない……私達でも抵抗すら出来なかった奴らに……序列50位では……」


 序列とは単なる貢献度で決まる順位ではない。使い魔の強さをいかに引き立たせる事が出来るかも重点に置かれているのだ。

 その時、


 ……うぁぁぁぁぁああ!!


「! 泣き声!?」

「あっちから」


 心の底から村に響く声にラシルとミカは走り、少し遅れてリタとモナも追いかける。

 声を上げていたのはキャスだった。

 彼女は数多の焦げた死体の前で項垂れる様に涙を流して泣いていた。






 半日前。

 『薬師村』は帝国の侵攻を受けた。大半は沿岸部より展開される部隊により蹂躙されていたものの、まるでピンポイントで狙ったかの如く敵に襲撃されたのだ。

 それは、ナギが立ち寄ってから数時間後。イラムスの家で昼食を食べてから、バエルと一緒に村人の手伝いをしていた時だった。


「ダメだ! 奴ら……止まらん!」

「魔物でも昏倒する毒霧を抜けてくるのかい?」


 『薬師村』は『ミステリス』でも薬草の研究と新薬を開発する村であり、その経験を積んだ老人が多い。故に、武器を持って戦うなど出来るハズも無かった。

 使えるのは緊急時に散布する毒霧で魔物を追い払う程度。しかし、敵はソレを異に返さず進んでくる。


「ドロスが殺された。短い音がしたと同時に倒れた」

「敵も魔法を使うんか!?」

「わからん……じゃが、間違いなく言えるのは、ワシらを皆殺しにすると言うことだけじゃ」


 逃げるように村の中央に集まった面々は森の中へ逃げ伸びる体力を持つ者はいない。高齢で杖を突いている者もいる。無論、健脚な者もいるが、敵の方が圧倒的に早い。

 逃げ切れない。誰もが自分達の未来を悟った。

 その時、


「皆! 忘れてないかな! ここに居るよ!」


 はいっ! はいっ! と手を上げてキャスは皆に注目させる。


「この村を護る未来の序列1位の魔女である、このあたしに任せなさい!」


 村の皆を不安にさせない様にいつもの調子で腰に手を当てて元気に告げた。

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